第12話.醜い悪事よ、炎に焼かれよ

「お父さま」

「……確と聞いた」


 私の後ろから、ダンストン公爵その人が進み出て来た。

 改めて、オレウス国王陛下に目を向ける。


「国王陛下、王妃殿下」

「残念だが、認めよう」

「賭けは貴女の勝ちね。ローズティア」

「父上、母上、どういう……」

「貴様に母と呼ばれる謂れはない」


 ぴしゃりとアマンダ様が言い放った。

 場が凍り付く。


 くく。なんと高い賭けの支払いだろうか。

 王妃が、息子を、否定した。

 素晴らしい。


「は……え?」

「皆知っていたということだ。

 お前の正体も。

 これまでやってきたことも。

 そして貴様は、命綱を自ら断った」


 私との婚約があれば。それを何としても維持している間なら。

 後ろの貴族たちの中には、それを盾に介入する者がいただろう。

 大義名分がある以上、お父さまも、陛下も、強引な手は振るえない。


 しかしその糸を自ら切った以上。

 貴様を味方する理由は、この場の誰からもなくなった。


 王妃様の断言もあり、その命脈は完全に断たれた。

 お前はただの、賊のなれの果て。

 私と同じ、大罪人よ。


 ……これで心置きなく、宿願を果たせる。


 正直なところ。

 私が必死に邪魔しなければ、お前の逃げ道はあったろうな。


 隣国を呼び込んで、腐敗を拡大させ、間諜を跋扈させ。

 いずれかが実り、その王子の呪縛から逃れることができたろうよ。


 だが私の粘り勝ちだ。

 お前は私の炎に、炙り出された。

 どうしょうもなくなって、私を断罪しにかかるとは。滑稽だな?元婚約者殿。


 周りを、おろおろと見回した元王太子が。

 腰から剣を抜こうとし――。


 だが遅い。


 私は素早く駆け寄り、袖口から引きはがしたスライムを、そいつの顔に押し付けた。

 奴の剣を叩き落とし。

 ありったけの怨念を、スライムから籠める。


 声も出せず、粘液の向こうで怨敵がもがく。


「こいつはハートスライム。

 人の思念や記憶を食って、その色や形を変える」


 簡単に窒息などしない。

 だが苦しかろう?

 スライムに包まれたその顔、実に愉快だ。


 両手に力が入らず、引き剥がすこともできず。

 全身をがくがくと震えさせて。

 少々刺激が強かったようだな。


「怖かろう?

 お前が燃えた夜の記憶は」


 押し付けた結構な量のスライムは。

 徐々に、その名も知らぬ男の肌を伝っていく。

 皮膚が焼け爛れ、焦げたようになっていく。


「その炎の中で、燃え続けるがいい!!」


 男が膝から、崩れ落ちる。


「王太子殿下!?」

「きゃあああああああああ!!」


 場が騒然とする。

 陛下が腰を浮かせかけたのを、手で制し。

 国王陛下と、王妃殿下と、お父さまに――私は笑いかけた。


 とても、晴れやかで穏やかな顔で笑えたと、そう思う。

 なぜなら――――ここからが、我が晴れ舞台。

 腹の底から笑わなくて、何とする。


 床を思いっきり踏み鳴らした。

 大きな音がなり、一瞬静寂が訪れる。


 ゆっくりと、貴族たちを振り返る。

 まだ……いる。

 私の顔より醜い、悍ましい悪党が。


「私は、ダンストン公爵令嬢にあらず」


 静かに、ハートスライムを剥ぎ棄てる。

 醜い爛れた顔が、露わになる。

 悲鳴が上がる。


「我が名はッ!火傷顔フライフェイス!!」


 嗚呼。お父さま。そのように悲しいお顔をなさらないで?

 どうかお祝いください。

 あなたの娘の、新たな門出を。


 この天を衝く、燃え盛る炎に、祝福を!!


「お前も!お前もッ!!お前もッ!!!」


 一人ひとり……腐った臭いのする奴らを見据える。


「この爛れた顔を忘れるなッ!!

 私の顔より!醜い悪事を働くならばッ!!」


 服の中に隠していた小瓶をいくつか開け、中身を床にぶちまける。


「地獄の底まで追いかけて!

 この火傷顔フライフェイスが、その魂を焼き尽くすッ!!

 炎の中から、いつでも見ているぞ!悪党ども!!

 フハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!!!!」


 床から濛々と煙が立ち上る。

 絨毯に撒いたそれは、布を食って煙を出すスライムだ。

 害はないが――視界を簡単に奪う。


 ほとんど何も見えぬ中、空になった瓶を投げる。

 バルコニーに出る窓が、次々と割れる。


「クソッ、窓から跳んだかっ!?

 追え!!」


 誰かが叫ぶ。

 兵士たちが、外に駆けだし、あるいは窓に駆け寄る。


 私はハートスライムを取り出し――被り。

 外套を受け取って、纏った。

 窓から離れ、広場の出口へ堂々と歩む。


 ……煙の中。

 床に転がり首にナイフを突き立てられている、名も知らぬ賊が見えた。

 王太子だった男は、これでもうどこにもいなくなったわけだな。


 ふふ。いつの間にやったのだ。鮮やかだこと。


「行きましょう」

「ええ」


 手を引かれ。

 王宮を後にした。

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