きたぞ、われらの睡眠時間絶対削るウーマン
秋野てくと
起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
「おはよう……ございまあああああああす!!!!」
閑静な住宅街に大音量が響きわたる。
「国民の皆さんを睡眠から守る会です! おはようございます! おはようございます! 爽やかな朝はすっきりとした目覚めから。国民の皆さんを睡眠から守る会が、午前8時をお知らせいたします!」
『国民の皆さんを睡眠から守る会』の選挙カーだ。
公職選挙法における街宣は午前8時から、という規定がある。
今の時刻は午前8時ちょうど。
つまり――街宣、解禁の時刻というわけだ。
ひっひっひっ、ひゃっーはっはっは!
私――朝野メザメは、選挙カーのハンドルを握りしめた。
8時にもなって起きてこない寝ぼすけども……お前ら全員目覚めさせてやる!
なぜ、こんなことになったのかというと。
ZZZ……。
数日前、TV局のスタジオ。
私はコメンテーターとして健康番組の収録に参加していた。
司会を務めるアナウンサーが会釈する。
「本日は睡眠科医の朝野メザメ先生にお越しいただいております」
「よろしくお願いします。では、さっそく本題に入りましょう」
私はスライドを示した。
「若者の現実離れはすでに社会問題化しています。きっかけは世界的ゲームメーカー・ヨシミ天堂が販売した『ぼっけもんスリープ』です。これが没入型睡眠ゲーム黎明期における最大のヒット作と言われていますね」
『ぼっけもんスリープ』。
人気RPGシリーズ『ぼっけもん』のスピンオフ作品だ。
「ぼっけもん」とは鹿児島弁における「乱暴者」を表す言葉である。
その名のとおり、鹿児島県を冒険しながら多種多様な薩摩藩士を捕獲し、鍛えた剣士たちを示現流バトルで戦わせる『ぼっけもん』シリーズは世界的な人気作品であり、アクションゲーム・リズムゲーム・TCGなど幅広い分野に進出している。
『ぼっけもんスリープ』は当時流行していた没入型睡眠ゲームの一つとして開発された。
スマートウォッチが測定した心拍数や呼吸と連動したアプリが特定の周波数の高周波を生成し、スマートフォンのスピーカーを通して脳を刺激することで睡眠をコントロールする。
システムは現在の世に溢れている、ありふれた没入型睡眠ゲームと同じである。
アナウンサーが思案顔をした。
「素人考えかもしれませんが……やはり信じられませんね。そんな簡単な仕組みで人間の夢を操ることができるんでしょうか」
「専門的な用語を廃して説明しますと――本来、夢というのは脳を整理するクールタイムだと言われています。起きているあいだに記憶した様々な情報を処理するわけですね。だから夢に出てくる事柄はどれも見覚えがあるものばかりなのです」
私はスライドに目を移した。
そこには授業中に居眠りをしている学生のイラストが表示されている。
眠ってるあいだに先生の声を聞いている学生は、夢の中でも授業を受けていた。
「夢を見ているとき――すなわち、情報を整理しているときに外部からの情報が入ると、夢の中身はたやすく影響を受けてしまうものです。かつては就寝前にイヤホンをつけて、寝てるあいだに英会話を流すことで英語を学べるという触れ込みの睡眠学習も研究されていたんですよ」
もっとも、就寝中の脳が受け取るのは漠然としたイメージでしかない。
そのため細やかな情報を記憶する必要がある「学習」とは相性が悪かった。
代わって市民権を得たのは――「娯楽」に特化した没入型睡眠ゲームだった。
「『ぼっけもんスリープ』を起動して就寝すると、夢の中では『ぼっけもん』の人気キャラクターが出現します。原作が国民的人気ゲームということもあり『ぼっけもんスリープ』は社会現象となりました。それによって現在の過眠社会――若者の現実離れが加速していったわけです」
現在、夢をコントロールする没入型睡眠ゲームによる市場は拡大の一途をたどっている。
利益を追求するゲームメーカーの企業努力は、次第にユーザーの可睡眠時間をいかに独占するか――という方向に伸びることになった。
この世を忘れるほどに耽溺できる、刺激的で退廃的な――素晴らしき夢の世界を。
「『ゲームに熱中することで、夜の睡眠時間が確保できずに日中の体調が悪い』――今では信じられない話かもしれませんが、以前の睡眠外来ではこのような相談は当たり前のように来ていました」
「起きてるときにしかできないゲームだと、そういった問題もあるんですね」
「はい。今ではゲーム好きの方の多くは、仕事や買い物といった最低限の時間以外は一日を眠り続けて過ごすのが当たり前となっています。没入型睡眠ゲームの業界は日進月歩、今では技術的には夢の中で遊べないゲームは存在しませんからね」
「同じ世界観の夢を安定して見ることができない」
「以前の進行度を保存して夢の続きを見ることができない」
「デザイナーの意図しない夢が生成されてしまう」
『ぼっけもんスリープ』のような初期の没入型睡眠ゲームにはこのような問題もあったが、没入型睡眠ゲーム専用の端末による身体測定精度の向上、脳にインストールするゲームデータを高周波音声データにデコードする技術のアップデートにより、現在ではそういった問題は克服されている。
元より、人間の脳はどんなコンピュータも敵わない高性能演算処理装置なのだ。
そのスペックを十全に発揮できるのなら、コンピュータにできて脳にできないことは存在しない。
だが……私は表情を硬くした。
「睡眠時間に悩む人にとっては、遊びながら睡眠をしっかりとれる――と良いことづくめだった没入型睡眠ゲームですが。知ってのとおり、ユーザーの過度な睡眠を呼んだことで、現在は多くの健康問題を誘発しています」
新たなスライドを展開する。
そこには過眠による多くの健康障害が列記されていた。
体内時計のリズムが狂うことによる頭痛、血行不良、神経痛。
肩や背中のコリ、全身のダルさ。筋肉の低下。
長期間の過眠による糖尿病や心臓病のリスク。etc、etc……。
「統計的にみても、8時間を超えるような長時間の睡眠を日常的に繰り返すのは死亡率アップに繋がることがわかっています。現在の過眠社会は将来の健康障害に繋がることを、強く警告します」
「朝野先生、ありがとうございました。本日の『オタク、現実に帰れ』は以上となります。それでは、また来週」
ふう。
慣れない仕事だが、なんとか収録が終わったようだ。
これで少しでもみんなが起きてくれるといいんだけど……。
だが、アナウンサーは大あくびをしながら言った。
「ふあぁ。まぁ、仕事だからやりますけど、あんま意味ないと思いますよ。どうせ誰も見てないし」
「え?」
「だってこの番組の放映時間、21時ですし。ゴールデンタイムなんて言われたのも今は昔……夜の9時なんて、仕事でもなけりゃみんな寝てますよ」
視聴率だって1%もいってませんしね……。
そう言って、アナウンサーはケラケラ笑った。
そんな。
私は愕然とした。
テレビといったらメディアの王様だというのに。
テレビで届かないなら、どうやって声を届ければいいんだ!
そうして、私は気づいた。
こうなれば――国政に打って出るしかないと。
ZZZ……。
――そして現在。
「朝野メザメです! 朝野メザメが皆さんを起こしにやって参りました!」
『国民の皆さんを睡眠から守る会』で出馬した私は、こうして選挙カーを駆っている。そう、これが私のたった一つの目を冴えさせるやり方だ。
「おはようございまぁーーーす! 朝の8時ですよおおおおお!!!! みんな起きてくださいねえ、今日も元気に一日いってみよおおおおお!!!!」
あらん限りの大声で私は叫んだ。
スピーカーで拡声された声は隔世の響きをもって人々の覚醒を促していく。
ガラリ、と近くの民家からおっさんが出てきた。
「うるせー! 朝っぱらから迷惑なんだよ! クソ政治家が!」
マンションのベランダに乗り出したカップルが続く。
「近所迷惑やめろー!」
「騒音で訴えるわよー!」
ニンマリと私は笑った。
「お? お? 選挙妨害ですかぁ? 残念、選挙カーの街宣は公職選挙法で認められているんですよねえええ!!!! 各自治体で定められた『拡声機による暴騒音の規制に関する条例』の対象外なんでえーす!」
クレーマーたちの勢いが減じる。
「な、なんだとぉ……」
「ふっふっふ。だからぁ、私を妨害すると公職選挙法違反で片っ端からしょっぴかれちゃいますよおおおお! これが権力! 私の求めていた力!」
もっとも、学校や病院など特定施設周辺では静音を維持しなければならない。
そういった施設なら、元より私が起こさなくても健康障害に繋がるような過眠は止めてくれるだろう――だから、私はこうして福祉の手からこぼれ落ちた人々を起こしてまわることにしている。
「皆さぁぁぁん! 言うて朝の8時ですよおおお! 土日でもないんだから、さっさと起きて健常な生活リズムを取り戻しましょうねええええ!!!!」
私が叫ぶと、ふたたび民衆の怒号が響いた。
「平日が休みの人だっているだろーっ!」
「夜勤の人はこれから就寝なのよーっ!」
「横暴な政治家を許すなーっ! Twitterに書き込んで炎上させてやるーっ!」
Twitter?
ふん、起きてるときしか使えないSNSなんてイマドキやってる人はおらんよ。
そこで選挙カーの前に一人の少女が立ちはだかった。
「うるさいんだよ! バカ姉貴!」
あ、あれは……ネムちゃん!?
立ちはだかった少女は、私の妹である朝野ネムリだった。
「さっさと起きて現実に帰れってさぁ……! 現実よりも夢の方が楽しいに決まってんじゃん! だから、私は眠れるだけ眠るの!」
「そ、そんな……ネムちゃん、いけないわ。いくら現実は財務省の言いなりになった政治家があの手この手で増税を繰り返し、権力は犯罪を隠蔽し、環境破壊については誰も真剣に受け止めてなくて、少子高齢化は止まらず、既得権益層は死ぬまでの逃げきりしか考えてない……若者にとっては絶望的な世界だからって……!」
「出馬したからって聞きかじりの政治発言してんじゃねーっ!」
ネムちゃんの目が赤く光った。
光に包まれたネムちゃんの質量が増大する。
あっという間にぐんぐんと大きくなっていく!
「ばくうううううう!!!!」
あれは――夢怪獣バクー!
『太平風土記』にも記されていた古代中国の伝承に由来する、夢を操る怪獣。
まさか、ネムちゃんが怪獣だったなんて……。
それでも。
「私はネムちゃんを連れ帰るわ。だって過度な睡眠は頭痛、血行不良、神経痛をもたらし――肩や背中のコリ、全身のダルさ、筋肉の低下――さらには糖尿病や心臓病のリスクにも繋がるのだから!」
私はコンタクトレンズを指の腹で取り外すと、懐からメガネを取り出した。
「でゅわっ!」
メガネを装着した私は、本来の姿を取り戻していく。
身長179cmだった身体は、40mに。
【検閲】kgだった体重は【部外秘】tに。
住宅街の屋根に伸びる電信柱よりも、ずっと大きく。
住宅街に突如として現れた銀色の巨人に、人々が言葉を失うのを感じた。
人もビルもミニチュアみたいだ。
鏡張りに磨き上げられた高層ビルの窓に、銀色に染まった全身が映る。
鏡面の中で輝く、卵型の瞳と目が合った。
私は無言で頷くと、鏡の向こうのそれも同じ動作で返した。
この姿はまぎれもなく私自身なのだ。
これが本当の私。
――そう。
きたぞ、われらの睡眠時間絶対削るウーマン!
「ばくうううううう!!!!」
夢怪獣バクー。
ネムちゃんが変身した巨大怪獣は、象のように長い鼻を振り回した。
睡眠時間絶対削るウーマンはバク転して回避する。
バク転。バク転。またまたバク転。
バク転を繰り返すたびに、さっきまで睡眠時間絶対削るウーマンがいた地面を、バクーの鼻が抉った。
繰り返す地響き。舞い散る土埃。
全長40mの睡眠時間絶対削るウーマンと怪獣の戦いは、文字通り街中を巻き込むことになった。
その最中に、私はこう思っていた――。
そうだ、これだけ騒げばみんな起きるかもしれないと。
「オキロロロロロロロロロロロルルルロロロロロロオオオオオオッ!」
睡眠時間絶対削るウーマンは舌を巻くような特殊な発声で吠えた。
これは怪獣を威嚇するためのものではない――皆を起こすためのものだ。
狙い通り、街中の人々が私たちの戦いによって起床していった。
「うーん……う、うるさい……」
「飛び跳ねるなら山奥でやってよ……」
「もっと眠っていたかったのに……睡眠時間が削れちゃった」
口々に不満を言う人々の声。
すると――その人々の声が光となり、バクーに集まっていった。
こ、これは!?
「バクー頑張れ! そのうるさい巨人を倒せ!」
「私たちはもっと都合のいい夢が見ていたいのよ!」
「負けるなバクー! そんなデカ女、やっつけろ!」
デカ女ぁ!?
たしかに今は40mだけど、普段はギリ180cmいってないんですけどお!?
しかし、これはマズい。
人々は夢の世界が大好きなのだ。
誰だってつらい現実になんて戻りたくない。
そういった安穏とした夢に溺れていたい人々にとって、救世主はバクーなのだ。
睡眠時間絶対削るウーマンは、娯楽に満ちた楽しい世界を壊す破壊者にすぎない。
人々の声援を受けたバクーは金色に
「ばくうううううう!!!!」
「ぎゃー!」
虹色の光線を受けて睡眠時間絶対削るウーマンは倒れた。
畜生。
ここまでかよぉ。
私はただ、人々の睡眠時間を削りたかっただけなのに。
人々の――いいや、違う。
私は。
「オキロロロ……(そうだ。私はネムちゃんを起こしたかっただけなんだ。だって、ネムちゃんは大事な家族だから。夢の世界はたしかに楽しいよね。でも、夢は一人で見るもの。どんなに楽しくっても、そこには自分しかいないの。一人だけの世界。私はネムちゃんと同じ世界に生きたい。二人で色んなものを見たい。一人よりも、二人の方が楽しい。そうでしょ? だから私は戦うの。夢怪獣バクー! 私は絶対に負けない。あなたに勝って、ネムちゃんを取り戻す! あと迷惑をかけた街のみんな、ごめんね!)」
「ばくうううううう!!!!(そんな長文じゃなかっただろ!!!!)」
ふたたびバクーは光線を放つ。
「ぎゃー!」
睡眠時間絶対削るウーマンは光線をまともに食らい、背後のビルごと倒れ込んだ。
崩れるビル。
瓦礫のなかで横たわる睡眠時間絶対削るウーマンは、息も絶え絶えに身じろぎする。
ピコン。ピコン。ピコン。
この音はなんだ?
胸元を探ると、谷間の中に隠れてランプのようなものがあることに気づいた。
音はここから出ているらしい。これは……なんだろう?
バクーが近づいてくる。
「ばくうううううう!(睡眠時間絶対削るウーマンは、この世界では3分間しか活動できないんだよ!)」
「オキロッロ!?(そうだったの!?)」
このランプは睡眠時間絶対削るウーマンのピンチを知らせるらしい。
やばいやばい。
あ、でも逆にランプが止まったらピンチじゃなくなったりする?
なんとかして止まらないかな、これ。
むにゅむにゅ。むにゅむにゅ。
ランプを止めるために谷間の中に手を入れて、ごそごそ弄っていると――ふと、住民たちが静かになっていることに気づいた。
なんか――いやらしい視線を感じる!
「うお……でっけ」
「デカパイを超えたデカパイ。ある意味 ”最強” だ」
「お母さーん、何あれー? ばるんばるんしてるー」
「こら、見ちゃいけません! あれは
こらーっ! お前ら―!
睡眠時間絶対削るウーマンをそんな目で見るなー!
思わず住民たちに気を取られて、ランプに力が入る。
すると――。
パキッ。
そんな嫌な音を立てて、ランプは胸元から剥がれた。
「オキロー!?(取れたー!?)」
睡眠時間絶対削るウーマンは立ち上がり、手元のランプを眺めた。
ピコン。ピコン。ピコン。
ランプは相変わらず警告音のような音を立てている。
そんな睡眠時間絶対削るウーマンの元にバクーが迫ってきた。
「ばくううう……(終わりだね、お姉ちゃん。さぁ、ずっと一緒にこの世界で生きよう……?)」
絶体絶命。
この戦いの中で――そろそろ私も気づき始めた。
ここは夢なのだ。
夢の世界――この世界では人々は安寧の夢を求める。
睡眠時間絶対削るウーマンにとっては絶対的な
このままでは睡眠時間絶対削るウーマンは敗北する。
そうして夢の世界は続いていく。脱出する手段はない。
いや……待てよ。
「夢を見ているときに外部からの情報が入ると、夢の中身はたやすく影響を受けてしまうものです」
そう言ったのは誰だったか?
睡眠時間絶対削るウーマンは手元のランプを耳元に当てた。
耳をそば立てて、音の正体を探る。
そして、気づいた――勝利への道筋に。
「オキロッ!」
睡眠時間絶対削るウーマンは中腰になって両手を構えると、ファイティングポーズを取り、夢怪獣バクーに対峙した。
「ばくうううううう!!!!」
バクーは長い鼻を振り回しながら、睡眠時間絶対削るウーマンに突進する。
その威圧は、まさに爆走する暴走機関車の如くだ。
睡眠時間絶対削るウーマンの額から、一筋の汗が流れる。
大丈夫だ。この方法なら勝てるはず。
バクーを倒す。
そしてネムちゃんを――取り戻してみせる!
「オキロゥ……」
睡眠時間絶対削るウーマンは慎重にタイミングを図る。
チャンスは一度きりだ。
…………。
…………。
…………今だ!
わずかに巨体を横に逸らす。
風圧が体皮を撫でる。
バクーの突進を紙一重で躱すと――睡眠時間絶対削るウーマンは、バクーの耳にランプを押し当てた!
「ばくうっ!?」
予期せぬ行動に狼狽するバクー。
睡眠時間絶対削るウーマンは全エネルギーをランプに注ぎ込んだ。
「オキローッ!」
バクーは静止する。
その身体が硬直すると――やがて、乾いた粘土細工のようにボロボロと崩れ始めた。
全てが終わった。
終わり始めた。
――夢世界の崩壊が始まったのだ。
ビルが砂のように崩れる。住宅街はアスファルトに沈んでいく。
住民たちは書き割りの人形となり、やがて泡のように消えていく。
ランプは、鳴り続ける。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン。
夢の終わり。朝の始まり。
いつものように、私は彼女に笑いかける。
ネムちゃん、おはよう。
ZZZ……。
ピコンピコンピコンピコン……鳴り続ける枕元のアラームに、私は手を伸ばして――止めた。
うーん、とベッドの中で伸びをする。
午前8時。
閑静な住宅街の一角の病院で、やおらと私――朝野メザメは起床した。
今日はお休みだから、ちょっとだけ朝寝坊。
両手をグーパーグーパ―していると、次第に目が覚めていった。
寝覚めが悪いときに起きやすくなるテクニック。
二度寝を防ぐためのライフハックだ。
これ、便利だから使ってみてね。
ようやく目が覚めた私は、枕元のアラームに目をやる。
これが睡眠時間絶対削るウーマンのランプの正体か。
夢を見ているときに外部からの情報が入ると、夢の中身はたやすく影響を受けてしまうもの、というわけね。
ベランダに出て朝日を浴びると、住宅街の中を選挙カーが走っているのが見えた。
朝が早いのにご苦労なことだ。
病院の近くということで声量は抑えめだが……。
スピーカーを通して聞こえる演説に、ふと思いあたる。
「そっか。普段は政治のことなんか考えもしないのに、あんな夢を見たのは」
そういうことだったのね。
諸々の謎が解けたところで、病室に戻る。
そこにはすやすやと健やかに眠るネムちゃんの姿があった。
「せっかく同じ夢にいるのに、起きるのは私だけ……ネムちゃんは寝ぼすけなんだから」
残念ながら現実の世界では、さっきの夢に出てきた「没入型睡眠ゲーム」なる便利なものは発明されていないが――代わりに存在するのは「ドリームキャッチャー」と呼ばれる特殊な医療技術だ。
これは昏睡状態の患者の脳波を読み取り、他者と共鳴させることで夢を共有する装置である。
ネムちゃんの主治医である私は、こうして時おり彼女と同じ夢を見ることで、治療の役に立てているわけだ。
「あの感じだと、まだ起きたがってないみたいね」
ネムちゃんの病状については、まだまだわかっていないことが多い。
なぜ、彼女は眠り続けるのか。
心因性のショックが由来だと推測されてはいるが――結局、こうやって少しずつアプローチしていくしかない。
現実に帰ることを拒む、彼女の心を解きほぐす。
それしか手段はないのだから。
残念ながら、この世界には巨大化するヒーローも、倒せば全てが解決する怪獣も存在しない。
それでも、一歩ずつでも症状の解明を進めることはできる。
「いつか、こっちの世界でも――おはようが言いたいな」
待っててね、ネムちゃん。
そう言うと、ベッドで眠るネムちゃんの口元が――わずかにほころんだ気がした。
ZZZ……。
そういうわけで。
睡眠時間絶対削るウーマンの戦いは、これからも続いていくのだ。
でゅわっ!
(了)
きたぞ、われらの睡眠時間絶対削るウーマン 秋野てくと @Arcright101
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます