メイド喫茶&Bar『仏頂面』
味噌わさび
第1話 メイドさんとの出会い
「はぁ……。疲れたな」
週末の金曜日、俺は久しぶりに早めに仕事を終えることができた。ここのところ、激務でとても疲れている。
最寄りの駅まで戻ってくると、思わず肩の力が抜けてしまった。
「まったく……何か楽しいことがないものかな」
何もないとわかっていても、思わずそう思ってしまう。俺はそのまま駅から何も考えずにとぼとぼと歩いていく。
「……ん?」
シャッターばかりの寂れた商店街を歩いていると、ふと、俺はあることに気付く。
新しい店ができている。小さな店ではあるが……確かに新しい感じだ。
「……メイド喫茶&Bar?」
看板にはそう書いてある。メイド喫茶はわかるが……Bar……バーか?
そして、看板を見るとさらに文字が書かれている。
「……『仏頂面』?」
仏頂面……おおよそ、メイドとは無縁の言葉に思える。
……いや、よくわからない店には入らない方がいい。このまま帰ろう。
そう思ったが……なぜか、俺はどんどんと店の扉に近付いていく。そして、そのまま扉を開けてしまった。
薄暗い空間が広がっている。カウンターと椅子、机もあるが……客はいないようだった。
ほのかにタバコの匂いがする。俺は店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
低音の声が聞こえてきた。俺は声のした方に顔を向ける。
「こっち」
言われるままにカウンターの方に近付いていく。と、カウンターの向こうにメイドさんが立っていた。
そのメイドさんは確かにメイド服を来ているのだが、タバコを咥え、ナイフのような鋭い目つきで俺の方を見ていた。
短い切りそろえたショートカットも、なんだか鋭い印象を与える。そして、何よりその表情は……確かに「仏頂面」だった。
「飯? 酒?」
「え……。あ、えっと……ここは……?」
メイドさんは気だるげに煙を吐き出す。
「看板見た? 喫茶店。あるいは、Bar、だよ」
「あ、あぁ……。飯か……酒が出るんですか?」
「そうだよ。作れる飯ならなんでも出すし、店にある酒なら何でも出すよ」
メイドさんはそう言ってまた煙を吐き出す。
「じゃあ、ビールでもいいですか?」
「ん。わかった」
そう言うとメイドさんは準備をするようで、グラスを手にしていた。今一度店の中を見回してみる。やはり、客は俺以外いないようだ。
「ご主人様は仕事帰り?」
「え……。ご主人様……?」
「うん。お兄さんのこと」
と、ビールに入ったグラスを差し出しながら、メイドさんがそう言ってきた。
いきなり「ご主人様」と言われて戸惑ったが、まぁ、メイドさんだからそう呼ぶわけか……。
「あ、はい。まぁ、そんな感じで……」
「へぇ。仕事、楽しい?」
「え? あ、いや……。楽しくは……ないですかね」
「ふ~ん。あ。アタシも酒、飲んでいい?」
「あ……。ど、どうぞ」
俺がそう言うと、メイドさんは躊躇うことなくグラスにビールを注ぐ。
「はい。乾杯」
「あ、どうも」
言われるままに俺はメイドさんと乾杯した。
ビールを口に流し込みながら、メイドさんの方を見る。
表情は確かに店名のままに仏頂面だが、よく見ると顔のパーツは整っているし、美人だった。年齢は俺と同い年くらい……だろうか?
「アタシは仕事、嫌いだなぁ」
メイドさんはすでにビールを飲み干した後で、別のタバコに火をつけながらそう言った。
「え……。それって……」
「うん。今この瞬間も面倒くさいなぁ、って感じかな」
全く悪気のない感じでメイドさんはそう言った。
「あ、あはは……。なんか……ごめんなさい……」
「なんでご主人様が謝るの? 別にアタシは仕事が嫌いってだけで、ご主人様のことが嫌いってわけじゃないよ」
「あ、あぁ……。ど、どうも……」
と、メイドさんはじーっと俺のことをその鋭い目で見ていた。俺は思わず戸惑ってしまう。
「え……。な、何か?」
「いや……。もしかして、ご主人様、可愛いメイドさんがいるかも、って思ってこの店入ったのかなぁ、って」
「え……。いや、そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあ、どういうわけ?」
「いや……。新しい店があるなぁ、って……珍しかったから……」
そう言ってもメイドさんは俺のことを見つめている。なんだか、居心地が悪かった。
「で、店の中に入ってみて、どうだった?」
「あ~……。なんというか、独特の感じがあるなぁ、って」
「ふーん。で、メイドさんは?」
「え? な、何がですか?」
「メイドさんは、可愛かった?」
……なるほど。そういう質問が来るのか。俺は残ったビールを口の中に運びながら、メイドさんの事を見る。
「……はい」
「はい?」
「……可愛かった、です」
メイドさんはしばらく仏頂面で俺のことを見ていたが、不意に、ニンマリと微笑んだ。
「だよね」
俺はその笑顔に完全に見惚れてしまった。しばらく呆然とした後で我に帰る。
「……えっと、帰ります」
「うん。じゃあ、3000円」
「え……。3000円? ビール一杯で?」
しまった……。完全にボッタクリだったか……。俺が後悔していると、メイドさんが店の壁の一点を指差す。
「うん。ほら、あれ」
そこには紙にサインペンで「メイドさんとの触れ合い料:一律3000円(飲食含む)」と書かれていた。
「な、なるほど……」
「まぁ、ボッタクリと思うんだったら、もう来なくていいよ」
そう言ってメイドさんはヘラヘラしながら、タバコの煙を吐き出す。
「でも……ご主人様は、またここに来ると思うけどね」
そう言ってまたメイドさんは俺に笑顔を向ける。
俺自身も、近いうちにまたこの店に来るだろうと確信していたのだった。
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