第2話 メイドさんと料理
その週末の金曜日。
俺は行くべきではないと思いながらも……自然と足はある場所に向かっていた。
メイド喫茶&Bar『仏頂面』……あのメイドさんがいるお店だ。
ビール一杯で3000円という明らかなぼったくりに合ったというのに……なぜか俺はまたあの店に行きたいと思っていた。
理由は……あのメイドさんに会いたいというのが大きい。自分でもあの仏頂面のメイドのどこに惹かれているのかわからないが……とにかく、会いたいと思ってしまったのだ。
いつのまにか俺は件の店の前に立っていた。そして、ゆっくりと扉を開ける。
「ん? あれ……もしかして、この前のご主人様?」
少し意外そうな声がカウンターから聞こえてきた。俺はゆっくりとそちらへ近付いていく。
前回と同様に、タバコを咥えた仏頂面のメイドさんが、少し意外そうな視線で俺のことを見ていた。
「……どうも」
「へぇ。もう来ないと思ってたよ」
口元だけニヤニヤさせながら、メイドさんはそう言う。俺自身も何故来たのか……わからない。
「で、今日はどうすんの? 飯? 酒?」
「……ビールで」
俺が前回と同じ注文をしても別に驚くこともせず、メイドさんはグラスにビールを注いでいく。
「なんでまたこの店に来たの?」
グラスをこちらに手渡しながら、メイドさんは俺に訊ねる。
「……自分でもわかりません」
「わからない? なにそれ……。フフッ。いや、でも、ご主人さま、ちょっとおもしろいね」
「え? 何がですか?」
「だって、そのビール頼んだ時点で3000円確定なんだよ? もしかしてご主人さま……アタシにお金を貢ぎたいの?」
そう言って俺の方に顔を近づけてくるメイドさん。俺は思わず身を引いてしまった。
「ち、違いますよ……。俺は、ただ……」
「ただ?」
「……なんでもいいでしょう。理由がないとお店に来ちゃ駄目なんですか?」
メイドさんは煙を吐き出しながら少し考え込んでいた……かと思うと、俺の方に視線を向ける。
「いや。ないよ。別に」
「じゃあ……いいじゃないですか」
「うん。いや、だからさ。珍しかったんだって。大体、この店来たお客、一回で来なくなるか、もしくは二回目は怒鳴り込んでくるか、だからさ」
「怒鳴り込んでくるっていうのは……?」
「そりゃあ、ビール一杯で3000円ってやっぱりおかしいだろ! 金返せ! みたいな?」
「あ、あぁ……。まぁ、それはそうですね……」
「別にビールだけしか頼めないってわけじゃないんだよ? 他に注文とかしていいのに」
「え……。そ、そうなですか?」
「うん。ほら。あそこの張り紙。『どんなに飲んでも食べても喋っても3000円』って書いてあるでしょ」
「……あぁ。つまり、どんなに注文しても3000円、ってことですか」
「そういうこと。珍しく普通に来店二回目のご主人様には特別にちゃーんと説明してあげているってわけ」
「……じゃあ、何か別に注文できるんですか?」
「まぁ、なんでも言ってみなよ。アタシが出せるものなら出してあげるから」
俺は少し考えてから、メイドさんの格好を見る。メイドさんといえば――
「……オムライスとか、できますか?」
「うん。できるよ。じゃあ、作るわ」
そう言ってメイドさんは料理に取り掛かった。カウンターから見ているだけだったが、メイドさんは驚く程に手際が良かった。
卵を割り、混ぜて、それをフライパンで綺麗にご飯と混ぜる……料理などほとんどしない俺でも、メイドさんが料理が上手いということだけはわかった。
「はい。どうぞ」
10分ほどもかからないうちに、メイドさんはオムライスの乗ったお皿を差し出した。俺はスプーンで一口、口の中に運んで見る。
「どう? 美味い?」
「……メチャクチャ美味いです」
仏頂面のメイドさんが作ったとは思えない程に、甘くてフワフワのオムライスだった。それでいて、ケチャップとご飯も程よく炒められている。
「そりゃあ良かった。まぁ、一応これでもメイドだからね」
俺はそのまま一気にオムライスを食べてしまった。そして、残ったビールを一気に喉の中に流し込む。
「……ごちそうさまでした」
「はい。お粗末さまでした」
新しくタバコを吸いながら、メイドさんは心なしか、少し嬉しそうに俺の食べる姿を見ているようだった。
俺は思わず少し恥ずかしくなってしまう。
「え、えっと……今日は、これで」
「え? もう帰っちゃうの? ご主人様……なんか、この店のこと、食堂か何かと思ってない?」
「え……。あ、あぁ……。すみません」
「……フフッ。いや、別にいいよ。来てくれる以上、ご主人様がどう過ごそうと勝手だしね」
俺はそう言って3000円をカウンターに置き、そのまま立ち上がった。
「またアタシに会いに来たくなったら、いつでも来なよ。ご主人様」
そう言われて俺は反射的に振り返る。仏頂面のメイドさんは、またしても口元だけニヤニヤとさせていた。
「い、いえ……。今度もまた料理か、お酒のために来ます」
「はいはい。そういうことにしておきますよ、ご主人様」
俺はそれ以上は何も言わずに、そのまま店を出た。
俺はメイドさんに会いたいために、ぼったくりモドキの店にやってきているということを……店から出て改めて理解したのだった。
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