第3話 メイドさんと恋人

「そういえば、ご主人様って、恋人とかいないの?」


 思わず飲んでいたビールで噎せてしまった。


「え……。な、なんですか、急に……」


 俺がそう訊ね返すと、メイドさんはタバコを吐き出しながら、いつも通りの仏頂面だった。


「いや、別に。ただどうなのかな、って」


「……いると思いますか?」


 俺は思わずそう聞いてしまった。聞いてから俺は少し後悔する。メイドさんは俺のことをジッと見る。


「いない、と思う」


 そして、短くそう言い切った。俺は唖然としてしまったが……否定することができなかった。


「いないんだ」


「……はい。いません」


「へぇ。だから、こんな店に懲りずにやってきているんだね」


 言葉の棘が俺の心に容赦なく突き刺さる。メイドさんはやはり、俺のことが嫌いなのだろうか。


 俺は黙ったままでビールを飲む。と、メイドさんは少し窺うような視線を俺に向ける。


「あれ。もしかして、怒った?」


「……いえ。別に怒っていませんよ」


 俺は少し子供っぽいとも思ったが、そう返事した。


「いや、ちょっと機嫌悪くなっているでしょ。別にいいじゃん。恋人なんていなくってさ。恋人がいると……あー。あれだよ。この店に来られなくなるし」


 俺は黙ったままだった。メイドさんは少し困ったような顔をしている。


「オムライス、また作ってあげようか?」


「いいですよ。もう。ビール、おかわり下さい」


 俺はそう言ってグラスをメイドさんに突きつける。メイドさんは少し戸惑ったようだったが、渋々グラスにビールを注ぐ。


 そして、また差し出されたビールを口の中に流し込む。


「……じゃあ、メイドさんはどうなんですか?」


「え? アタシ? いや、アタシはさぁ……」


 メイドさんは少し困ったように視線を背ける。


「恋人、いるんですか?」


「いや、いるっていうか、いないっていうか……。なんというか……」


 メイドさんは誤魔化すように、新しいタバコに火をつける。


 俺はまたビールを口の中に流し込む。


「……例えばですけど、俺とか、どうですか?」


「へ?」


 明らかにアルコールで気が大きくなっているとは思ったが、そんな質問をしてしまった。メイドさんは目を丸くしている。


 しばらくの沈黙があった後で、メイドさんは苦笑いする。


「えっと……ご主人様、飲み過ぎだって」


 質問の答えのかわりに、当然の反応が返ってきた。


「……そうですよね。ごめんなさい。今日はもう――」


「あ! いや、でも!」


 と、俺が席を立とうとすると、メイドさんが引き止めるように声をかける。


「ご主人様はアタシ的には……どちらかというと……アリ、かな?」


 そう言われても俺はどう反応していいか分からず、思わず力なく笑ってしまった。


「いや……。いいですよ。気を遣わないで」


「え……。いや、アタシ、そういうつもりで言ったんじゃ……」


「……すみません。今日はちょっと飲みすぎました。次回はまたオムライス、作って下さい」


 そう言って俺は背を向けて店の外へ出ていった。


 一瞬、最後に見たメイドさんの表情が、どこか悲しそうに見えたが……きっと、酔ったせいで見間違えたのだろう。


 やはり、こういう店は距離感を大事にしないとな、と自分に言い聞かせながら、俺は帰り道を歩いたのだった。

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