第4話 メイドさんと別れ

「ご主人様さぁ」


 その週末の金曜日も、俺はメイドさんの店にやってきていた。


 メイドさんはタバコを咥えたまま、頬杖をついて、相変わらずオムライスを食べている俺のことを見ている。


「……なんですか?」


「ご主人様って、暇なの?」


「……は?」


 俺はいきなり聞かれたそのことに思わず戸惑ってしまった。


「……い、いえ。暇じゃないですよ。働いてますし」


「でもさぁ、最近、ほぼ毎週この店来ているじゃん。他に行く所、ないの?」


 煙を吐き出しながら、仏頂面でメイドさんはそう言う。


 俺は言葉に詰まったが、なんとか先を続ける。


「……来ないでほしいってことですか?」


 俺は自分でも言うのをためらったが、メイドさんにそう言ってみた。


 そもそも、客が他に来ているのを見たことがない。メイドさんとしては、俺が来ていることに感謝こそしても、迷惑と思っているはずがない……俺は少し自信を持っていた。


「まぁ、面倒臭くはあるよね」


 しかし、仏頂面のメイドさんの返事は、予想外のことだった。


「え……。で、でも、俺が来ないと……他に誰もお客、来ないんじゃないですか?」


「はぁ? いや、別にお客なんて来なくても大丈夫だけど……。え? っていうか、ご主人様。もしかして、自分がこの店に来てやっているんだ、って思ってない?」


 メイドさんの目つきが少し鋭くなる。俺は視線を反らしてしまった。


 煙とともに大きなため息が聞こえる。とても気不味かった。


「あれ。見て」


 と、メイドさんがいきなり一点を指差す。メイドさんが指さした先にあるのは……壁に貼られた紙だった。


「『店内でのガチ恋厳禁』……。そ、それって……」


「……ご主人様さぁ。アタシがどんなに可愛いからって、のめり込んじゃ駄目ってことだよ」


「い、いや、俺はそんな……」


 メイドさんは腕組みをして俺のことを睨んでいる。俺は……メイドさんのことが好きなのか?


 好きじゃない……といえば、嘘になる。好きじゃなかったら、そもそもこんな店に来ない。


 しかし、かといって、俺は別にメイドさんに恋をしているわけじゃない……そう思いたかったが……自分でもわからなかった。


「ご主人様はたぶん、アタシのこと、好きじゃないって思っているんでしょ?」


 完全に俺の気持ちを見透かされていたようだった。俺は何も言えなかった。


 メイドさんは少し悲しそうな表情をする。


「まぁ、別に出禁ってわけじゃないけどさ。もう少し来る頻度落としたら? ご主人様だって、嫌でしょ? こんな店に毎回来るの」


「そ、そんなことないですよ!」


 俺は思わず強く否定してしまう。メイドさんは目を丸くしていたが、フッと悲しげに微笑む。


「ほら。そんなに強く否定するってことは、それくらいこの店にのめり込んでるってことだよ。店っていうか……アタシに、か」


「そ、そんなことは……」


「とにかく、そのオムライス食べたら、帰ってよ。アタシもしばらく店、閉めるからさ」


「え……。お店、しばらく閉めるって……」


「ん? あぁ。閉店じゃないよ。ただ、ここ最近、真面目に働いたから、疲れちゃったってだけで。ね? だから、しばらくお互いに距離を置こうよ」


 そう言ってメイドさんは苦笑いする。俺もその提案を拒絶することはできなかった。


 こうして、唐突に俺はメイド喫茶&Bar『仏頂面』に行くことができなくなってしまった。


 俺はオムライスを食べ終わると、3000円だけ置いて、席を立つ。


「じゃあ、またね」


 メイドさんは手を振って俺を見送る。見た感じは怒っているとかではないようだが……メイドさんはずっと俺の相手が嫌だったのかもしれない。


 俺は力なくほほえみながら、そのまま悲しげに店を出ていったのであった。

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