第5話 メイドさんと再会
それから、一ヶ月程経った。
メイド喫茶&Bar『仏頂面』は、メイドさんが言った通りに、閉まったままであった。
仕事帰りに店の前を歩いても「準備中」の看板しか見えない。
メイドさんは「またね」と言っていたが……あれが、最後の別れだったのかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、完全に消沈していた。そんなある週末の金曜日のことだった。
いつものように最寄りの駅から帰るために、メイド喫茶&Bar『仏頂面』の近くを通った時のことだった。
「あれ? ご主人様じゃん」
と、聞き慣れた声がした。俺はそちらに顔を向ける。
まるで田舎のヤンキーのような、黒いジャージ姿のショートカットの目つきの悪い女の子が、コンビニのビニール袋を手にして、タバコを咥えながら俺のことを見ていた。
「え……。メイドさん……?」
「あはは。今はメイド服じゃないけどね」
何事もなかったといった感じでメイドさんは笑いながら俺に話しかけてきた。どことなく顔つきもいつもの仏頂面よりも柔らかい感じがする。
「え、えっと……お店は?」
「え? あぁ。言ったじゃん。まともに働いて疲れたからしばらく休む、って」
「え……。じゃあ、俺との、その……距離を置くっていう話は……」
「あ~……。いや、まぁ、ご主人様がお店に結構来てくれるのはいいんだけど……やっぱ、ちゃんと働くと、少し疲れるなぁ、って……。だから、そういう感じで言わせてもらっただけなんだよね」
俺は少し身体の力が抜けてしまった。てっきり完全に嫌われたからお店も湿られてしまったのかと思った。
「あ。お店の鍵、今持っているから。入る?」
「え……。でも、今日はお休みでは?」
「まぁ、気にしないで言って。ほら、入ってよ」
そう言ってメイドさんは店の鍵を開けると中に入っていく。俺は少しためらったが、そのまま店の中に入った。
「あ。今日はお酒とか料理とか出さないから。そこらへんの椅子に座ってよ」
ということで、カウンターではなく、二人用の椅子とテーブルの席に通された。
俺が座っていると、メイドさんは向かいに座る。
「あ。そうだ。これ」
そう言ってメイドさんが、ビニール袋の中から缶コーヒーを2本取り出した。
「一本、ご主人様にあげるよ」
「え……。いいんですか?」
「うん。今日は特別サービス」
「あ……。どうも」
俺は缶コーヒーを手に取る。メイドさんはタバコを咥えながら缶コーヒーの蓋を開け、タバコとコーヒーを交互に口にしている。
……そういえば、ここ喫茶店でもあったな、と思いながら、俺は缶コーヒーを口の中に流し込む。
ほろ苦い味が口の中に広がる。メイドさんのタバコの匂いと缶コーヒーの苦味がなんだか調和している感じだった。
「……なんか、悪かったね、ご主人様」
と、いきなりメイドさんがそんなことを言ってきた。
「え……。な、なんでいきなり謝るんですか?」
「……その、なんか、いきなり距離を置いてほしい、とか言っちゃって」
「あ、いや……。俺も、なんというか……ほぼ毎週来ていたのは迷惑だったかな、と思うので」
「迷惑? フフッ。そんなわけないでしょ。お店としてやってるんだから、ほぼ毎週来てくれているご主人様には、むしろ感謝しなきゃ」
そう言ってメイドさんは苦笑いする。なんとなくだが、俺は少し安心してしまう。
それから、また缶コーヒーの苦味と、タバコの煙が漂う時間が流れるのだった。
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