第6話 メイドさんの恋人
「……まぁ、さっきはあんな感じで言ったけど……ちょっと、怖かったんだよね」
それからしばらくして、ふと、メイドさんがそう言った。
「……え? 怖かったって? もしかして……俺がストーカーみたい、とか?」
「へ? いやいや! 違うって! ご主人様のことじゃなくて……アタシ自身が、ってこと」
そう言って、メイドさんはタバコの煙を吐き出した。
「……なんていうか、距離感っていうかなぁ……。そういうのがわかんなくなってきちゃったっていうか、ね」
「は、はぁ……」
「……この店さ、ホント、アタシの趣味でやっているようなものだし……。大体の人は面食らって一回来たら二度とこないんだけど、ご主人様何度も来てたから、アタシとしても少し戸惑ってたっていうかな……」
気まずそうにメイドさんは視線を反らす。
「……要するに、なんというか、俺と顔を合わせづらくなった、ってことですか?」
「……まぁ、そんな感じかな」
メイドさんはそう言って、缶コーヒーを一気に飲み干した。俺の缶コーヒーは未だに残っている。
「えっと……それで、俺はまたこの店に来てもいいんですか?」
俺がそう言うとメイドさんはまた少し困ったような顔をするが、すぐに苦笑いを浮かべる。
「……もう出禁、って言われたら、ご主人さまはもう来ないの?」
「え……。いや、それは、悲しいですけど……出禁ってことなら、仕方ないですが……」
「あー! 違うって! 例えば、の話。そもそも出禁にしないから」
……よくわからないが、とにかく、俺はどうやらこの店から出禁にはなっていないようである。
「じゃあ、いつもと同じ頻度で来てもいい、ってことですか?」
「え……。あ~……。それはそれでなぁ……」
「やっぱり、駄目なんですか?」
「駄目ってわけじゃないけど……」
そう言って、メイドさんはなぜかチラチラと俺の方を見ている。俺は意味がわからなず、困惑するしかなかった。
「……ご主人様って、恋人とか、いないんでしょ?」
「え? あー……まぁ、いませんけど」
と、しばらく沈黙の後、メイドさんが咥えていたタバコを、飲み干した缶コーヒーの中に突っ込む。
「その……アタシが、なってあげてもいいかなぁ、なんて……」
ぎこちなくだが、メイドさんはそう言った。俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。
そして、何を言われたかわかると、俺はなぜか妙に落ち着いていた。
「え……。それは……お店のそういうサービス、みたいな……?」
俺がそう訊ねると、メイドさんは目を丸くする。
「へ? あ……。あ~……。うん。そうだね。まずは、そういうことにしておこうかな」
「まずは?」
「あ、いやいや! 気にしないで。うん。そういうサービスってことで」
……なぜだかわからないが、いきなり俺はメイドさんに新サービスを提供されることになったようである。
「それは……なんだか、ありがとうございます」
「そ、そうだね。こんなサービス、滅多にしないから。ご主人さまは相当運がいいね」
「……ホントにサービス、なんですよね?」
「ホントにサービスだって!」
メイドさんがムキになってそう言うので、どうやら、サービスのようである。
「……わかりました。つまり、恋人になるってことは、お店にも自由に来ていいってことですよね?」
「まぁ、そうなるかな……。いや、というか、毎日来なきゃいけないくらいだからね、ホントは」
「毎日は……厳しいですね」
そう言って俺とメイドさんは小さく笑い合っていた。ふと、腕時計を見ると、既に結構な時間であった。
「……では、今日はそろそろ、これで」
「あ、うん」
俺は店の扉の方へ向かっていく。
「あ、ご主人様!」
と、メイドさんにいきなり背後から呼びかけられる。
「はい? なんですか?」
「その……今日、アタシ、メイド服じゃないけど、どうかな?」
「……どう、とは?」
「メイドさんじゃない私も、いいと思う?」
そう言われて俺は今一度メイドさんのことを見る。確かにいつものメイド服とはまるで違うジャージ姿だ。
しかし――
「……そうですね。俺は正直に言うと、メイド服がかなり好きですね」
俺がそう言うとメイドさんは少し悲しそうにする。と、俺は先を続ける。
「だけど……アナタは何を着ても似合うと思いますよ」
俺がそう言うとメイドさんは少し驚いたような顔をしてから苦笑いする。
「……仕方ないご主人様。また、いつでも来なよ。絶対に、ね」
「えぇ。絶対来ます」
そう言って俺は店を後にした。
おそらく、俺はこの店に「恋人」のサービスが続く限りは、足繁く通うことになるだろうと確信しながら。
メイド喫茶&Bar『仏頂面』 味噌わさび @NNMM
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