見つけてくれる人

@SigureTootuki

見つけてくれる人

  カラン

ウイスキーの入ったコップの氷が溶けて心地のいい音を奏でる。今日の天気はあいにくの雨、夏に入ったこともありじめっとした空気はあるものの、空調の効いた店内ではそんな雨も湿気も気にならない。最も私のような人間にとって雨は都合がいい、私という存在をすべて洗い流してくれるから。

『今月に入って六件目となる連続猟奇殺人事件が発生しました。被害者は過去五件と同様に皮膚をはぎ取られた状態であったとのことです。警視庁は人員を増加し犯人逮捕に全力を注ぐとともに、都民の方々に夜間の外出に際し最大限の注意を行うよう呼びかけました。次のニュースです___』

大抵こういうバーにはラジオなんかはつけないものだが、客が私一人とあってここのマスターはあまり気にしていないようだ。

「物騒だね。」

なんとなく私はそう言った。

「あぁ、申し訳ありません。お気になさるようでしたら_」

「いや、いいよ。私もあまり静かすぎるのは好きじゃないんだ。私一人だしね。」

マスターの言葉を遮るようにそう言う、実際静かすぎるのは好きじゃないし、閑古鳥が鳴くような店のマスターにはほんの少し罪悪感がある。

「はぁ、…しかし物騒なのは事実ですね。おかげで店もこんな状態です。」

「いつもは多いの?」

「ええ、まあ。今日は金曜日ですからね、雨とはいえもう少しお客様も来られるのですが…。」

そういって店内を見渡すマスター、私以外に客はいない。

「…やっぱり事件が始まってから?」

「ええ、そうですね。二件目ぐらいまではまだ来てくださっていたのですが、三件目以降から徐々に…。」

そういって、少し俯いたマスター。経験則から言うと、こういう人はあまり面白くない。仕事がすべてで生きがいを感じているからだ。

「…大変だね。」

そんなことをおくびにも出さず、私は言う。

「…申し訳ありませんお客様に愚痴のようなものを言ってしまい。」

「別にいいよ。マスターさんも大変そうだし、愚痴の一つや二つなんてことないから。」

実際何とも思ってないし、

「お心遣い感謝いたします。」

そんな私の心情を知らずにマスターは私にお礼を言った。まぁこの人もまともに受け取っていないだろうしいいか。

   カラン

私とマスターとの会話は途切れ、氷が溶ける音とラジオの音だけが店内に流れる。こうやってただ時間だけが流れていくと思っていたが、

チリンチリン

店の入り口のカウベルが鳴り、二人目の客の来店を告げる。

「いらっしゃいませ。」

マスターはすぐにラジオを切り、二人目のお客をにこやかに出迎える。この辺りでもこの人の仕事の出来がよく伝わってくる。

「……。」

入ってきた客は黒のスーツを着た女性。持っていた黒い傘をおしゃれな傘立てに置くと何も言わずに私の席を一つ空けた席に座った。

「何にいたしましょうか。」

マスターは注文を取る。

「…ウイスキーをロックで。」

「かしこまりました。」

「それと、ジンとベルモットを一対一、氷は抜きでお願いできる?」

ジンとベルモットを一対一? ジンとベルモットのカクテルと言えばマティーニだけどあれって一対一だっけ? それにわざわざ酒の名前を言わなくてもカクテルの名前言えばいいしそもそもカクテルには氷は基本的に入っていない。まぁ生憎お酒には詳しくないので何とも言えないが、

「………かしこまりました。」

そのオーダーを取ると、マスターは手早くウイスキーのロックを出し、奥へと消えていった。マティーニは出さずに。…後でマスターに何のお酒か聞こうと思ったのに。

「…酒の名前は関係性、比率は敵と味方のそれぞれの数、氷抜きは席を外せって意味。マティーニを注文したわけじゃない。」

「えっ?」

お互い無言だったのに急にその人が話しかけてくるので何を言っているのかよく分からなかった。

「あまりにも不思議そうな顔をしてたから教えてあげたのよ。」

どうやらそういうことらしい。

「あー、そうなんですね。わざわざどうも。」

「……。」

お礼を言うとすごく呆れたような顔をされた。私としては珍しく純粋にお礼を言っただけなんだけど。 …にしてもこの人、よく見るとすごい美人さんだ。

雨の日で湿気もすごいのにストレートに伸びたロングの黒髪、引き締まったきれいなボディライン、胸は控えめだが決して小さくはない、多分Eくらいはある。顔はさっきから前を向いていてよく見えないけど、整った顔であることは横からでもわかる。ただ雰囲気はすごく剣呑である。呆れたような顔ではあるのだがそれでもその剣呑な雰囲気だけは隠せていなかった。こういう人は大体面白いのだが、

 「はぁ…、ほんとにわかってないのね。」

 「?」

分かっていないとは何だろう? というかこの声聞いたことがある気がするんだけど。それにどっかで見たような?

 「あのー…、私達ってどこかで会いましたっけ?」

素直にそう聞くと、

「…………はぁー。」

頭を抱えながら、心底呆れたような、一周回って感心したような、そんな溜息を吐いた。

「一周回って感心するわ。そのお気楽脳と鶏頭に。」

あっ、ほんとにそうだったみたい

「…ほんとに覚えてないの?」

そういって初めてこちら側に顔を向けた。

「ヒュッ…」

その瞬間分かった。なんでさっきまで分からなかったのか分からないくらいに、瞬間的にわかった。反射のように息を飲み絶句する。

「…思い出したみたいね。」

「あっ…えっ…あっ…」

名前を呼びたい。だけど目の前の光景が信じ切れず言葉が出ない。

「フフッずいぶんと驚いてるのね。」

驚かないほうが無理である。しかし、心は歓喜の声を上げているのに、脳は目の前で起こっている光景を処理できない。

「リン…ちゃん…?」

やっとの思いで名前を言う。

「ええ、そうよ。久しぶりね。」

リンちゃん。雨宮凛。高校の同級生で、私の初恋。そして…

「~~~~~~~~ッ!」

考えを中断し、席を立ち思わず抱き着こうとする。

だが、

「待ちなさい。」

動こうとする私をリンちゃんは手のひらで制する。そして私もそうされて犬のように体をピタッと止める。

「私もあなたに会えて嬉しいのだけど、今はそういう状況じゃない。」

そう言って、リンちゃんは顔を前に向ける。だけど、リンちゃんに会えて嬉しい私は、動きこそしないが、話しかける。

「ほんとに久しぶりリンちゃん! 私ずっとリンちゃんの事探してて、それでもずっと見つからなかったから死んじゃったんじゃないかって心配してたの! だけどこうしてリンちゃんから私に会いに来てくれてほんとに嬉しい!」

そう言って嬉しさを表現するが、

「私の横顔見ても気付かなかったくせに?」

そう言い返される。

「あう~、それはぁ、そのぉ、眼つきがなんか違う感じだったしぃ、雰囲気もなんか変わってたしぃ…。」

とっさにそう言い訳するが、

「へぇー、そう、つまりあなたは私の雰囲気や眼つきが変わっただけで私の事認識できなくなるんだ?」

「うーーーーー、別にそういうわけじゃなくてー…。」

学生時代、リンちゃんと口喧嘩して勝てた試しがなかったが、それは今でも変わらないらしい、

「何か言うことは?」

「…普通に横にいられてもリンちゃんだって気付きませんでした。ごめんなさい…。」

「よろしい。」

大体いつもこんな風に私が謝って終わる。

「フフッ、あーあ真面目にいきたいのにあなたのせいでいけないじゃない。」

「それは私のせいじゃないじゃん。リンちゃんの意地悪。」

「あなたが弄りやすいのが悪いのよ。」

「弄らなきゃいいじゃん。」

「目の前に好物があって我慢できる?」

「…できないけどさぁ。」

「ほら、つまりそういうことよ。」

「私を弄るのをリンちゃんの趣味にしないでよぉ。」

うーーー、さっきまでバーで一人でお酒を飲んでるカッコイイ系お姉さんで通せそうだったのにー、

「あはっはっはっは、はぁー、…はぁ。」

面白おかしそうに笑っていたリンちゃんが一転、暗い表情で溜息をついていた。

「? どうしたの?」

「…ほんと久々よこんなに笑ったの、何年振りかしら?」

「分かんないけど、そんなにお仕事大変なの?」

明らかにテンションが下がったリンちゃんを見て少し心配になりながらそう問いかける。

「…仕事、ね。そうね仕事をしましょう。仕事納めよ。」

さっきまでの少し穏やかな雰囲気から、またあの剣呑な雰囲気に変わる。

「リンちゃ❘❘」

「時間が勿体ないし単刀直入に効くわ。今東京で起きてる連続猟奇殺人事件。その犯人はあなたよね? 由衣。」

「……………えっ?」

様子がおかしなリンちゃんに声をかけようとして、遮られて、そして言われた言葉に絶句する。

「東京だけじゃない。北海道、宮城、福島、石川、京都、大阪、広島、福岡、鹿児島。各地で起きた未解決連続殺人事件の犯人もあなたよね。」

私が何を言う間もなく、リンちゃんはそう言い続ける。

「えっ? いや、ちょっと待ってよリンちゃん。えっ、急にどうしたの? 私が殺人犯? なんで?」

「あら、白をとぼけることを覚えたのね。成長ね、おめでとう。」

「リンちゃん!」

剣呑な雰囲気なのにふざけたことを言うリンちゃんに思わず叫んでしまう。

「そんなに怒鳴らいでよ。せっかく静かなバーなんだから。」

「その静かさを壊したのはリンちゃんだよね⁉」

さっき私のことを殺人犯呼ばわりしたのがウソのように気軽な風に言うので思わず突っ込まずにはいられなかった。

「…はぁ、それでなんで私が殺人犯になるの?」

仕切り直しでそう問うと、

「殺人の証拠と動機ってやつね、まぁ当然ね。久々に会った親友から殺人犯扱いされているんだから。」

また少し剣呑な雰囲気になる。こうも雰囲気をころころ変えられるなんてリンちゃんはすごいなぁ。

「そうね…、10都道府県で起きた連続殺人にほとんど接点はないように思えるわ、殺し方も手口もバラバラ、日付の規則性もまるでない。唯一共通点を挙げるなら、犯人は捕まっておらず未解決、殺しの手口が大小あれど猟奇的、たったそれだけ。実際それだけだから警察はそれらの事件の関連性を見出していない。繋げればますます捜査が複雑難解になっていくからしたくないっていうのが主な理由かな? あとはくだらない縄張り意識か。」

饒舌にそう語るリンちゃんは相変わらずカッコよかった。

「だからあなたが犯人だって思ったのは…、なんとなくかしら。」

「なん…となく?」

「そう、なんとなく。直感って言ってもいいわ。」

そんなことを言うリンちゃんに思わず笑う。

「事件を調べてたら不思議と思い出したの、あなたと始めてあった時の事。」

昔のことを覚えているリンちゃんに心が躍る。

「あの時のあなたはまるで無感情だったけど今のあなたそうでもないわね。…いや隠しているだけね。」

心臓が跳ねる。

「あなたが犯人だと思って調べていくと…、なかなかどうして、あなたしか犯人がいなくなった。」

涙腺が緩む。

「動機は…、さすがにわからなかったけど、それでもあなたが犯人であることは私の中で確定したの。」

あぁ、もうやめてリンちゃん、

「あとはこの馬鹿みたいに広い東京っていう土地からあなたを探し出すだけだったんだけど…。どうしてかしら、あなたは私の近い場所にいた。」

やめてよ、もうやめてよ、

「私のテリトリーにいるあなたを見つけることはたやすかったわ。」

やめてやめてやめてやめてやめてやめて、

「そして、あなたはここにいた。」

あぁ。あぁ、もうやめてよリンちゃん!

「さて、証拠は今日はもってきていないのだけれど、別にいいわよね? あなたが犯人なんだから。」

これ以上はもう!

「さて、それじゃあ答え合わせをお願いしてもいい? ついでに動機も❘❘❘」

そう言ってリンちゃんは私を見た。そして、不思議なものを見る目で言う。

「…あなた、なんで笑って…、いや、泣いて?」

「…えっ? だって…、やっと…やっと…見つけてくれたから…。」

泣きながら、私は言う。

「やっと…、見つけてくれる人に会って…。それが…、リンちゃん…だったんだよ? アハハッ、泣かないほうが…おかしいよ…。」

あぁ、神よ…。

こんな風に私を作った聖なる神よ!

感謝いたします!

あなたに、私ができる最大限の謝辞をお贈りします!

私を、この私を!

この時のために作ってくださったのですね!





 幼いころから言いようのない孤独が私にはあった。決して無視されるとかそう言ったいじめのようなものではない。むしろそうであってほしかったように思っていた。影が薄いや存在感がないというような話ではない。私には存在がなかった。誰にも覚えられない。誰かの何者かに私はなれなかった。親友にも、いやな奴にも、恋人にも、恋敵にも、何もなれなかった。何をしても誰の記憶にも心にも残らなかった。女子にビンタした次の日、女子が何事もなかったかのように過ごしている。昨日のことを聞いたら、

『何のこと?』

吐き気を覚えたし、実際その後トイレでは吐いた。孤独だった。みんな私のことを知っているのに私のことを覚えていない。認識しているのに記憶はされない。そんな体質? 能力? を持って生まれたことは、母親が消えたことよりも、父親に性的な虐待をされることよりも最悪の不幸だった。 …なぜ私は生まれたのだろう? 何度そんな疑問を持ったかはもう覚えてない。

 ある日、一匹の猫を殺した。学校の通学路でみんなに可愛がってもらっていた野良猫。…私よりも小さいのに私よりも記憶されているその猫を、嫉妬か怒りか悲しみかどんな感情かは忘れたがとにかく殺した。

 するとどうだろう。みんなその話をした。みんなが猫を殺した犯人の話をした。二日続けてその話が続いていたのを聞いた私がどれほど歓喜したかは分からないだろう。私の事じゃない、猫を殺した犯人の話だとしても、それが私だと私が知っている。あの時ほど叫びたかった日はない。

【それは私! 私がやったの! 私があの猫を殺したの!】

それをしなかったのはあの頃の私がまだ比較的まともだったからだろう。

 だが、そんな話はすぐに終わり、四日もすればおすすめの飲み物の話へと変わっていった。だからまた殺した。話が消えるたびに殺した。話にもならなかった時には皮を剥ぎ、内臓を掻き出し、目玉をくりぬいたりもした。なのに、それなのに、誰も私を見つけてくれなかった。私を、猫殺しの私を、誰も見つけてくれなかった。名乗り上げればよかったのかもしれないが、名乗り上げてすぐに忘れられることが怖かった。誰かに見つけてもらいたかった。罵られてもいい、吊るしあげられてもいい、殴られたっていい。誰でもいい、誰かに見つけてほしかった。

 『…あなたそんなことをしてて楽しいの?』

 そんな私をリンちゃんは見つけてくれた。

『んー…、楽しくはないかなぁ。血がべとべとで気持ち悪いし、見てて気持ちのいいものでもないし。』

喜びを押さえつけながらそう言う、

『…それでどうするの? 警察に言う? 先生にチクる? 同級生にばらまく? …私はどれでもいいかなぁ。』

わくわくした。何をされるんだろう、誰に言われるんだろう、何を思ってるんだろう。今後の展開を想像しながらいると、

『別にどうもしないわよ。私が言ったところで誰も信じないだろうから。』

『えっ?』

何故? どうして? 猫を殺したんだよ? バラバラにしたんだよ? なんで何もしないの? そんな疑問が私の頭の中を駆け巡った。

『なんで? なんで何もしないの? なんで私を裁かないの?』

『なんでなんでって、何、あなたこの事ばらされたいの? Mなの?』

『M…?』

『えっ。うそでしょM知らないの? そんなことしてるんだからそれぐらい知ってると思ってたのに。』

『?』

『えぇー…、本当に知らない目してるじゃない。』

このころはMが何かよりもなぜ何もしないかのほうが不思議だった。

『さっき言ったでしょ。誰も信じないって。私が言ったって私がウソついてるとしか思わないわよ。』

 そしてリンちゃんの話を聞いたのだが、リンちゃんは最近ここに転校してきたのだが、その理由が父親が悪質な詐欺の会社の経営をして警察に捕まり通っていた私立の女子高の学費が払えなくなり転校を余儀なくされたのだそうだ。そんな事情からクラスの連中がリンちゃんを詐欺師呼ばわりして話しかけようともしないらしい。その頃私は猫殺しに精を出していたためリンちゃんのことは知らなかった。

『まぁ、そういうわけだからあなたのしたことは誰にも言わない。言ったって意味がないもの。』

その時の私は多分ポカーンとしていたのだと思う。なにせ初めて私を見つけてくれた人が何もせずにそのままどこかに行こうとするのだから、

『ま、待ってよ!』

はっとして、リンちゃんを呼び止めた。

『何よ。まだ何かあるの?』

不思議そうに聞いてくる。

『いや、えっと、な、何とも思わないの!? その、私がこんなことしてて!』

『…猫がかわいそう? とかかしら。別にあなたが猫を殺しているからって何か思うことはないわよ。』

『ッ…!』

ここまでして、やりたくもない殺しまでして、得れた反応がこれだけだった私の感情が分かる?

『それじゃあ私もう行くわね。…猫を殺すのもほどほどにしときなさいよ。』

そう言って去ろうとする、

『あっ、待って!』

思わず手を取る。取らずにはいられなかった。

『まだ何か用? 申し訳ないけどあなたの変態的な趣味に付き合ってあげるほど私は暇じゃないのだけれど。』

『あぅ、えっと、その…』

少なくとも趣味ではないのだけれど、

『わ、私と友達になってくれませんか!』

『はぁ?』

 突拍子もないことは重々承知している。だけど、初めて見つけてくれた人をここでみすみす逃がしたくなかった。

『あの、その、猫を殺してたのは、その、友達がいなくて毎日暇だったからなんです! だから、その、あ、あなたと友達になれば猫を殺さずに済むんです!』

滅茶苦茶だ。理由にもなっていなければ、文にさえなっていないかもしれない。だけど、こんな無茶苦茶な理由であってもこの関係をつなぎたいと思ったのだ。

『いや、あなたが猫殺しなのと友達がいないのは無関係…。』

最もである。

『…まぁ、そうね。じゃあ、いいわよ。友達になってあげる。』

 この時の私は今までの人生で一番驚いた顔をしていたのだろう、それぐらい衝撃だった。

『何、あなたが一番驚いた顔してるのよ。暇つぶしよ。私のことを詐欺師呼ばわりしてくる奴らの相手するよりも、猫殺しの奴を相手したほうがいいでしょうしね。』

そういうことらしい、要は気まぐれというやつだろう。

『私は雨宮凛。あなたは?』

『えっ、あっ、鬼束由衣です。』

『フフッ、雰囲気の割に名前は厳ついのね。これかよろしく、由衣。』

『あっ、うん。よろしく、えっと…、』

『好きに呼んでくれたらいいわ。』

『じゃ、じゃあ、よろしくリンちゃん。』

 リンちゃんとの関係はそんな風に始まった。

 それからは毎日が楽しかった。次の日になってもリンちゃんは私としたこと覚えててくれたし、リンちゃんは私が知らないことをたくさん教えてくれた。…ちょっとだけ勉強ができない私の勉強も見てくれた。相変わらず、リンちゃん以外にはあまり覚えられてないし、父親には性虐待をされてるけど、それでも充実していた。リンちゃんはバイトしたり、クラスの人からいろいろ言われたりで大変そうだけど私と話しているときはお世辞かもしれないけど笑ってくれている。その頃からリンちゃんのことを意識し始めた。笑い顔だったり、その仕草だったり、意識し始めると意外にも早いものですぐに私は、私は私を見つけてくれたリンちゃんが好きだということに気づいた。我ながらチョロいとは自覚しているが、この好きだという気持ちは嘘ではなかった。…だけど、好きだという気持ちは言えないまま日々が過ぎていった。

 けどそんな生活はすぐ終わるというのを私は身をもって知ったのだ。

 今日は一日学校に来なかったリンちゃん。いつもは休むにしても連絡をくれていたので少し心配になり、家に行くことにした。しかし、

『えっ…。』

 リンちゃんの家はもぬけの殻でしかも荒らされていた。リンちゃんの家にはいつもお酒ばかり飲んでるお母さんもいたのにその人さへもいなかった。

 それから何日経ってもリンちゃんが学校に来ることはなく、ただ時間だけが過ぎていった。警察にいったり、自分で探しに行ったりもしたがどこにいるか見当もついていない状況では見つかるはずもなかった。

リンちゃんがいなくなってからの日常はひどく空しかった。それでもこの時は私はまだ真面だったのだろう。

 ある日、リンちゃんのいない退屈な無意味な学校生活を終え家へ帰ってくると、知らない靴が置いてあった。女性ものの靴。もしかして母親が帰ってきたのかと思いリビングに行こうとすると、

『ねぇ、ほんとに独り身なのよねぇ?』

『本当だって。離婚したあいつの残したガキも最近姿見てねぇし、気にすんなよ。』

『ならいいんだけどぉ。じゃあ早くやりましょうよぉ。』

そして聞こえてくる行為の声。廊下で立ち尽くした時間が何秒だったか何分だったなんてどうでもいい。父親でさえ忘れたのだ。あの言葉が女性を安心させるためのウソだったのかもしれない。だけど、私は、昨日も、おとといも、その前の日も家にいた。何もしない父親のために家事をして、おとといなんて処理さえしたのに、あいつは私を忘れたのだ!

 そして私はあいつを殺した。初めての人殺しは猫を殺すのと大差なかった。だけど、楽しかった。猫を殺そうとしてもぎにゃああああ、と鳴き喚くだけだが人間を殺そうとすると泣いたり怒ったり笑い始めたり、普段見せないような人間の本性が見れて面白かった。父親の死体はそのままに私は家を出た。財布とケータイのみを持って。次の日、あいつが死んだことがニュースで報道されていた。…私のことは言われなかった。だけど、私は嬉しかった。猫殺しの時と同じく、いやそれ以上に私が起こしたことをみんなが見てくれている。もっともっとすれば今度こそ私は見つけてくれるかもしれない。リンちゃんも見つかるかもしれない。

 それが動機。まぁ後悔はしてない、だって実際私はリンちゃんに見つけられて、見つけたのだから。







「ほんとに、こういうことを運命って言うんだろうね。」

「…えぇ、そうね。」

「ん? どうしたのリンちゃん?」

頭を抱えるリンちゃんにそう問いかける。

「あなたねぇ、…はぁ。まぁいいわ。過ぎたことを言ったって仕方ないし。」

うんうんと頷いて、ふっと疑問に思ったことを口にする。

「そういえば、こんなことを聞いてくるってことはリンちゃんって警察官なの? フフッ、だとしたら似合ってるなぁ。」

「…。」

ふいに黙るリンちゃん、

「? リンちゃん?」

「…私は警察官なんかじゃない。その逆。広義的に見ればあなたと同職ともいえるわ。」

「? えっとー、じゃあリンちゃんは人を殺すのが趣味なの?」

「ここまで聞いてそう言えるのはすごいわね…。違うわよ、殺すのは仕事。そして、私はあなたの殺しを依頼されたの。」

「ッ! それは…。すごく素敵なことだね!」

「はぁ!? あなたほんとに意味わかってる!?」

「失敬な、分かってるよ。リンちゃんが私を殺しに来たんだよね?」

「それが分かっていながらなんで!?」

なんでとはおかしなことを聞くなぁ、

「だって、私は今まで誰かに見つけてもらいたくて生きてきたんだよ? それが叶った今私の命なんてどうでもいいし、むしろリンちゃんに殺してもらえるなら願ったりだよ!」

「……。」

分かりやすく絶句し、そして

「フフフフッ、ハハハハハ。」

そして笑い始めた。

「はぁー、そうね、そうよねあなたはそういう人間だわ。」

「そうでしょ? フフッ、楽しみだなぁどんなふうに殺されるんだろう。」

私は心を躍らせながら考えていると、

「そうね…。」

一瞬間を置き、

「だけど、ごめんなさい。私はあなたを殺さないわ。」

「へ?」

何言ったか理解できなかった。

「えっ、今リンちゃん私を殺しにきったって…。」

「言ってないわよ。私はあなたの殺しの依頼を受けただっけ。」

「えぇ!? そんなぁ…。」

「フフッ、悪いわね。」

そう言って席を立ち外へ行こうとする。

「待って! リンt❘」

「ねぇ、由衣。あなたの言い方を翻訳するなら。あなたを見つけた奴の言うことならなんでも聞くってことよね?」

呼び止めようとした私の言葉を遮りそんなことを聞いてくる。

「えっ? まぁ、そうなるのかな?」

「そう…、じゃあ一つだけ。」

「?」

「もう誰も殺さずに生きて、私はずっとあなたのことを覚えているから。」

「えっ?」

「それだけよ、じゃあね。」

「ま、待って!」

出ていこうとするリンちゃんを止めようとすると、

「あぁ、そうだ、ねぇ由衣。」

「な、なに?」

「私あなたの事…」

そう言いかけて、

「やっぱりいいわ。…さよなら。」

「あっ…!」

チリンチリン

来た時と同じような音色で扉が閉じる。外の雨はまだ降っているようだった。

カラン

ウイスキーの音が鳴る。少し広めの店内の中にはもう私しかいない。


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