01-10「神が宿る器」
それは、同じ三つ叉であるものの、農具というよりは明らかな武器という形となっている。矛の先は翡翠の髪と同じように
「何ですかそれは!」
二人の前に立ち、
その声にハッとした翡翠は、自身の手を
「後で話、聞かせてもらうからね」
「え? う、うん」
【
「千歳さん!」
「あの子なら大丈夫! それよりも前!」
「前って、えええ!?」
力の弱い友希道に興味のない様子の【
突然脚が消し飛ばされたことで【
「……え?」
「やっぱり、いえ、
≪
≪わっちも頑張るよ! ひーちゃんもお願い!≫
「分かっているよ! 行くよ、佐藤君!」
「え? う、うん」
訳も分からず二人で矛を天高く構える。翡翠の小学校低学年とも言える低身長のせいで、良祐はそれ程高く上げているつもりはないが、しっかりと翡翠の手を両手で
怯んでいた時間はほんの数秒で、すぐに立て直した【
その鬼のお面の下はどんな表情か、それとも蜘蛛だから表情はないのか、しかし
それは
「「てりゃあああああああっ!」」
振り下ろされた矛から伸びる光の線によって、一瞬も防御すること叶わず、
「や……やったのか……?」
「あはは、佐藤君、それフラグだよ? でも、うん、大丈夫。この辺りにはいないし、というか結構広い範囲が浄化されたね。流石”神”の力だね。どう、友希道ちゃん? 何か聞こえる?」
【
そんな彼女を支える形で翡翠が隣に立つが、身長差から肩を貸すには至らない様子である。
「いえ、何も。ラジオも無事です。また修理となると、出費が……」
「まぁその時は私か所属先の
「出来れば借金はしたくないですね」
「あはは、それもそうだね。それじゃあ、とりあえず【
「ですが、この辺り一帯の反応はありません」
「今の所はね。でも、この場に佐藤君とこの矛……って、ありゃ、鍬に戻っちゃってる」
「確かに元に持っていますね。先程のは一体……」
翡翠が手元の農具に目を落とすと、先程まで剥がれて周囲に浮いていたはずのお
二人が話をしている間、良祐は一人、先程【
(あれ? これ……)
すると見つけた。自身の握り拳と同じくらいの大きさの透明で、透き通った丸い石が落ちていた。
(これってもしかして【
≪おそらくな≫
前に触らせてもらった時は、どういう訳かドアノブに触れた時に走る静電気を更に強くしたような感覚がして、結局
(あれ?
ガラス玉のように
(不思議な感じ……)
「それじゃあ、鍬のことも説明したいし、移動しようか。って、佐藤君そんな所で何してるの?」
夢中で眺めていたら、話が終わったのか急に背後から話し掛けられた。そして、咄嗟に【
「ごめん。本当に消えたんだって思って。それで、移動って、どこに?」
何故嘘を
≪……≫
声は聞こえないが、今、自身の中にいる何かが何かを考えているのか、あえて
「んー……あ、そこの裏で良いんじゃない? 友希道ちゃんも行こう?」
しかし良祐は動かない。それどころか翡翠達の方へ目線を向けようとしなかった。
「佐藤君? どうしたの?」
彼の行動に首を傾ける翡翠だが、良祐は顔を赤らめて
生き残ることに夢中でかつ、先程の最後の自分がやったことの衝撃、そして【
「いえ、あの、その」
翡翠の提案は、今この場所で元の世界、【
「芝原さん、私達の現在の格好を見て下さい。これではいけません」
「あ、あぁ、そうだね。うん。ごめんごめん。それと気を遣ってくれてありがとね」
「い、いえ、それよりも早く何か着て下さい」
ちなみに、中学校の夏服の上は男女共に白地のカッターシャツであり、それがあちこち切り裂かれたり破れたり、そして本人の血が
年齢を考えれば、
「それは後。先に【
落ち着かないので何か着て欲しかったのだが、その提案はあっさりと
そう言って翡翠は二人を
景色は変わっていない。しかし、明らかに生命と言うべきか、この空気、地面、空が生きているという感覚を味わう。そして
「やっぱり元の世界は良いね。それじゃあ、制服は無理だけど、代わりに上に
「分かりました」
「えーっと?」
話に付いていけない良祐は、そっぽを向いたままどうすれば良いのか分からず
ローブの色は白だが、この七月も下旬という夏真っ只中に
そして翡翠はまた
(キョンシーかな?)
お
≪何じゃそれは?≫
「へ?」
【現世】に戻っても聞こえるその声に驚き、思わず声を上げてしまう。
「どうしたの?」
突然声を上げた良祐を、翡翠は不思議そうに見る。
「いや、その、声が」
「そういえば、声がするって言ってたね。もしかして今も聞こえるの?」
「あ、うん」
「それじゃあ、聞いても良いかな? そちらの声の
「へ? 名前?」
何者でも誰でもなく、名前。そのことに疑問を持つ良祐だったが、その答えはすぐに良祐の中の声が答えた。
≪ふむ、ワシの名前と来たか。流石は
「え? それどういう?」
「お、何か言ってるの?」
「あ、うん、ちょっと待って」
≪すまんすまん、ワシの名前じゃな。ワシは”
「え? 牛頭天王?」
「牛頭天王? ってもしかして……」
「はい、かつて『
驚いて名前を繰り返す翡翠に、友希道が同意するように答える。しかし、心なしか翡翠の目付きが
「え、祠の話はわっちも聞いたことあったけど、その牛頭天王……が?」
「えぇ、私も詳しいことは分かりませんが、確かだったはずです」
「うん、合っているはずやよ」
『円鏡寺』や『大井神社』は
(牛頭天王なのか?)
≪うむ≫
(どういった神様か、教えてもらっても良い?)
≪さぁな。人間が伝承で継ぎ足し継ぎ足し語ってきたから、どれが正しいやら≫
(そうなの?)
≪ワシに聞くでない。人間のことは人間に聞くんじゃな。ところで、今更じゃが、お前さんの名前は?≫
(あ、そうだった。えぇと、佐藤良祐って、言います)
≪ほう、りょうすけか、字はなんと書く?≫
(字? えぇと、良い悪いの「良い」に、
≪ほう、
(え、それってどういう?)
その疑問に牛頭天王は答える気がないのか、話を
≪それはともかく、ワシの役割は、その祠で
「木の枝? 木の枝が、その、
良祐が口にした木の枝という言葉に、翡翠が反応する。
「木の枝……もしかしなくても、この鍬のことやね」
≪
牛頭天王が言っていることの半分以上理解出来ていない良祐は、まごつきながらも何とか翡翠と友希道に声の主の言葉を伝える。
「私も気になりますね。それはただの【
【
≪【
「神……?」
「牛頭天王さんが何を言っているのか分からないけど、多分、佐藤君の反応からして合っていると思う。そう、これは神が宿った木の枝、”
「神木……ですか。そのようなもの、一体どこで……いえ、もしや
「違うよ。これは”クスノキ”。わっちらがよく知ってるあの木だよ」
そう言ってお
「
「で、それがその、何で牛頭天王に奉納されたの?」
「武器やね」
「武器?」
「そう、悪しき者を払うためには神聖な武器が必要と、当時の人々は考えたんやろうね。それで、祠に納められた訳やけど、今よりも神や仏の存在が信じられていた昔は、そうやって神の武器だと示されたら手を合わせて
良祐には先程の光景が思い起こされた。腰に届く程度のストレートの黒髪の肌の白い可愛い女の子。和服を着ていたので、日本人形らしい
「あ、さっきの」
「やっぱり佐藤君には見えていたんだ」
「む? 私達の他にも何かが、この流れだと、その神様がいたということですか?」
「うん、だけど、今は見えない」
≪ワシも何も感じぬ。幼いがあれ程の
「うん、さっきはこのお|
「すごく怪しい農具にしか見えないけど」
「私も同じ感想です」
「まぁこのお
「でもそれなら、何でわざわざ鍬の形に、それならお
「正解」
そこで友希道も理解出来たのか「そうか」と
「農具の形にし、鍬という意味と、土を耕すという役割を持たせることで【
「大正解」
「ですが、それが何故あなたの手にあるのか分かりません。それに鍬の形になっていることも疑問です。それは元々祠にあったもの。本来であればそのまま現在の『大井神社』に祀られていてもおかしくないもののはずです」
「『大井神社』が出来たのは、明治時代初期。そしてこの枝がわっちの先祖の手に渡ったのが戦国時代。既に時効やよ時効」
「えー……そういう問題かなぁ」
シリアスな話の中で、時折混ぜられる冗談に良祐も緊張の糸が何度も切られ、結び直すのに苦労する。だがこの後、この時に一瞬でも気が緩んでしまったことを後悔することとなる。
「戦国時代、今の『大井神社』の南側には『
そこで言葉を切って、良祐を
「
それを聞いて良祐はまさかと思った。
あの日、祖父の家で壊してしまった透明な大きな動物の置物。あれも牛の形をしていたように思える。しかしと心の中で否定する。あれがそんな
≪……≫
そんな彼の内心が、動揺が全て筒抜けである牛頭天王は何も語らない。
友希道は何やら空気が変わり、重苦しい雰囲気になっていることに
そして、翡翠は彼らが何を考えているのか知ってか知らずか言葉を続ける。
「でも、回収出来たのは一つだけ。このクスノキの枝だけだった。先祖が回収する前に、水晶の置物だけが誰かに持ち去られていたんやよ。置物自体も歴史は古く、祠を造る際にはそれに神を宿すことで、鬼門の番人として
そこで言葉を句切り、二人を、正確には良祐を見つめこう告げた。
「そう、その置物には、牛頭天王さんが宿っていたんやよ」
真説・北方町史 木入香 @ki-rika
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