アツイヨル

武江成緒

アツイヨル




 この警備室はむし暑い。


  打ちっぱなしのコンクリートの壁からは、四角い柱が出っ張っていたり、天井近くがななめになっていたりして、せまい部屋をさらにせま苦しく感じさせる。


 そんな部屋になんとか場所を見つけてはめ込んだ、そんな感じの冷房が、耳ざわりな音を立てて、冷たいというよりはを感じる、カビ臭い息を吐きだしている。

 こんなものをけてたら、熱あたりを防ぐどころか、なにかの病気になるんじゃないか。

 そうは思っても、この部屋の窓ときたら、換気にゃぜんぜん役立たないから仕方ない。




 窓はひとつ。

 部屋のいちばん奥まった感じの場所にある壁に、一メートル四方くらいの小さな窓がはまっている。

 外には何も見えやしない。


 手を伸ばしたら触れるくらいの近さのところで、コンクリートの壁がのっぺり、視界と空気の通りとをがっしりと封じている。

 窓どころかキズすらもない、のっぺらぼうの灰色の壁を見つめていると、目と頭とがおかしくなったような気分にさえもなる。


 これが昼なら、日ざしが壁に映ることもあるだろうが、日はとっくの昔に沈んで、今日は月明かりもないらしい。

 この部屋の、うすらぼけた蛍光灯が投げる、かすかに震える寒々しい光を照り返すだけだ。




 そういえば、日が沈んでからどのぐらいになったっけか。


 相棒のほうを振り返る。


 相棒は、モニターをながめている。

 小さなテレビが壁のうえに群れたようなモニターのひとつひとつには、うすら白い灰色の影が宿っている。

 そんな画面が放つ光を浴びている相棒の顔は、このうす暗い部屋の中で、ほとんど白く染まって見える。

 表情の失せた白い顔は、まるで死人そのものみたいだ。




――― そろそろ巡回に行ってくるわ。


 そう言おうとして、モニターの反対にある壁を見た。

 時計のあるはずの壁は、これまた無表情なコンクリートだけ。

 まるい時計が掛かっていたはずの壁の部分が、いやに綺麗に円形の跡にも見える。

 いまは巡回の時間だったか。それがまったくわからない。


 左手首を見てみたが、そこにも時計はありはしなかった。家を出るとき、たしかに着けたと思ったのに。


 どうも頭がぼやけていて、色々なことが思い出せない、わからない。

 この狭くて、うだるような部屋のせいか。




 そういえば、モニターには、時刻が表示されているんじゃなかったか。

 そう思いながら相棒へと目を向けたとき。


――― お。


 白い無表情な顔は、その一言を口にだした。




 相棒の背後からモニターをのぞきこむ。

 廊下、階段、エレベーター前。どこの眺めも灰色の、幻じみた光景で、現実感というものがない。


――― ここの内部って、こんな眺めだったっけか。


 頭のどこかで、そうささやく声がするほど、その眺めたちには馴染なじみがない。


 だが、そんなものを吹き飛ばすような光景が、画面の一つに映っていた。




 玄関ホールをうつしたモニター。

 日が出ているならいざ知らず、いまは猫の子いっぴきいないはずの空間に。

 いくつもの影が立っている。


――― おい、これ。


 相棒の白い顔に声をかける。


 玄関ホールは、この警備室のすぐ近くだ。

“やつら”は、この部屋のドアを隔てて、何メートルもないところにわだかまっているはずだ。


 ぬっ、と相棒が立ち上がった。

 そのまま部屋のドアへとむかい、何かを待ち受けるようにその場で静かに立ちつくす。

 その行動にさそわれるように、俺もふらふらと後につづく。


 ただ、最後に一度、部屋の中を振り返る。




 部屋はすっかり、その正体を現している。


 コンクリートの壁はどこも黒くすすけ、蛍光灯の跡もエアコンも無残に焼けこげ、割れてゆがんだモニター群れも、みじめな死ガイをさらしている。


 あの晩。

 ドアもドアノブも、火や熱やらで歪んでひしゃげたはずだったが、ガン、ガン、という音とともに、きしみをあげて隙間がひらく。




 懐中電灯の光とともに部屋のなかをのぞきこむ物好きなどもに、俺と相棒は黒焦くろこげの身をヘビのように細くして、その肉体へとすべり込んでゆく。

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アツイヨル 武江成緒 @kamorun2018

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