2.

私にはもう一人仲間がいる。彼女の息子だ。彼は二年前に突然働いていた会社に行けなくなりずっと引きこもりをしていて、堕落した生活を送っている。

彼の部屋へ行きドアの隙間から鳴き声を上げると、どうしたのかと訊いてきたので彼女を殺すのに経緯を話しその手伝いをして欲しいと伝えると、ためらうことなく納得してくれた。


「まずは包丁でうまく急所を狙って欲しい」

「どこを刺すの?」

「喉がいい。声を出そうとしても一気に突き刺すから暴れるだけ暴れたらそのまま気絶していくに違いない」

「そうだ、軍手を履こう。指紋が残ったらすぐに僕だとわかってしまう」


一階に降りて裏玄関の物置棚にある軍手を出してきて、台所から出刃包丁を取り出すと、息子は寝室のドアを開けて息を潜めながら彼女の枕元にくると、一度こちらを振り向いたので私は頷いたのを合図に突き刺せと言い、彼はひと思いに両手で握った包丁を振りかざし彼女の喉ぼとけに刺した。

その瞬間、目を見開いてかすかにうめき声をあげてきたので、再び包丁で胸や腹を数か所刺していくと、赤いシミが一気に身体中で広がっていき血まみれになった彼女は荒く呼吸を上げながら、なぜこんなことをしたとつぶやいて私達の方を見ては目玉が飛び出すように見開いたまま息を引き取った。


その血痕が私達の身体にもところどころ付着して、動揺を隠せないまま押し入れの中から新しいシーツを取り出して彼女の身体を二重に覆い隠した。


「このドロドロした匂いは何?」

「生々しい生き血の匂いだ。まずは身体を洗おう。それから次の事を考える」


そのままの状態で浴室へ行き隅から隅までシャワーで身体を洗い流していき、二階の部屋のクローゼットの中から服を取り換えると脱いだ服を黒いポリ袋に入れた。再び寝室へ行きベッドの上にいる彼女を見てみると、どんどん流血していく血がシーツを滲みだしていたので、彼は掠れた悲鳴声を上げると静かにするように促して、リビングに行き話をした。


「血が止まらないよ。このままだと中が血の海になる」

「ねえ、このまま家にいても私達は彼女の思いのままに縛られて生きていくだけ。遠くへ逃げましょう」

「そうしてもいつかは捕まるだけだよ。おじいちゃん独りになってしまう……」

「誰かが保護してくれるから大丈夫。私達も旅行に出かけたと言って逃れるしかない。これからバッグに荷物を入れてきて。この家から逃げよう」


彼は素直に従いトランクケースに荷物を詰め込んで私を抱き上げて、玄関のドアを静かに占めてまだ暗い夜道を歩いていき大通りに出たところでタクシーを拾って空港まで向かった。しばらく時間が経ち空港の手前にあるホテルに着くと、すぐさま中へ入っていきチェックインをした後に部屋に入り、ケースの中に紛れて入っていた私は、少し息苦しくなりながらも咳ばらいをしてやつれた顔の彼に向かって笑い叫んだ。


「よくやったわ。あの女に縛られながら生きていくなんてもう死んだ方がマシ。やっと解放されたんだよ」


彼は少し俯いてベッドの上に座ると私を睨みつけた。


「僕だってあの人には散々束縛されてきたさ。でも、殺すことなんて考えもしなかったけど、こんなに爽快な気分になれるなんてやってよかったと思う」

「明日朝一の便でもっと遠くに行こう。どこに行きたい?」

「そうだなぁ……」


すると彼は突然床に倒れ込んで一気に身体を突き落とした。何があったのか何度か鳴いているうちに、ドアの向こうから人の声と戸を叩く音が聞こえてきたので、ドアノブに向かって飛び上がって開いて見ると目を開けていられない程眩しい光が差し込んできた。


──壁にかかっている時計を見上げてみると、十七時を過ぎていた。


クッションに座ってベランダの外を眺めていると玄関からだたいまという声が聞こえてきて、その奥に行ってみると彼女が私の頭を撫でてきて鳴き声をあげると、買いもの袋から買ってきたばかりの少し硬い専用のスナック菓子を皿の上に出してくれた。しばらくそれを食べていると、軽く喉をむせてしまったので彼女から水をもらおうと声をかけると次の言葉を告げてきた。


「そう、むせて苦しいのね。私、あなたが嫌いなの。だからそのままいなくなってほしいわ」


次第に喉の奥が詰まってきて息ができなくなってきた。咳をしながらクッションに座り何度か吐き出すように声をあげて鳴いていくが、視界がぼやけていって気が遠のいていくと、私はそのまま気を失ってしまった。


《了》

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ある猫の未遂より 桑鶴七緒 @hyesu

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