終.卒業


 ◆


 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学一業館は教師の巣窟である。改築は日々行われており現在は十三階。最終的には地下鉄を突き破り、物理的に地上に打って出る心積りである。

 学生の反乱を防ぐための迷宮めいた複雑な構造と数多の罠、それらを一切意に介さず。モヒカン教師は進んでいく。目指すは十三階に存在する学長室だ。

 だが、六階にある魔術的建築により果ての見えない程に長い廊下。

 そこでモヒカン教師は学長室に行くまでもなくお目当てに出会った。

 学長ソクシラテス、この学校で最強の男だ。 


「よ」

「貴様は行かんのか」

 窓から地上を見下ろして、ソクシラテスは言った。

 ここからは地上の喧騒がよく見える。

 暴力も、流れる血も、そして死も。


「わかってるくせにぃ」

 モヒカン教師が目を細めて笑った。

「俺はアンタに会いに来たんだよ」

「儂か」

「強いんだろ、アンタ」

「貴様よりもな」

「またまたぁ……でも、まぁ……相当強いだろ、殺死杉のアホじゃ無理だな」

「貴様なら出来る、と?」

「相当強いからな、武田の皆殺信玄さんはな……」

 ぶつかり合う殺意が、熱となって肌を炙る。

 もしも第三者がいたのならば、陽炎のように揺らぐ二人の姿が見えただろう。

 

「殺り合う前に動機を聞いておこうか」

「殺戮刑事が教育理念に興味を抱くとはな」

「普段なら調書にアホが暴れてたとしか書かないんだが……アンタは特別だぜ?」

「ふん」

 ソクシラテスは咳払いを一つし、太い言葉を紡いだ。


「貴様は日本国憲法における三大義務を知っているか?」

「教育、勤労、納税だな」

「勤労は生に直結する故に必然的に果たされ、人間は消費活動を行うだけで納税の義務もまた果たすことになる……だが、教育はどうだ?生涯学習が謳われているが、その義務はどれだけ果たされている?」

「あー……その、アンタに申し訳ないことを言うようだが……義務教育は教育を受ける義務ではなく、教育を受けさせる義務だぜ?」

 頭をかきながら、申し訳無さそうにモヒカン教師が言った。


「わかっておる」

「へえ」

「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う……故にこの儂がその義務を果たしている」

「アンタに保護されてる覚えはないがね」

「ところが、儂は地球上の全ての人間を保護している。当然、貴様もだ」

「……その心は?」

「指先一つで殺せる有象無象共を、なるべく殺さんでやっている」

「いいね、立派な保護活動だ」

 言葉を交わしながら、二人はじりじりと距離を詰めていく。

 近づけば近づくほどに、燃える殺意に炙られて肌が熱い。


「死導ッ!」

 互いの間合いが重なった瞬間、ソクシラテスが正拳突きを放つ。

 一撃で十分だった。

 その拳でモヒカン教師の上半身が吹き飛び、脳を失った下半身が何も出来ずに尻餅をつく。

 残心。

 ソクシラテスは油断なく構える。

 あまりにも弱すぎる。殺戮刑事が拳の一発で死のうというはずがない。


「人は槍」

 瞬間、下半身だけになったモヒカン教師が立ち上がった。

 糸に操られるようにしてソクシラテスに前蹴りを放つ。

 再度の正拳突きでモヒカン教師を完全に消滅させるソクシラテス。


「人は兵器」

 だが、その耳は怒涛のように押し寄せる足音をはっきりと捉えていた。 

 廊下を教師たちが走っている。

 尋常の勢いではない。

 一人一人が体力どころか命さえ削り切っても構わないような全力疾走である。


「人は人」

 ソクシラテスの先程よりも力を入れて、正拳突きを放つ。

 教師の群れがその拳圧で消滅し、それでも勢いが止まらぬ拳圧は床や壁に徹底的な破壊をもたらしながら、地下666メートルの未開発の地面を多摩市まで掘り進み、ようやく止まった。

 ほぼ完全な消滅だった、一部の死体が残す指の僅か先や、肉片。

 そして血の臭いだけが、人間が存在した名残である。

 ソクシラテスが再度残心する。

 刹那、ソクシラテスの背後で血と肉片がアメーバのように繋がり、一本の刀を構成し、ソクシラテスの心臓を狙い、生物のように飛び跳ねた。


「チッ」

 回避するまでもなかった。

 ソクシラテスの分厚い筋肉に阻まれて、僅かに掻き傷だけを残して刀は地に落ちる。


 地に落ちた刀にそれを握る手首が生じた。手首から右腕、胴体、左腕、両足、首、最後に頭部。

 パラドックスであった。

 人がいるから刀を握るのではない。

 刀が握られているから、人が生じている。


 よく鍛え上げられた――しかし無駄な肉のない刀のような鋭い身体の男だった。

 肉体と同時に生成された高級なスーツをラフに着こなしている。

 男が足元が僅かにこびりついた血を手で拭って、指先についた血でオールバックを作る。


 恐るべき殺戮刑事の一人。

 最高位のネクロユーザー、武田皆殺信玄である。 


「教師級ゾンビリバーでも無傷、不意打ちで刺しても掠り傷、自信無くなりそうだな」

「脆い肉だ、教育が悪かったな」

「アンタが育てた教師だろうが」

 皆殺信玄はやれやれと頬をかき、刀を構える。


「出し惜しみは出来ん、ストックは全部使う」

「ほう?」

「俺が今使える十万の死体と二十七万の悪霊、全部ぶつける。もうアレだな、借金が膨らみすぎて持ってる金、全部競馬にぶっこまないとどうにもならない……そんな気分だよ」

「教育に悪い奴だな」

「アンタが一番、教育に悪いよ」

 そう苦笑し、皆殺信玄が刀を横薙ぎに振るう。

 七十センチメートルの刀身が、振るわれながら八十、百、五百、そして千と伸長していく。壁に阻まれることはない。刀の触れる全てを切り裂いていく。

 その危険性を察知したのか、ソクシラテスがしゃがんでその刃を回避する。

 一度振るい終われば、その長さは半分――五百メートルにまで短くなっていた。

 無限に使えるものではない、そういう類の刀である。


「刀と呼ぶのもおこがましいな」

「屍肉を食らってすくすく成長した上に、ありったけの怨嗟がぶちこまれて……もう、アレだ。斬られたらとかじゃなくて触れたら死ぬから気をつけろよ」

「だが、振るう貴様は……隙だらけだッ!」

 皆殺信玄の刀はあまりの長さのために、小回りがきかない。

 その隙を狙って、皆殺信玄を殴るなどあまりにも容易いことである。


「よっ」

 触れただけで死ぬ妖刀兵器の極みである。

 二十万の怨霊を用いた二度と用意できぬような最終兵器である。

 それを振るう途中で手から零した。

 否が応でもソクシラテスの視線が刀に向く。

 そのほんの僅かな、一秒すら遥か遠くに思える隙のために皆殺信玄は刀を作り、そして捨てた。


 空中で何かが煌めいた。

 皆殺信玄が投擲したナイフだった。

 七万人分の怨嗟――死の概念そのものとは言わないが、それなりには強い。

 少なくとも心臓を穿てる程度には。


「……クッ」

 苦痛に顔を歪めるソクシラテス。

 心臓が完全に破壊され、しかし――まだ動く。

 ソクシラテスが皆殺信玄に迫り、皆殺信玄は地面に落ちる寸前の刀を拾い上げ、下から上にソクシラテスの肉体を断った。


「……儂は死ぬ、だが……儂の意志を継ぐものは生きている……儂の教育は生きるのだ……我が死の怨を忘れるなよォォォォォォォォ!!!!!!」

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学の恐るべき学長ソクシラテスはその肉体を左と右に分かちた後、爆発を起こし、死んだ。

 爆風に乗ってソクシラテスの肉片が舞い散る。

 それはまるで桜の花びらであるように、皆殺信玄には思えた。


 ◆


「……やってくれたな、殺死杉くん」

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学、その校門に一人の男が現れた。

 髪を七三分けにして、スーツを着た痩せた男だ。

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学、副学長プラトンヨクである。

 プラトンヨクは常人ならば死ぬ電磁バリアの中にその身を滑らせ、拷問めいた電撃を浴びながらバリアの内部に侵入していく。


 電磁バリアの中は血と死臭で充満している。

 生きている人間はただ一人、殺死杉謙信のみ。

 大量殺戮の後で疲弊しきっており、教師から受けた傷も軽くはないが、その目は殺意に爛々と輝いている。


「プラトンヨクさんですか」

 プラトンヨクのダメージもまた大きい。

 その身にミサイルの爆発を受け、その状態で全力で走ったのだ。

 肉体は傷つき、やはり疲弊しきっている。

 しかし、その瞳は殺意に燃えている。


「プラトンヨクさんでしたかァ……?元気そうですねェ……?」

「生涯学習だよ……死の直前まで、私は学び続けるそれが我が校の教育理念でね」

「……ははあ」

 殺死杉が会話の途中で銃を抜き、その頭部を撃った。

 スイカ割りのようにその中身が地面にぶち撒けられ、プラトンヨクの頭部が失われる。

 しかし、倒れない。

 プラトンヨクは頭を失った状態のまま、殺死杉にタックルを仕掛けマウントを取り、殴り続ける。


「ギャッ!ギャッ!ギャッ!ギャッ!ギャァ!」

 プラトンヨクの肉体は死んだ。

 だが、彼の生涯学習は生涯学習を超えていた。

 その身に刻まれた学習は死後も彼の肉体を動かし――死後も尚学習を続ける、究極の生涯学習、死後学習存在となったのである。


 死んだプラトンヨクに疲弊はなく、痛みもない。

 もはや、身体に負ったダメージは問題ではなかった。

 肉体は常にフルスペックを発揮し、目の前の相手に教育を叩き込み続ける悍ましき存在であった。


 マウント返しが出来ない。

 殺死杉は傷つきすぎていた。

 雨のように降り注ぐプラトンヨクの拳は重く、そして避けられない。


「ギェ~ッ!!」

 プラトンヨクが殺死杉の首を締める。

 万力の圧力が首にかかり、殺死杉から意識が消えていく。

 視界すら靄がかかり、何も見えなくなっていく中で――殺死杉の頭にある言葉が過ぎる。


――キルスコアは足で稼げ


 殺戮刑事としての最初の学習であった。

 殺死杉は首を絞められながら、その長い脚を器用に曲げて変形回し蹴りをプラトンヨクの左腹部に放つ。

 殺死杉の蹴りを受けて、プラトンヨクが吹き飛ぶ。

 立ち上がり、呼吸を整え、殺死杉は銃を構えた。


「どうやら出てしまったようですねェ……教育格差が」

 手、足、そして胴体。

 物理的に動けなくなるまで殺死杉は乱射し、そして殺戮した。


 ソクシラテス、プラトンヨク、その他教師たちは今日この日、この世から卒業した。

 だが、殺戮刑事は生き延びた。

 卒カルマの日は遠い。


 プラトンヨクの死体が爆発した。

 殺死杉の髪の毛を弄ぶ爆風は、春風によく似ていた。

 別れもあれば出会いもある。


 きっと次も良い犯罪者に出会えることだろう。


【終わり】

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不良産出量日本一を誇る邪悪な学校VS殺戮刑事 春海水亭 @teasugar3g

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