4.殺戮刑事の学校視察、及び死殺

 ◆


「殺戮刑事の学校視察ですよォーッ!!!!!もとい死殺ですかねェーッ!?」

「なにが殺戮刑事だッ!!教師自治を見せてやれェーッ!!!!」


 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学の敷地内に侵入した不審者こと殺死杉謙信を迎え撃つのは、約千人の教師である。

 一撃でゴミのように殺戮されたゲス太郎級が千人ならば、大した問題はない。作業のように完勝出来る――が、多少なりとも殺死杉を相手に戦闘を成立させたバッテリーロコ・チャン級が千人、いや百人もいれば相当に厄介である。流石の殺死杉と云えど死を覚悟せねばならない。

 さらに云えば、ゲス太郎級教師でも、武装スクールバスに搭乗すれば恐るべき戦闘力を殺死杉相手に発揮することが出来る。アクセルを踏むことならば子供にも出来るからだ。

 加えて怒りに燃える副学長プラトンヨクも殺死杉を殺戮せんと通学路を爆走している。

 副学長――学校の支配者階級である。

 バッテリーロコを従える立場である以上、それを上回る戦闘力を有していることは間違いない。そしてミサイルの爆発に耐え、殺死杉に復讐を誓った恐るべき生命力。

 時間をかければ数百の教師と一人の副学長を相手にすることになる。


 それに対し殺死杉の作戦はこうである。


「ギャァァァァッ!!!!!!」

「やめてくれェーッ!!!!!」

「キャーーーーーーーーッ!!!!」

 武装スクールバスでひたすらに轢いて回る。ただ、それだけである。

 無いも同然の作戦は、武装スクールバスの有する圧倒的な攻撃性能で補われる。


「ウォーッ!!!目には目を!歯には歯を!武装スクールバスには武装スクールバスだ!!!」

 教師が一斉に群れを成して武装スクールバスのある駐車場へ駆ける。

 一斉に向かえば、例え殺死杉に轢殺されようとも誰か一人は武装スクールバスに乗って殺死杉に対抗できる――そのような判断である。

 一人はみんなのために、みんなは一人のために。そういうことである。


「ウォーッ!!!見せてやるよッ!生徒の安全を度外視して、ただひたすらに教師の攻撃性能をぶち上げるために造られた鋼鉄の怪物の力をッ!!!」

 数多の教師が自身が鍵を有する武装スクールバスに到達する直前で殺死杉に轢かれ、撃たれ、あるいはナイフを投げられて死んだ。

 そんな中でようやく一人の教師が武装スクールバスという名の可能性に辿り着いた。


 勝利そのものに辿り着いたわけではない、あくまでも可能性である。

 尋常の相手ならまだしも、殺死杉――殺戮刑事という怪物に対しては、武装スクールバスに乗り込んでようやく死中に活あり。

 雄牛勲おうしくんはその程度のまだ弱い新任教師であった。


 いっそのこと逃げてしまいたいとすら思う。

 武装スクールバスに乗れば、バリアを抜けてこの学校を離れられる。

 まさか、殺戮刑事も数多の敵がいる今、自分を追うことはしないだろう。

 それでも殺された仲間と今、殺されんとしている仲間――そして、親友であるゲス太郎のことを思えば、例え殺戮刑事であろうとも立ち向かおうという勇気が湧く。


 雄牛勲はハンドルを握り、殺死杉と刺し違える覚悟でアクセルを思いっきり踏んだ。しかし、車は動かなかった。


「ん?」

 雄牛勲はアクセルから足を離し、もう一度思いっきり踏み込んだ。

 やはり、動かない。

 おかしい。

 今日の入学志願者を拉致してきた時には確かに動いていた。

 それが、たった数時間で故障するというのは明らかにおかしい。

 整備だって奉仕活動と称して学生を奴隷のように働かせてきっちりと行わせている。

 当然、最終チェックは自分の目で行い、問題があれば生徒を見せしめで殺すようにしている。

 そんな大切に扱っている武装スクールバスが急に動かなくなるなどということがありうるだろうか。否である。

 ならば、その理由はなんだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。


『私にお手伝い出来ることがあったら、仰って下さい』

 突如、雄牛勲のスマートフォンのアシスタントAIが起動した。

 何の弾みだったのだろう。

 いずれにせよ、手伝ってもらえることはない。

 いや、武装スクールバスを動かすのを手伝ってもらいたいが――スマートフォン程度のアシスタントAIに頼んでどうにかなることでもない。


 そう思って自嘲の笑みを雄牛勲はこぼす。

 気がつくと雄牛勲から焦りが消えていた。

 予想外の出来事を受けて逆に落ち着いたらしい。


 そうだ、武装スクールバスが動かなくても――己には頭部に生えた二本の太く長い角があるではないか。

 確かに武装スクールバスに頼らなければ勝つ可能性はゼロに近い。

 それでも完全なゼロではない。戦いさえすれば――可能性はある。

 そうだ、学生を人質に取るというのもいいだろう。

 いくら殺戮刑事と云えど、少しは躊躇することもあるだろう。


 すっかりと普段の思考を取り戻した雄牛勲。

 そのきっかけとなったアシスタントAIに礼すら述べたいような気持ちになっていたが、それは後だ。

 今は殺戮刑事を殺すのが優先である。

 雄牛勲がスマートフォンの電源ボタンに手を伸ばしたその時である。


『わかりました』

 アシスタントAIがなにを誤解したのか、機械音声でその六文字を告げる。

 雄牛勲の背筋をなにか冷たいものが走り抜けた。

 普段通りの機械音声のはずである。

 それが、何故か普段よりも冷たく聞こえる。


『アナタの死をお手伝いします』

 次の瞬間、殺死杉の放った弾丸が雄牛勲を撃ち抜いた。



「現世からの卒業って言えばいいんですかねェーッ!?それとも来世への登校ですかァーッ!?」

 フロントガラスは轢殺した教師の血肉で染まり、赤と黒以外なにも確認できない有様である。令和のスタンダールと言っても過言ではないだろう。

 そのような状態でありながら、殺死杉は華麗なるハンドル捌きで障害物は避け、それでいて敵はきっちりと轢き殺しながら暴走している。


『殺戮まで右方向です』

 感情のない声で殺戮の方向にスマートフォンが誘う。

 殺死杉はそれに従ってハンドルを切り、轢き殺す。

 近年のAI技術の発達が殺死杉に殺戮案内までさせているかと云えば、そういうわけではない。

 ニコラ・デスラ――殺戮刑事随一の頭脳派による指示の元、殺死杉は動いている。

『武装スクールバス内に教師がいます』

「いいですねェーッ!!」

 車内にいて轢き殺せないとなれば、殺死杉はハンドルを握りながら拳銃で車内の教師を撃つ。ながら運転である。交通法に引っかかる可能性があるので読者の方は真似しないようにして頂きたい。

 如何なる幸運か、あるいは策謀か。

 殺死杉が乗るもの以外に動く武装スクールバスは無かった。

 ならば走り、轢き殺し、時には撃ち殺す。

 これだけで作業のように教師陣を全滅させることが出来る。

 しかし、いつまでもそうやって走り回っていられるほど学校生活は甘くはない。


「「「キェーッ!!」」」

 複数の教師がルーフに空いた穴から、武装スクールバス内に侵入して来た。

 皮肉なことである。

 殺死杉が運転手達を殺すために作った穴が、今度は殺死杉という運転手を殺すために用いられようとしているのだ。

 

 一斉に殺死杉に向かってくる教師たち。

 対処のためにハンドルから手を離せば、この機を逃すなとばかりにスピードを緩めた武装スクールバスに教師たちが群がってくる。


「さーて、全員殺しま……」

「待て、殺戮刑事。大人しく俺たちに嬲られてもらおうか」

 意気揚々とナイフを構えた殺死杉に教師の一人がニヤニヤと笑って言った。


「何でですかねェ?」

「人質だよ……」

「人質」

「今、俺らの仲間が学生のところに行ってる……お前が手を出せばそいつが学生をぶち殺しまくる、お前に殺されながらそういう作戦を思いついたんだよ」

「あぁ、そういうのが……出来ると思っているんですかねェ?」

 殺戮大好き殺戮刑事とはいえ、一応は公務員。

 多少の正義感は存在するはずである。

 それが殺死杉の態度は異常なまでに余裕に満ちている。

 何故だ。


「ところでアナタ、バリア……生身で抜けられますか?」

「はっ、俺どころかテメェでも死ぬだろうよ」

「そのバリアが今どこにあるかわかりますかねェ……?」

 殺死杉の言葉に教師は周囲を見回した。

 本来ならば死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学の敷地を半球状に覆っているはずである。

 それが何故か――大幅に規模を縮小し、教師ほぼ全てが集合している駐車場だけを覆っている。


「殺すだけじゃない……牧羊犬みたいに俺たちを追い詰めていたのか!?いや、そうだとしても……電磁バリア発生システムは厳重に管理されてる……生半可なハッカーじゃ爆死だぞ!?」

「じゃあ……生半可じゃないハッカーに電磁バリア発生システムをハックされたんでしょうねェーッ……!!」

 殺死杉は喜びを隠しきれない様子でナイフの刃を舐めた。


「けど、そんなことはどうでもいいでしょう?なにせ……脱出不可能殺し放題の殺人ビュッフェが誕生したんですからねェーッ!!!!!!ケヒャヒャヒャヒャヒャァーーーーーッ!!!!!!!」


 ◆


「あ、よいしょっと」

 大隊規模の教師は単純に殺すだけでも厄介だが、バラバラに分かれて周囲の学生を人質に取ろうものなら犠牲は避けられない。そこで殺死杉が趣味と実益を兼ねたお得な追い込み漁を行う必要があったのである。

 当然、漏れはある。それを今、バッドリが殺して回っているのだが。


「あっ、やってくれたなぁ……」

「……私は教師陣でも随一の頭脳派、殺戮刑事といえど民間人への犠牲は避けたいことなどお見通しだったよ」

 道場や人体実験室といった施設を有する死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学十三業館。その第四道場にて学部長アテルトコロスが眼鏡を光らせ言った。

 二十畳程度の広さがある道場だ。

 床は板張りであり、壁には『生涯学習』『義務教育』『体罰上等』などの教育理念がスプレーで直接書かれている。治安の悪い学校である。スプレーでの落書きも教師が率先して行う。


「うわぁ~~~!!!」「助けて~~~!!!」「は、吐き気がすごい……」「お、俺の進路が武器に成っちまったァ~!?」

 道場にいるのはバッドリとアテルトコロスだけではない。

 十数人もの学生がいた。

 それも網に囚われ、モーニングスターめいてアテルトコロスに振り回されている。

 人道的にも問題であるが、その重量も一トン弱はある恐ろしい武器であった。


「人質を取るというのはあくまでも己が身の安全を確保するための守りの犯罪……だけど、こうやって人質を武器にすることで攻防一体の犯罪になるということか……」

「犯罪?これは教育的指導だよ、もちろんキミに対しても行うけどね」

 頭上で人間質量兵器を軽々と振り回しながら、アテルトコロスは笑う。


「しかし、不思議だね……我が校の敷地面積を考えればキミのようにぶらぶら歩いて教師を殺して回るのは確率的に不可能のように思われるんだけれども……もしや、我々の場所がわかっていたのかな……?」

「先生、正解。ウチの凄い人がこの学校の機械は全部制圧してるからね」

「成程、道理で我が高のトラップに引っかかって死んだ教師を見るわけだ」

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学のセキュリティは万全である。当然、いたるところにトラップが仕掛けられている。生体認証によって教師に対してトラップは発動しないようになっているが、成程。殺戮刑事によって無力化どころか教師に向けられた罠と化したらしい。


「もっともこの道場に機械の類は一切ないよ」

「みたいだねぇ」

「ちゃんと人質を受け止めてあげないと……わかっているよね」

 人造モーニングスターの人間鉄球は床や壁に叩きつけられようものなら容赦なく破壊されることだろう。

 網の中身を守りたいのならば、バッドリの華奢な体で優しく受け止める他無い。

 もっとも、それができればの話であるが。


「困ったなぁ」

「私は頭脳派だからね、ただの殺戮はしないよ。殺戮術と知性を組み合わせて最大効率の戦い方をするんだ。ほら、隙だらけだよ……攻撃はしないでいいのかな?」

 アテルトコロスの頭上で回る人造モーニングスターは遠心力で勢いづいている。

 今ここでアテルトコロスを殺せば、アテルトコロスの手からスっぽ抜けた網は、やはり壁に叩きつけられて破壊されることだろう。


「……さて、私が導き出した計算式でキミの未来を教えてあげよう……」

 猫撫で声で、アテルトコロスが言った。

 その声に隠しようのないサディズムが漏れ出ている。


「いくよ、1✕1=1いんいちがいち

1✕2=2いんにがに

1✕3=4陰惨な死ィィィィィッ!!!!!!」

 人間鉄球がバッドリに向けて放たれた。


 ◆


 そうだ。

 アレだ。

 全国IQ大会、アレが良くなかった。

 日本中から集まってくる天才たち、私もその中の一人だった。

 あの時の私は自分が日本で一番賢いと思っていたからな。

 うん、アレで心折られちゃったもんな。


「IQ120……IQ235……IQ321……すごいどんどん上がっていく!!」

 IQ大会の職員も驚いていたな。

 私がテスト用紙に書く度にIQが跳ね上がっていくんだもんな。


「ア、IQ459……」

 職員が腰を抜かして驚いて、周りの天才もガタガタ震えてたっけ。

 IQ459、新記録だもんな。

 うん、アレは良かった。アレだけは。


「ウワァァァァァァァッ!!!!!」

 そんな視線を浴びて気持ちよくなってたら、急に隣の試験室から悲鳴が聞こえてさぁ。

 何が起こったんだろう――って、まぁ気になるから行ってみたんだ。

 私のテストは終わってたし。


「……あ」

 馬鹿みたいな、じゃないね。

 馬鹿そのものの声を上げて、私は入り口で突っ立っていたよ。

 IQ459……その数値の嬉しさが吹き飛んだ、いやむしろ恥になったね。


 隣の部屋の真ん中でテスト受けてる奴、そいつの机が燃えてたんだ。

 出火元は――テスト用紙。


「ニコラ・デスラ……あ、IQ……測定不能……うわああああああああ!?」

 連鎖的にそいつの周りの奴らのテスト用紙が爆発していった。

 うん、そうだよ。

 あまりにもIQが高すぎて、テスト用紙の方が耐えられなくて爆発してしまったんだ。


 もう、私は自分のテスト用紙をビリビリに破いて、暴力を始めたよ。

 絶対に勝てない――そういう敗北感を植え付けられてしまったからね。

 どれだけ自分の下がいたって、そんなのは意味のないことだからね。

 アイツに暴力で勝って、なにが知性だって言ってやるしか私の敗北感を拭う方法はないんだよ。


 うん。

 そういうアレだ。

 圧倒的な実力差――あの時の屈辱感を思い出したよ。


 殺戮刑事っていうのは――そんなに強いのかい?

 なんで一トン弱を受け止めて平然としているんだい?

 なんで、そんなにニコニコと笑っているんだい?


 私にはわからないよ。

 馬鹿だからね。

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