3.卒業式準備
◆
「バッドリよぉ、ここがいくら杜撰だからってホイホイ殺すなよ」
「いや、すみません」
「あと喫煙所でクスリ吸うな」
「すみません」
「吸いませんをしろ」
改正健康増進法において学校内での敷地内禁煙が義務化されてから四年が経過した。だが、死立
その喫煙所の一つでバッドリ惨状とモヒカン教師が言葉を交わしている。
モヒカン教師の手には一箱三百円の安く甘ったるい紙タバコ、バッドリの手にはどう考えてもタバコ葉ではないものが巻かれた葉巻だ。
しかし、奇妙であった。
バッドリが和やかに言葉をかわすモヒカン教師は、バッドリが殺したばかりの男であったのだ。
しかし、殺されたことを意にも介さず、モヒカン教師は言葉を続ける。
「殺死杉は?」
「今、武装スクールバスをジャックしてこっちに向かってるみたいです」
「昭和の特撮みてぇだな」
「それ言ったら僕なんて江戸時代の刑罰ですよ」
「お前わざわざ入学のために引き摺られてたしな」
「ストレス解消のためにちょっとぐらい殺させて下さいよ」
「我慢しろ学生」
呵々と笑うモヒカン教師にバッドリは頬をふくらませる。
「どーせ、そろそろ自主退学ですから」
「で、デスラは?今回はデスラと殺死杉の役割がでけぇぞ」
瞬間、バッドリのスマートフォンが、ポケットの中でクイーンの『ドント・ストップ・ミー・ナウ』を奏でた。
「ごきげんだな」
「ま、ちょっとだけとは云え久しぶりのシャバですからね……でも、僕としては武田さんの役割が一番でかいと思うんですけど……」
「殺死杉のアホとデスラのタコは役者不足だが……武田さんのやる仕事はどんなデカくても役不足だ。凄すぎちまうからな」
モヒカン教師はこともなげに言うと、吸い殻を指で弾いた。
くるくると回りながら、タバコの死骸は綺麗にゴミ箱代わりのバケツに埋葬される。
「よーし、喫煙やめて殺戮準備だ落第生。そろそろアホが来るからな」
「はーい」
バッドリが素直に頷いて、血管に注射針を射し込んだ。
紅潮した頬、快楽に潤んだ瞳、口の端から垂れる涎。
「喫煙やめろは注射しろって意味じゃねぇ」
◆
時速三百キロメートル。
鼻歌を口ずさみながら、殺死杉は武装スクールバスを飛ばす。
ルーフに取り付けた回転灯とスピーカーが激しく点滅とサイレンで警告を飛ばす。
近づく車両はなかった。
まもなく、死立
殺死杉はハンドルを軽やかに捌きながら、通信に応じる。
「はい、殺死杉です」
「一応聞いておいてやるが……ふざけているのか?バッテリーロコ」
音質の悪い無線であったが、それでも発信者の感情ははっきりと伝わってきた。
「いえいえ、まさか……私はいつも本気ですけどねェーッ?」
無線通信を行いながら、殺死杉はバックミラーを確認する。
武装スクールバスがピッタリと殺死杉の後ろに着いて来ている。
「嘆かわしいことだな、殺死杉くん」
大きな溜息をついて、無線相手は刺々しい「くん」を付けで言った。
「我が校の教師の離職率は0パーセントだった……時折優秀な生徒にやられることはあったが、それだってその生徒が教師になることで1:1交換だ。実質的に離職はなかった」
「初めてですか、同僚がぶち殺された上に獲物まで解放されてしまったのは?」
「初めてだな……いや、全く……貴様は我が手で八つ裂きにしてやらねば気が済まないところ……だが」
「ですが?」
「君のように優秀な殺戮者こそを、我が校の教師陣に迎え入れたいと……私はそう思っているよ。今から百人の入学志願者を発見し、我が校の教育理念を受け入れてくれるならば……殺死杉くん、君を生かしてやってもいい」
感情を押し殺した機械的な声だった。
自身の怒りを度外視して、利を取ろうという判断である。
「1:1交換はいいんですか?私が殺したのは二人でしたが」
「君一人で二人分だ、いやそれでも割り切れない余りが出るだろう?」
乾いた笑い声、殺死杉のものだ。
それに続いて、無線相手もまた笑う。
「なかなかいい考えですが……殺戮刑事も公務員、副業は禁止なものでしてねェ」
「殺戮刑事……ハッ、我が校ならば君のような狼をくだらない鎖で縛ったりはしないがな」
「生憎、殺戮刑事は終身雇用でして……今回はご縁が無かったということにしておきましょうか」
「わかった、殺死杉……」
「謙信です」
「いいだろう、殺死杉謙信くん。君の選択は愚かだが……感謝する。私は君を殺したいと思っていたからな」
背後の武装スクールバスのルーフが大きく開き、ミサイルが競り上がった。
発射台は必要ない。ボタン一つで推進し、敵を追尾する。
株式会社『死』の最新鋭の絶滅兵器である。
「君の人生は落だ――なにっ!?」
無線が強制終了する。
バックミラーに映っていたのは大爆発だった。
殺死杉を武装スクールバスごと爆破していたはずのミサイルがあろうことか、突如としてその主をもろとも巻き込んで自爆したのである。
「……デスラさんですね?」
その声に応じるように殺死杉のスマートフォンがビートルズの『ヘルプ』を奏でた。
「私でも余裕で対処出来てたんですが……一応、お礼は言っておきましょうねェーッ」
所詮、ここでの殺戮は前菜。
メインはこれからである。
それよりも遅刻などして、大殺戮チャンスを逃さないようにしなければならない。
気づけば殺死杉のアクセルを踏む力が強まっている。
時速四百キロメートル――次なる大殺戮に殺死杉が胸を高鳴らせていると、無線に再び呼び出しが入る。
「殺死杉ですけどォ?」
「……やってくれたな」
先程と同じ声だった。
常人ならば言わずもがな、
それを平然と無線通信までやってのけるとは尋常の教育者ではない。
「おや、お元気でしたかァ?」
「生憎、車は壊れたが……さて、一教育者として一つ問題を出題させてもらおうか」
「どうぞォ?」
「タケルくんは時速三百キロメートルの車に乗って学校に向かいました。しばらくするとタカシくんも同じ速度の車で彼の三百メートル後方にピッタリと張り付いていましたが、途中でタケルくんに車を破壊されてしまいました……その後、タケルくんは時速四百キロメートルに加速し、タカシくんは二本の足で走ります。さて、車を破壊されたタカシくんは全力疾走でタケルくんを追いかけてぶち殺せるのでしょうか?」
その問いを聞いた瞬間、殺死杉は笑った。
心底愉快そうに、獲物を見つけた獣の笑みで。
「ケヒィ……タカシくんのお名前は……なんて言うんですかァーッ?」
「死立
「タケルくんはタカシくんより先に着いて学校で待ってますから、せいぜい急いで追いついて来て下さいよ……全滅させるまでに間に合うといいですねェ……人口密度が減った風通しの良い職場になってしまいますからねェーッ!?」
「せいぜい良い命乞いを考えておけ、先生からの宿題だ」
無線が再び切れる。
気づけば、死立
「さぁ、準備は良いですかデスラさん?」
スマートフォンがセックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』を奏でる。
鋼鉄の怪物がバリアを超えて、死立
「んじゃ、頑張ろっかぁ」
バッドリがそろりと呟く。
「やるか」
皆殺信玄が不敵に笑う。
「行きますよォーッ!!」
殺死杉が高らかに叫ぶ。
開幕のチャイムのように、轢かれた教師が悲鳴を上げた。
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