2.死の風紀死導


 ◆


 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学は関東圏に存在する無認可学園都市である。

 敷地面積は六十三平方キロメートル。

 山手線内側の面積に匹敵するキャンバスの威容は地上にない。

 都営大江戸線『六本木』深さ約四十二メートル――その下の下。地下666メートル。

 丁度山手線が描いた輪郭をなぞって、その邪悪なる最強学府は存在している。

 当然、都心からのアクセスは容易だ。

 校訓は『生涯学習』と『義務教育』

 その校訓を忠実に履行するため、敷地を覆う半円状の超電磁バリアが生徒の脱出を妨げている。


 轟。

 嵐のような轟音。

 常人が触れれば即死不可能の超電磁バリアを特殊な装甲車が次々に通過していく。

 全国から攫った数多の入学志願者を引き摺って、武装スクールバス数台が入校を開始したのだ。

 武装スクールバス一台につき、入学志願者ノルマは百人。

 武装スクールバスは千台運用されているので、一日の入学者数は約十万人である。

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学は今日で創設四十九日であるので、生徒数は約四百九十万人ということになる。


 ここで読者の皆様は不安になるはずだ。

 敷地面積六十三平方キロメートルに対し、生徒数が四百九十万人。

 人口密度は一平方キロメートルに約七万七千七百七十七人である。

 東京都の人口密度は約一万六千人、人口密度がもっとも高い都市であるバングラデシュのダッカですら約三万七千人であることを考えれば、この学園の人口密度は世界最密都市の二倍以上ということになる。

 そして、生徒の外出は禁止されている――つまり、大学敷地内で生活しなければならないということである。

 さらに生徒数は日々増えていくばかりである。

 これでは物理的限界も時間の問題ではないか。

 しかしご安心頂きたい、結構死んでいる。

 さらに、死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学は近々地上に打って出て一つの県を丸々第二キャンパスとして利用する予定である。


「歓迎するぜ新入生の皆さんよォーッ!!!さァ、講堂で入学式だぜェーッ!!」

 駐車場で網から解放された入学志願者たちを先導するのは先程まで武装スクールバスの運転手だった教師達である。解放されたばかりの入学志願者たちは疲弊しきってはいるが、手錠や縄などで拘束されているわけではない。身体は動き、数の優位もある。武装スクールバス一台につき、百対一、もしくは二だ。一斉に立ち向かえば勝機はあるだろう。


「待ちな」

 入学志願者の一人がすっと立ち上がり、先程まで自身を引き摺っていた教師と対峙する。


「俺の名は人都下ひととか殺死太郎ころしたろう、ちったぁ名の知れた殺人鬼だ」

「知らんな」

「じゃあ知ってもらおうか」

 殺死太郎、痩せた男である。

 身長は百八十センチメートル程度、殺人拳法の心得があると見えて身体の力を抜いて構えている。

 対して教師は身長二百五十センチメートル。

 顔には深い皺が刻まれており、頭髪はない。眉は白く、髭はない。

 年老いていることは間違いないだろうが、背筋は伸びており、眼光は鋭い。

 筋骨隆々であり、鍛え上げた手足は丸太のように太い。

 百八十センチメートルと上背のある殺死太郎が子供のように見える。


 熱い。

 肌がチリチリと焼けている。

 眼の前の老教師の殺気に炙られているのだ。  

 殺死太郎はニヤリと笑った。


「ひょっ!」

 短く鋭い息を殺死太郎は吐いた。

 それと同時に煌めくものがあった。

 仕込針だ。

 殺死太郎が老教師の顔面に向けて吐き出したものである。

 それと同時に殺死太郎がバックステップで距離を取る。


「フンッ!!」

 避けるまでもない一撃であった。

 時速六十キロメートル相当で放たれた仕込針は、鍛え上げた肉体には通らない。

 瞬間、殺死太郎が老教師に右拳を向ける。


「キェーッ!!殺人拳法奥義!!ミサイルフィスト!!」

 殺人拳法の理念、それは鍛え上げた暴力で人を好き放題殺しまくることである。

 しかし、日々の修行の中で殺死太郎は思った。

 修行で得た力も改造で得た力も、人を好き放題殺せるという点で大差ないのではないか。

 殺死太郎はその日、人体の九割を改造すると、圧倒的な科学力で師を殺害した。

 免許皆伝である。


 殺死太郎が己の死を殺害した技こそがこれである。

 切り離された右拳が亜音速で敵に射出される決死の一撃。

 鉄の拳である。速度だけでなく質量も凄まじい。

 自分でも惚れ惚れするような完璧な一撃であった。


「破ッ!」

 その一撃が老教師の正拳突きによって破壊された。

 殺死太郎に驚愕の余裕はない。

 次の瞬間、老教師はさらに前進。殺死太郎の頭部は老教師の拳が届く範囲にあった。


「教死ッ!」

 老教師の拳が殺死太郎の鋼鉄の身体を打った。

 だが、殺死太郎は動かない。その金属製の両足で立ったままである。

 ミサイルフィストの破壊はまぐれか。

 老教師の拳は鉄を破壊するには至らなかったか、否。


 老教師の残心。


 視線の先には綺麗な穴があった。

 まるで機械でくり抜いたかのように綺麗な円が、殺死太郎の心臓部に生じている。

 老教師の拳だ。

 疾く、正確な、美しい一撃が殺死太郎の心臓部を打ち抜いていた。

 一切、殺死太郎の体勢を崩すことなく、ただ心臓部だけを。


 その光景を見た入学志願者たちが静まり返る。

 何人でかかろうとも倒すことの出来ない圧倒的な暴力、それを教え込まれたのだ。

 たった一人の教材によって。


「学長のソクシラテスだ、姓はない」

 老教師――ソクシラテスの言葉は低く、落ち着いていた。

 それでいて、声だけで心を握り潰さんとする圧がある。

 

「入学式での挨拶は必要なくなったな」

 ソクシラテスはそれだけを言うと、悠々と去っていった。

 その背が視界から消えるまで、入学志願者も教師もただひたすらに息を殺し続けた。

 一つでも息を吸えば、一つでも息を吐けば、身を動かせば、いや心臓の動きでも殺されるやもしれぬ。

 そういう圧のある男だった。


「これが……死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学、日本の最強学府だというのか……」

 絶望の声がした。

 もはや教師に逆らおうという意志は誰にもない。いい生徒になるだろう。


 ◆


「おい、新入生……いい財布持ってんなァ!?中身まで良いじゃねぇか!?」

「や、やめてください……」

 人通りの少ない体育館裏。

 筋骨隆々のモヒカン教師が小柄な生徒から財布を奪って、その中身を改めていた。

 一万円札が三枚に、クレジットカードが五枚。キャッシュカードも入っている。

 中途半端に万札だけを抜き取るような生殺しをするつもりは教師にない、限界まで行くと決めている。

 荒れ果てた学校で生徒がカツアゲをする時代は終わり。

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学では、教師が生徒にカツアゲする。


「靴もいい奴履いてるなぁ!?」

「やっ、やめてください……靴はこれしか持ってないんです」

 生徒の服装は青いブレザーが制服として義務付けられており、学校側から用意されているが、靴は自由である。自由であるため学校に靴の用意はない。

 そのため、攫われてきた時に履いていた靴を履き続けることが多い。


「じゃあ裸足だなぁ、足裏が丈夫になれるなぁ」

「ヒェ……ッ……」

「大体、えぇ?ウチの購買じゃ日本銀行券もクレジットカードも使えないんだよ、それを後生大事に財布抱えやがって……お前のような奴がいては風紀が乱れる……体罰しとくか?」

 教師の髪型は鶏のトサカめいた綺麗な赤いモヒカンで、上半身は裸である。

 だが、それを指摘する勇気は生徒にはなかった。

 今まさに教師が殴ろうとしたその時、甘い匂いがした。


「……んん?」

 美しい少年がいた。

 身長は然程高くはなく、中性的だ。

 長い睫毛が夢色に潤む瞳にかかっている。

 男子用ブレザーを着用しているから男であると判断できたが、それにしたって今この瞬間にスカートを穿けば、性別をそれであると断言する自身は消え失せる。

 そんな美しい存在が、甘い煙を吐きながら葉巻を片手に二人のもとに近寄ってきた。


「あ、しまったなぁ……ここならバレないと思ったのに……」

 困った顔をして、美しい少年が言った。

「き、き、貴様ぁーっ!!!喫煙……いや、クスリだと!?風紀乱れすぎだろ!?」

「いや、このクスリは、一応法規制は来月からで、その……法的にはまだ合法なんですけど……」

「麻薬及び向精神薬取締法が許そうが、この俺様が許さんわっ!」

「そんなぁ……あっ、一本どうですか、先生?」

「……教師にクスリを勧めるなよ貴様!!もういい!!薬物の害を身をもって学べ!!クスリキメると教師に殴られて死の危険があるってなぁ!?」

 モヒカン教師の太い腕が少年の襟を掴んだ、そして、もう片方の腕は天高く振り上げられる。拳に勢いをつけるためだ。重力の力すら借りて少年の顔面を思い切り殴りつけてやるのだ。


「教育的死導ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」

「や、やめてくださいよぉ」

 教師の拳が空を切った。

 思わず、教師は目を見開く。

 確かにこの手には生意気な生徒の襟を握っていたはずだ。

 いや、今この瞬間も襟を――だが、教師の手に少年のブレザーが握られていたが、中身はなかった。

 シャツ一枚になった少年が僅か距離を空けて、教師の前方に立っている。


「……ただの不良生徒じゃないみたいだなぁ?」

「ここでは不良生徒を養成しているって聞きましたけど……」

「世間的に不良でも俺等にちゃんと従えばウチじゃ優等生なんだよ」

 教師がニヤリと笑った。

「ははぁ」

「名前聞いとこうか」

「……僕に関わるの、やめといたほうがいいですよ」

「なんでだよ、俺は大好きだ問題児。問題児を指導してやることの次に」

「死にますから」

「死?」

「一応潜入捜査中なんで、知られたら殺さないといけなくて……あっ!」

 少年が可憐に自分の頭を小突いた。


「しまったなぁ……潜入捜査中って言っちゃいました、すいません……なるべく静かに情報を探りたかったんですけど、殺さないといけないですね」

「嘘つけ問題児、嬉しそうな顔しやがって……」

 美しい少年が、美しい顔で笑っていた。

 その笑みに教師の身体を冷たいものが伝う。


「殺戮刑事のバッドリ惨状です」

「じゃあ進路指導と行こうか殺戮刑事!!公務員は確かに安定した職種だがもっと安定した進路を紹介してやる……死だぁーっ!!!!!」

 二秒後、教師を殺害したバッドリがスタスタとカツアゲされていた生徒に歩み寄る。


「わぁ……ァ……」

「一本吸います?」

 差し出された葉巻に生徒は全力で首を振る。

「やばいクスリじゃないですかぁ!」

「法的にはまだ大丈夫なんだけどなぁ……」

 死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学という異常な環境、教師によるカツアゲ、そして殺戮刑事。絶え間なく遅い来るストレスに生徒の心は壊れる寸前だった。しかし、バッドリが傍にいると心が楽になってくる。


「あ……不安感が消えていく……」

「殺戮刑事随一の癒し系って言われてるんですよ」

 バッドリ惨状の吸う法的に問題がないだけのやばいクスリの副流煙による作用である。


「とりあえず救出作戦は着々と進行中なので、今さっきのことは忘れて……しばらく大人しくしていてほしいんですけど……大丈夫ですか?」

「ハイ、ダイジョウブデス」

「やばっ、大丈夫じゃないかも~」

 そんなバッドリの焦りも喫薬の内に煙と一緒に吐き出されていった。

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