不良産出量日本一を誇る邪悪な学校VS殺戮刑事

春海水亭

1.武装スクールバス通学

 ◆


「オラァーッ!学生ガキ共ッ!!通学の時間だぜェーッ!!」

 武装スクールバスが時速二百四十キロメートルで網を引き摺りながら走る。

 高速道路というわけではない、市内の一般道路だ。

 時速五十キロメートルの法定速度を百九十キロ分オーバーしている。

 交通法無視もいいところであるが、二百キロオーバーに達さないよう、運転手には十キロメートル分の遠慮が、公権力に対してあったのかもしれない。


「やめてくれーッ!」「ギャーッ!」「死ぬーッ!」「摩擦熱!」「ケツが焼けるッ!」「痛すぎてイタチになる!」「車止めろやクソボケがァーッ!!!」

 武装スクールバスが引き摺る網には、当然中身もあった。

 地引網で漁獲された魚の如くに、網にはみっしりと人間が詰まっている。

 男女の性別に区別はなく、炎属性から闇属性、期間限定のスペシャルガチャでのみ排出される虚無属性まで幅広い人間を揃えている。もっとも、超高速で引き摺られる網の中身をよく見れば気づくはずだ。未成年の人間が網の中に存在しない。


「今日の入学者は大量でゲスなぁ」

 武装スクールバスの運転席の背後から、ゲス太郎が運転手に向かって声をかける。

「生涯学習の時代だからなぁ」

 運転手がこともなげに言う。

 落ち着いた声だった。

 網で引き摺る生徒たちに対するものとはまるで違う。

 その顔の左半分に『最強学府』のタトゥーが刻まれており、油断ならぬ教育性能を窺わせる。


 乗員数三十人の武装スクールバスの内部に人間は二人しか乗っていない。

 広々とした空間は職員のためのものであり、生徒のためのものではない。


「にしても、いい加減欲しいでゲスなぁ……文科省の設置認可」

「まぁ、そのうち下りるさ。この調子で生徒を集めれば日本国民の全員がウチに入学する時代も来る」

「ゲヒヒ、楽しみでゲスなぁ」

「いや、全くだ」

 朗らかな笑い声が車内に響き渡る。

 車外ではブライダルカーの空き缶の如くに引き摺られた網の中身が怨嗟の声を上げているが、中の二人には全く関係のないことだった。


「しかしでゲスなぁ、オイラ不安なことがあるんでゲスよ」

「不安なこと?」

「殺戮刑事でゲスよ」

 わずかに声を潜めて、ゲス太郎が言った。

 その言葉そのものが忌まわしき呪いとなって自らに降り注ぐ――そう言わんばかりの態度だった。


「あの俺たちの税金で養われている異常殺戮集団か」

「ゲスス……オイラ達は多少の学費徴収や体罰、同意を伴わない入学や詰め込み教育は行うでゲスが、それだって教育の熱心さの現れ。生徒たちにもわかってもらっているつもりでゲス。なのに、モンスターペアレントやモンスター配偶者、モンスター子供やモンスター国家権力などの生徒関係者はオイラ達に難癖つけてくるでゲスから……正直アイツらまで来るんじゃないかって怖いでゲスよ」

「……確かに不安に思う気持ちはわかるぜ、ゲス太郎」

 アクセルを踏んだまま、運転手はゲス太郎の方に振り向く。

 運転手はゲス太郎の先輩である。先生――先に生きる者として後輩を導く義務がある。

 ステアリングを失った武装スクールバスが六階建てのヤクザビルに突っ込む。ただ加速し続ける鋼鉄の猛獣は止まらない。ヤクザを轢き潰しながら壁を破壊して巨大なトンネルをぶち開ける。赤黒く染まったフロントガラスは運転手に何の情報も与えないが、どうでもいいことだ。アクセルさえ踏めば車は前に進む。


「確かに俺たちは多少の刑法を犯している。ヤった刑法でビンゴゲームをしたら豪華景品は総取り出来ることは間違いない。けどな、俺たちは正しいことをしているんだ」

 その背後のフロントガラスと違って、運転手の瞳はどこまでも澄んでいた。

 声は穏やかでゲス太郎の鼓膜を優しく撫ぜてやるようである。


「俺たちの教育にかける情熱はきっと文部科学省ならびに警察庁にもわかってもらえるさ!!そのためにウチでお偉いさんの子供を預かってんだから!!」

「……バッテリーロコさん!!」

「明日はもっといい日になるぜッ!ゲス太郎ッ!」

「ゲヘッ!」

 照れた顔を隠すように再びバッテリーロコがハンドルに向かう。

 フロントガラスは死と憎しみがべっとりとこびりついて何も見えない。

 勘でハンドルを切ると、五百人もの命をひったくってきたSランク強盗が吹き飛ぶ。


「何も見えねぇな、ゲス太郎。ちょっとスマホのナビ起動してくれや」

「ゲス」

 ゲス太郎はスマートフォンを起動し、マップアプリを開いた。

 GPSはこのような状態の武装スクールバスでも見捨てない。

 現在地はすぐにわかった。そして目的地の学校も。 

 ゲス太郎は学校をタップして、目的地に設定した――はずだった。


『目的地を死に設定しました』

 感情のない声でスマートフォンが告げる。

 温度のない声。

 熱くもなく、冷たくもない。

 そのどこまでも機械的な声が、二人の心胆を寒からしめた。


「ゲス太郎ォォォォォッ!!!!!スマホを捨てろォォォォォッ!!!」

「ゲヘ~~~~ッ!!!!」

 判断が一秒遅ければ、ゲス太郎の手首はなかっただろう。

 後部座席に勢いよく放り投げたスマートフォンが小爆発を起こす。

 一般的にスマートフォンに火薬は含まれていないが、小さい頃に劣等生だった人間が大人になって大成した例は幾らでもある。かの豊臣秀吉も農民から天下人にまで成り上がったのだ。どんな存在にも可能性はある。その可能性を考えればスマートフォンが爆発してもおかしくはないだろう。


 二人の肌が粟立つ。

 心よりも先に身体が恐怖している。

 恐ろしいものが来る。


 突如として、武装スクールバスを後ろに引き摺る重量が消えた。

 本来存在しているはずの中身入りの網が無い。

 その分だけ車が滑らかに動く。


 どん。という音が天井から聞こえた。

 上に向けた二人の視線が刃を捉えた。

 ナイフの刃先が天井で煌めいている。

 そして電動ノコギリで木材を切るように、するりと刃が動いていく。

 四角形。

 人間一人がその囲んだ四角形の中に入れる程度の大きさに。


 公務員試練を乗り越えし者だ。

 三大欲求を超えた殺人欲求を持つ者だ。

 生半可な犯罪者ではその前に意思を保つことすら出来ない。


 殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得存在――殺戮刑事が来る。


 どん。

 四角形に切られた屋根が蹴落とされて床に落ちる。

 それと同時に、一人の男が降りてくる。


「とっとと走れッ!ゲス太郎ォ~ッ!!!!!!」

「ゲッ!ゲスス~!!」

 着地を待たず、ゲス太郎は駆けた。

 ゲス太郎の両手にはアジア圏最強の象、モンゴリアンデスエレファントをも一撃で感電死せしめる最強のスタンガンが握られている。その強さ故に尋常の充電手段ではフルチャージに一年かかるが、その護身性能は最強であり、攻略WIKIでもオススメされている。


「人生からの放校処分を喰らうでゲスよォ~~~~!!!!」

 スタンガンの先端から放たれた雷が刀身めいた形状を生成する。

 圧倒的な電力がスタンガンのリーチをも伸ばしていた。

 刺されば――ではない、触れるだけで感電死不可避の一撃は殺戮刑事ではなく、ゲス太郎自身に向かった。


「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」

 殺戮刑事に投げられたナイフがゲス太郎の手首に刺さっていた。

 それで終わりだった。

 その痛みにゲス太郎はスタンガンを取り落とし、雷刃の切っ先は己の足に触れた。

 都市一つを一日は賄えるであろう電力をその身に浴びてゲス太郎は炭になった。


「ケヒャヒャーッ!!どうやら彼は身をもって学んだようですねェーッ!!武器を落とすと危ないってねェーッ!!!」

 ゲス太郎を早速殺し、殺戮刑事が呵々と笑う。


「テメェーッ!!よくもゲス太郎をーッ!!」

 バッテリーロコの脳裏にゲス太郎との思い出が蘇る。

 拉致して入学させた生徒数を比べあった通学路。授業中の面白体罰選手権。生涯学習の限界に挑むために、二人で死者蘇生の暗黒魔術に挑戦したこともあった。一つ一つ思い出を呼び起こす度に身体に熱が宿り、恐怖が消えていく。

 眼の前の殺戮刑事に立ち向かう力が湧き上がる。


 運転席から立ち上がり、バッテリーロコが構える。

 完全にコントロールを失った武装スクールバスが大きく蛇行する。

 床に根が張っているかのように、二人はしっかりと立っている。


「……俺の名前はバッテリーロコ・チャンだ」

「はぁ」

「元気に自己紹介して貰えるかなァーッ!?出席簿にゲス太郎を殺したカスは死亡で一生欠席って書いときたいからよォーッ!!!」

殺死杉ころしすぎ謙信けんしんと申します、あっ、出席簿は結構ですよォーッ!!最終学歴は警察学校ですし、出勤の管理はデジタルですからねェーッ!!」


 空気が熱い。

 吸い込むだけで肺が灼けそうな程に。

 二人の発する殺気が車内に充満して、空気を変質させている。

 常人ならば一秒で死亡するような殺戮空間で、バッテリーロコと殺死杉は対峙していた。

 煌めく風が吹いた。

 いや、それは殺死杉が超速で投擲したナイフだった。

 その目に姿すら曖昧になるほどに超速で投げられたナイフは、バッテリーロコの皮膚に到達する――その直前、どろりと溶けて、何も残らなかった。

 まるで目に見えぬ膜がバッテリーロコを守っているかのようである。


「炎……いや、電熱ッ!雷を操るタイプの犯罪者ですかァーッ!!」

「百点満点の正解だぜッ!殺死杉くんよォーッ!!!通知表の所見欄にはテストは出来ても人生の選択は愚かだったって書いといてやるよォーッ!!!」

 バッテリーロコが殺死杉に手のひらを向ける。

 刹那、その手から青白い雷が発生し、殺死杉のもとに向かった。

「ケヒャァーッ!」

 ナイフ投擲。刃が雷を受けとめる。

 それによって発生する衝撃を回避するために殺死杉は後退する。


「……ヒャハハ、殺死杉くん。基本問題は完璧だなァーッ!?じゃあ、ここで先生から問題だぜェーッ!?この俺のエネルギーに限度はあるのでしょうか!?エネルギー切れを狙って俺を殺そうっていうなら、無理だぜェーッ!?俺の電力は一生もんだからなァーッ!!」

「ですが先生が嘘をついてるのかもしれませんねェーッ!?」

 扇のようにナイフを五本持ち、一斉に投擲。

 電磁融解。いずれの刃もバッテリーロコには届かない。


「試してみるかァーッ!?アーッ!?好奇心は生徒を一番伸ばすからなァーッ!もっとも好奇心は猫を殺すけどなァーッ!!!ヒャハハ!!」

「……いや、やめておきましょうか」

 殺死杉は肩をすくめて、首を振った。


「……もう終わってますからねェーッ!!!」

「ハァ……なっ」

 瞬間、バッテリーロコは気づいた。

 身体の異様な怠さに。


「ナイフに毒を塗ってまして……そのナイフを先生が溶かしたもんだから、気化した毒を吸っちゃったんでしょうねェーッ!!」

「……バッ、馬鹿な。そんな馬鹿な!!そんな元気いっぱいな毒が……」

 目を見開き、その視線で射殺さんばかりにバッテリーロコは殺死杉を見た。

 殺死杉もまた、バッテリーロコを見ている。

 心底、愉快そうに。


「だがテメェには追死ついしをくれてや……」

 バッテリーロコは最後の力を振り絞り、手を殺死杉に向けんとした。

 だが、それは叶わなかった。

 猛烈な倦怠感に襲われ――バッテリーロコの身体が爆発し、その身体を車内中にばらまく。

 凄まじい毒であった。


「……やれやれ」

 殺死杉は武装スクールバスのハンドルを握る。

 目的地は変わらない、ただし目的は変わる。

 スマートフォンが目的地の名前を告げる『死立死を思い友とせよメメント・モリトモDIE学』


「さぁ、人の命を弄ぶ先生方に命の授業の時間ですよォーッ!!!!」

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