12
「……あ、アンタ達は」
「ん? 俺か? 俺の名はレオナード。『メディスンファミリー』と言ったほうが分かりやすいか」
その名を聞いた瞬間、背中がゾワリと泡立った。頭の方は芯から冷え、なぜだか心拍だけは異常に跳ね上がっていく。
「あ、あぁ、メディスンファミリー……。そ、それで俺に――」
無駄だと分かっていても、一縷の望みを掛けて
「あぁ、そう言うのは無駄だ。それにお前の仲間は既に全員、セヴィリオにバラされてた。……まぁ、そのお陰でここに来ることが出来たんだがな」
喉が渇き、一気に血の気が引いていくのが自覚できた。手の先に血の気が通わなくなったのか、感覚が鈍い。
――セヴィリオに……ニック達が。
途端、息が苦しくなり、「ヒュー、ヒュー」と耳に聞こえるほど、過呼吸気味になっているのが分かる。そうなって目の焦点がブレ、テーブルに視線を落としたとき、ゴトリと硬質なものが置かれる音が聴こえた。
――テーブルの上に置かれたのは一丁のハンドガン。グリップは木製に替えられ、至る場所にカスタムが施された、本体に装飾文字が彫られたベレッタM1934。
「……これは?!」
「あぁ、セヴィリオの息子の形見だ。あの野郎、後生大事にこんなもん懐に仕舞いやがって、こんな豆鉄砲で、うちの兵隊がヤられる訳ないってんだ。……さて、これで主役級は全てその役を果たしてくれたんだが。後は余興みたいなものかな」
その言葉を聞いて、セヴィリオももう、この世には居ないことを理解した。……あぁ、そうか。やはりコイツラは絶対見逃しちゃくれないんだな。こんな端役の俺にすらきちんと追い込みをかけるなんて……。でもこれでいい、シェリーと子供さえ生き残るなら、これで――。
「そうか。……ならもう良い、俺をバラせば全て終わるんだよな。さっさと殺してくれ」
「おいおい、俺の話を聞いていたか? 『今は余興みたいなもの』だって」
「……余興?」
「あぁそうさ! 何しろトッテリア・ファミリーは既に壊滅状態、ボスの仇だったセヴィリオは俺が直接撃ち殺した。今回の騒動をややこしくしたニックの野郎は既にセヴィリオがバラしてくれたしな。俺達メディスンファミリーのメンツはこれで保たれ、全部丸く収まったのさ。ただアンタ、ジャック・ファーガスって言うイレギュラーを除いてな」
「じゃあ……」
「おっと、それは無理な相談だ。何しろアンタは事の内情をすべて知っている。そして面倒なことも一つある」
一瞬、見逃してもらえるのかと淡い期待を持ったが、そうではないらしい。レオナードは最後にそう言って、立ち会っている人間の中から二人を指さした。そこにはガリガリに痩せた目の落ち窪んだ一人の男と、中肉中背のジャパニーズが長い棒のようなものを携えて、こちらに歩み出てきた。
「よくわかんねぇんだがな『ニンキョウドウ』の『ケジメ』を着けたいんだとさ。そこで、お前にはこのハンドガンを貸してやる。中には1発だけ弾が入っている」
そう言うと、レオナードはテーブルに置いたそれを、こちらに押し出して言う。
――二人から一人を選べ。そいつと決闘して生き残れば、後はお前の好きにしろ。
渡されたハンドガンを握り、持ち上げてみると、マガジンが装填されていないことに気がついた。その事を伝えようとレオナードに視線を向けると、「スライドを引いてみな」と言われ、その通りにして
「確認できたか?」
「……あぁ」
ゆっくりとスライドを戻し、確かに一発だけ銃弾が入っているのを確認すると、目線の先には二人のジャパニーズが毅然と立っている。成人しているのかと思うほどに若く、しかしギラついた目は非常に鋭く、まるで野犬のようなそれで、まっすぐ俺を見つめている。今から行うのは
――あぁ、この目。覚えているぞ、忘れようとも忘れられない、あの大戦の島で見た。殺す覚悟を決めた者の目だ。
「……オドレ、なにメンチきっとんじゃ! はよ相手決めんかい、俺か?! コイツか?! ビビっとったらあかんぞこら!」
突然、ガリガリの男が何かを喚きながら、大股を開いてこちらに歩み寄ってくるが、大柄の一人に阻まれて押し止められる。なんだと思い、レオナードを見詰めると「ははは! かなりヒートアップしているようだな。落ち着けサカキ! 『ケジメ』はちゃんと取らせてやる」
小屋から出て見上げると、昨日までの天気が嘘だったかのように、雲ひとつない晴天だった。吹く風は頬に気持ちよく、ボサボサになった髪を少しだけ揺らしていく。が、足元は酷い状況で、水はけの悪い土地のせいで
「……なんだ? 誰か死人でも出ていたのか? そこら中に穴が空いてやがる」
歩いている途中で一人がそんな事を言い、皆が俺達から離れた場所に集まると、中央に俺と相手が呼ばれ、レオナードが話し始めた。
「分かっていると思うが、これは決闘だ。試合じゃねぇ、殺し合いだ。ジャックはガン、サカキは『カタナ』双方、始めの合図とともに思う存分殺し合え!」
結局俺が選んだ相手は、ガリガリに痩せた男、サカキだった。奴はかなりヒートアップしている様子で、冷静な判断が出来ないと踏んだからだ。得物はカタナと言うジャパン特有の片刃の剣。即ち、近接戦でないと意味がない。対して俺はハンドガンだが、込められた銃弾は1発だけ。ならば頭を狙うか、近距離で胸を狙わないと致命傷には至らない。そしてこの泥濘んだ足場。そこかしこに俺が掘った穴も有り、ハンデはほぼないと言えるだろう。互いが近づき、勝負は初撃ですべてが決まる。
――思い出せ! 島で対峙したあの兵を! 生きて俺は彼女たちの元へ戻るんだ!
――始め!
「キエェェェェェ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
~・~・~・~・~・~
彼が居なくなって既に1年が過ぎようとしている。私は彼の言う通り、落ち合う場所に引っ越してきた。私が孤児として、彼と初めて逢ったこの街に。子供は越してきて3か月後に産まれた。元気な男の子だ。目元が彼にそっくりで、笑うたびに彼の顔がちらつく。名前はジェイムス。ジェイムス・ファーガスと名付けた。彼の元の名前だけれど、どうしてもこの子にはその名を受け継いでほしかったから。
私は今、私が育った孤児院で支援員として働いている。正式な免許を持っていないため、今は先生たちの補助や、施設の清掃などを担っている。施設長も私のことを覚えていて、暖かく私を迎えてくれた。ここでは小さな子供も居るために私の子も一緒に預けられて非常に助かっている。
そんな日々を続けていると、その日の午後に郵便局員が施設に荷物を持って現れた。
「えぇと……これとこれはこの施設宛で……シェリー・ファーガソンさんって方は?」
その名を聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。慌てて私だと答えると施設の皆は一瞬はてなマークを浮かべるが、構わず局員に話をすると、小包を一つ渡してくる。
「……じゃあ、こちらにサインを。シャロンさんて旧名シェリーさんだったんすね」
「えぇ、この施設を出て結婚した時に」
「あぁ! なるほど。はい、これ」
荷を受け取り、その日の業務をすべて終わらせると、ジェイムスをベビーカーに乗せて自宅へ戻る。平屋の小さな一軒家、それが私とジェイムスの今暮らす家だ。玄関ポーチで郵便を確認し、ドアに鍵を差し込むと、小さくベルの音を立ててドアを開ける。彼を抱っこし、そのまま荷をキッチンのカウンターに載せ、まずは息子をベビーベッドにそっと降ろしてやる。
「ジェイミー、帰ってきたわよ。このぬいぐるみさんと少し遊んでいてね」
「だぁ、ぷぅ」
彼の額にキスをして、慌ててキッチンに戻ると早速小包の封を切って中を覗いた。
――そこには一通の手紙と供に、封筒が一つと銃が入っている。封筒の中には100ドル札が帯封されて一つ。銃はカスタムガンだと一目で判った。グリップは木製で、銃本体にはいぶし銀の塗装が施されている。銃身部分はメッキ加工されていて、スライド部の下の本体部には彫金で文字が彫り込まれていた。
――
手紙には彼の遺言と、その死を看取った男、レオナード・エイブラムスの名が記されていた。私達を追うことはしない、そしてこれは私達二人への見舞金だと書かれていた。
『こんな結果になって済まない。シェリー、君を永遠に愛している。君と俺達の子供を永遠に見守っているよ。その銃は君と俺達の宝物を守るためにどうか持っておいてくれ』
簡素な文面に涙がとめどなく溢れて行く。やはりこうなってしまった、結局あの人は帰ってくることなく、逝ってしまった。
そしてレオナード・エイブラムス。……そう、貴方がジェイムスを。
――その名を私は忘れたことがない、この街で私をアクセサリーにした男の名。
――私は忘れない、決して、決してこの苦しみを忘れない。
カスタムガンをじっと見詰め、彼女はそっと彫られた文字をなぞりながら、その
――memento mori――
Fin
memento mori トム @tompsun50
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