【書籍2巻発売記念SS③】新さん、それは反則だよ



  

「新さん、トリックオアトリート」

 

 休日の昼下がり、玄関先で秋の風物詩であるセリフを口にしているのは寧々ちゃんだった。


 今日の格好は制服ではないが、私服にしては少々派手で目を惹いた。

 ふわっとしたレースのワンピースに、赤い頭巾をかぶり、蓋付きの木製バスケットを携えている。

 赤ずきんちゃんだろうか。


「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ?」


 格好も相まってあどけない少女のようにも見えてかわいいな。

 しかし、困ったな。


「すまないがお菓子の用意がない」


 ハロウィンという慣習に縁遠かったので準備などしていない。

 それに普段からお菓子を食べることもないし、どうしたものか。

 

「そうかなと思って、持ってきたよ」


 ふふ、と寧々ちゃんは楽しそうにしながら手に持ったバスケットを差し出し、蓋を開けた。


 自分でお菓子を持ってきたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 入っていたのは、さつまいも、バター、砂糖、牛乳、卵、薄力粉といった食材だった。


「寧々ちゃん、これは?」


「今日はハロウィンなので、お菓子作りをします」



 

「んー、美味しいっ」


 俺の隣で寧々ちゃんが片手でフォークを持ち、もう片方の手は頬に手を当てながら目尻を下げていた。 


「それは良かった」


 目の前に置いてあるスイーツをみながら胸をなでおろす。


 あれからお芋のタルトを教えて貰って作ったのだった。

 いつもは自宅で寧々ちゃんに様々な料理を教えてもらっているけれど、今日はお菓子作りだったから、慣れない作業で少し手間取った。

 

「初めてなのに上手くできてるね」


 それでも寧々ちゃんが微笑みながら優しく褒めてくれる。

 作業をしたのは俺だが、レシピは寧々ちゃんが用意してくれたものだし、作ってる最中も寧々ちゃんが横で指導してくれていて美味しくならないはずはないんだけどな。


「レシピ通りきっちり数字を計って作るのは、俺に向いているのかもしれない」


 お菓子作りは割と好きかもしれないということに気づいた。

 材料がグラム単位で構成された味のバランス、どれかが不足したり多過ぎたりすると均衡が壊れてしまう。

 全てが見事に合わさって出来るお菓子に、数学に似たものを感じる。


「それよりも、これはいつまでつけていたらいいんだ?」


 俺は自分の頭を指さして寧々ちゃんに尋ねる。


 俺はいま、恥ずかしいことに狼耳をつけている。

 これはもちろん自分が用意したものではなく、寧々ちゃんが持ってきたものだ。 


「今日は寧々が帰るまでずっとつけてて欲しいな」

「……分かった」


 寧々ちゃんに小首を傾げながら可愛くお願いされるものだから、俺はその要求を飲んでしまう。

 俺だけでなく寧々ちゃんもしっかりと仮装しているし、この場の雰囲気を壊すわけにはいかないしな。


 改めて、赤ずきん姿の寧々ちゃんを見る。

 フリルのついたワンピースが可愛らしく、全体的に赤を基調としたデザインが寧々ちゃんの髪のインナーカラーと合わさっていてとても似合っている。


「寧々ちゃんの仮装とても似合っているよ」 

「えへへ、嬉しい。陽葵と美羽と一緒に選んだんだ。他にも候補はあったんだけどこれにしたの」


 そういって寧々ちゃんはスマホで写真を見せてくれた。

 スマホのディスプレイには警察官のコスプレをした寧々ちゃんが映し出されていた。

 写真をスワイプすると小悪魔、魔女やキョンシーとナースなど様々な格好をした寧々ちゃんに切り替わっていった。


 寧々ちゃんはどんな格好でも似合うんだな、と素直に感心する。


「この後、夜はみんなと集まってパーティーするんだけど、新さんには直接見て欲しくて来ちゃったの」

「そうだったのか。かわいい寧々ちゃんの姿が見れて嬉しいよ」

「やった、頑張って選んで良かった」

 

 寧々ちゃんは小さくガッツポーズをしていた。

 その仕草がなんともかわいらしい。


 

 そうだ、と寧々ちゃんはなにかを思いついたかのように口にした。


「新さんも言ってよ」

「ん、なにを言えばいいんだ?」

「お菓子をくれないとイタズラしちゃうよってセリフ。新さんが言ってるところ聞きたいな」


 寧々ちゃんはうずうずといった様子で俺の顔を見つめていた。

 

 これはハロウィンのイタズラだろうか。

 お菓子を作ってあげたから精算されていたと思っていたが、そうではないらしい。

 まあ、材料は寧々ちゃんが持って来てくれたしな。


「そのセリフは子どもが言うからかわいいのであって、俺が言うのは似合わないんじゃないだろうか」

「違うよ新さん、子どもっぽい言葉をいつも大人っぽい新さんが言うのがいいんだよ」

 ギャップってやつかな。と寧々ちゃんは楽しそうだ。

 自分が言ったところ想像してみるも、大事故になりそうなのが目に見えていた。

 しかし、ここで言わないのは場を白けさせてしまうしと考えて、俺はあることを思いついた。


 

 それから俺は寧々ちゃんの左の耳に顔を近づけて、表情が見えないようにする。

 そして、大きな声でいうのは恥ずかしいからささやくように小さくいう。


「お菓子をくれないとイタズラしちゃうよ」


 ふう、これなら多少は羞恥心も抑えられて完璧だろう、と言い終えた俺は達成感に包まれていた。


「……新さん、それは反則だよ」

「え?」

 

 ふと寧々ちゃんをみると、手で片耳を押さえて顔を真っ赤にしていた。

 どうやらお気に召していないご様子だ。


「どんな形であれ、ちゃんと言ったぞ。寧々ちゃんも聞こえてただろ?」

「そうだけど、そうじゃなくて……」


 

 頬を膨らませながら、むー、と言ったきり寧々ちゃんは黙ってしまう。


 

 この空気にいたたまれなくなった俺は、自分で作ったお芋のタルトをフォークで切り分けて口へと運ぶ。

 砂糖を多く使ったわけではないのに、それはとても甘い味がした。


 


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【お知らせ】

11/1(金)本日、書籍第2巻が発売しております!

こうして2巻が出せたのは皆さまのおかげです。

本当に感謝しています。



2巻はほぼ書き下ろしとなっております!

よろしければぜひ手に取っていただけると嬉しいです!


https://www.kadokawa.co.jp/product/322402001863/

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花嫁を略奪された俺は、ただ平穏に暮らしたい。【書籍第2巻発売中!】 浜辺ばとる @playa_batalla

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