第19話:We got it !(Repeat)

「なあ、キゲン直してくれよ……」


 そこはかつて、〝国道4号線〟と呼ばれた幅の広い道。


 かつては誰もが〝自動車〟と呼ばれる文明の利器が大挙してこの道を埋め尽くしていたが、今はたった一台の車・KPGC110=〝ケンメリ〟スカイラインGTRだけが八月の太陽に照らされながら、後部に突き出した二本のマフラーから『ブボボボボボボボ……』と排気音を響かせて、時速120キロで走っていた。


「イヤです。こんどこそ、〝ドライバー〟とは絶交です」


 助手席の〝ソーサラー〟はそう言うと、全開にしたサイドウィンドウの窓枠に腕を組み、その上に金色の瞳が輝く、美しくも曇った顔でソッポを向いていた。


 五芒星のヘアピンで留められたセミロングのプラチナシルバーの髪がふく風に揺れ、少し大人びているが、まだあどけ無さが残る褐色の顔は今、隣の運転席に乗っている〝ドライバー〟への不満でパンパンに膨らんでいる。


 今回の依頼は、サスエント・ケセンヌマ港から〝コーディネーター〟が買い付けたマギテラ・メガ・メカジキ=通称メガジキを四時間以内にツキジのモリムラ社長のところに運び込むゲームの途中である。


 後方100メートルほど離れたあたりに、ひとかたまりの土煙が上がっているのが見える。回転する赤色灯の乗った〝PHP(ヘライスル・フクシマ・ポリス)福島州警〟と書かれたヘルメットを被り、GTRのスピードに負けないようにスピード・ドラゴンに乗ったオークの一団が追いかけて来ていた。しかし細身のジェーン・ランダルとは違い、重量級のオークたちを乗せてはスピード・ドラゴンも本来のスピードは出せず、GTRにおいて行かれている。


「まーた検問破りですか! だからあんな連中が付いて来ちゃうんじゃないですか!」


 〝ソーサラー〟は憮然とした顔を〝ドライバー〟に向けて、不満を漏らす。


「そんなこと言ったってなぁ……停められたら、トランク開けられるだろ? 積んでいるもの見られちゃうだろ? そしたら捕まっちゃうじゃないか」

「もう、その言い訳も聞き飽きました。今回の仕事が終わったら絶対、絶交です」

「そう言うなよ。この仕事が終わったら。モリムラ社長の店にメガジキの握りを喰いに行こうぜ」

「じゅる……こ、今回はそれで許してあげます! 来月、九月になったら絶交です!」

「九月か……九月はカツオだな……あ、マツタケも採れ始めるか。新米の時期だし、果物なら、栗か梨だな」

「じゅるじゅる……それなら九月まで許してあげます! 十月になったら絶交です!」

「十月か……十月なら秋刀魚か……銀杏で茶碗蒸しもいいな。果物ならリンゴやいちじくか?」

「じゅるじゅるじゅる……そ、それなら十月までは許してあげます! 十一月になったら絶交です!」

「秋鮭が時期だな……猟期も始まるから猪鍋や鹿鍋もいいぞ。長ネギや山芋も旬だし、牛や豚・鳥も脂が乗って美味いぞ。月末は新海苔も時期だしな」

「ウエヘヘヘヘヘヘ……」


 〝ドライバー〟の話を聞いて、〝ソーサラー〟はだらしなく破顔の笑みを浮かべる。


「いつまでも美味しいものは続きますねぇ」

「そうだな」

「わかりました! 美味しいものが続く限りは許してあげます! 美味しいものが途切れたら、絶交です!」

「欲にまみれた条件だな……それなら、絶交の方が良いよ、オレ」

「いいんですか、絶交で? もうこんなかわいい女の子を助手席に乗せてドライブなんて、一生出来ませんよ? いいんですか? 泣きますよ! お市おばあちゃん、呼んじゃいますよ!」

「それは……勘弁してくれ」


 ピュン! ピュンピュン!


 弾丸が、GTRをかすめる音がする。オークたちが何とか弾丸が届く距離まで近付いてきたのだ。


「まったくしつこいですねぇ、あの人たち。学習と云うモノを知らないんでしょうか?」


 〝ソーサラー〟は顔を軽く窓から突き出して、後ろを振り返る。


 ゴオッ!


 突然質量の大きいものが〝ソーサラー〟の髪を舞い上げて、GTRの横を物凄い勢いで通り過ぎていった。GTRの周囲を取り巻いている物理保護魔法が破られ、キラキラと金色の破片になって舞い散る。


「ヒ、ヒイイイイイイ!」

「やっべえ、ジェーンちゃんか?」


 後方の土煙が割れて、一陣の風が近付いてきた。


「ハアアアアアアア!」


 オークたちを飛び越えて、手には愛用の切り詰めたウィンチェスター=メアーズ・レッグを持ち、スピード・ドラゴンにまたがったジェーン・ランダルが姿を現した。そしてあっという間にGTRの運転席側に並ぶ。〝ソーサラー〟は、身を乗り出してGTRに箱乗りになって叫ぶ。


「ジェーンさん、なんてことするんですか! 当たったらどうするんですか!」

「気安く呼ぶな! 仲間だと思われては心外だ!」

「あたしたちのコト、理解してくれたんじゃないんですか!?」

「アレはアレ、コレはコレだ! 法を破る者は何人たりとも許さん! お前たちも、ミストラルもだ!」


 そう言ってジェーンは特製のメアーズレッグを〝ドライバー〟に向ける。


「関税法違反、道路交通法違反、公務執行妨害! もろもろの罪でタイホだ、タイホ!」

「仕事熱心だな、ジェーンちゃん。働く女性は美しいね」


 そう言ってニコッと笑うドライバーを見て、ジェーンは一瞬ドキッとして頬を赤らめる。〝ドライバー〟はそのスキを逃さず一瞬にして5速→4速→3速とダブルクラッチを使って回転数を落とさずにギアを落とすと、アクセルを踏み込んでスピードを上げた。


「あ! 待て!」


 メアーズレッグを発砲することなく、ジェーンはGTRの美しい4つのブレーキランプを眺める。何かがおかしい……ドライバーの顔を見るだけで、心臓がバクバクする……思わず頬が熱くなる……動揺が止まらない……。


「こ・これはまさか!」


 ジェーンは衝撃を受ける。


「わ・わたしに何か、魔法をかけたな! エ・エルフに魔法をかけるなど、許さんぞ〝ドライバー〟! 待つのだ!」


 ジェーンは動揺した気持ちを無理に抑えながら、追跡を再開する。


「待てと言われて、待つバカは居ないよ…………あれどうした?」


 いつもの素早いツッコミがないのを不思議に思って〝ドライバー〟が横を見ると、〝ソーサラー〟はふくれっ面をしてソッポを向いている。


「……〝ドライバー〟は、女の子に気安く『美しい』とか言えちゃうんですね」

「なんだよ、〝ソーサラー〟も言われたいのか?」

「べべべ・別に、そんなこと思ってなんかいません!」


 〝ソーサラー〟は顔を真っ赤にして、しどろもどろで否定する。


「しかしジェーンちゃん、しつこいなぁ」

「しょうがありません〝ドライバー〟、〝コレ〟をやりましょう」


 〝ソーサラー〟は真剣な面持ちで、指を縦につまむような仕草を二回する。


「え? 〝コレ〟やるの? タイミング難しいんだろ?」

「いいんです。いつまでも追いかけっこなんか、していられませんから」

「OK、行くか!」


 〝ドライバー〟はGTRを減速させて、脇道に入った。行き先を変えたGTRを見て、ジェーンは、〝ドライバー〟たちがまた川に向かっていると確信した。


「何度も同じ手に引っかかると思うな! 前回飛び越えられなかったのは、何かの魔法をかけられたに違いない! ならば……」


 ジェーンはスピード・ドラゴンにひと蹴りくれてスピードを上げると、呪文の詠唱を始める。


「力の神の名において命ずる……深遠に残された内なる力よ、今こそ絞りてその姿を現せ! ステレンゲセン!」

「お? おおお?」


 バックミラーを覗いていた〝ドライバー〟は驚きの声を上げた。ジェーンの乗ったスピード・ドラゴンは、考えられないスピードでGTRに迫ってくる。


「……ジェーンちゃん、強化魔法を使ったな?」


 そう、ジェーンは自分の乗っているスピード・ドラゴンに強化魔法を用いて体力を強化させ、GTRに追いつき、ついには並走させた。


「おいおい……」


 並ばれて〝ドライバー〟は一瞬緊張するが、よく見ると潜在能力を無理に引き出しているので乗り心地は最悪、しがみついているのがやっとでとても銃を抜いて撃つなど出来そうにない。


「勝負だ! 〝ドライバー〟!」

「なるほど、ジャンプに勝負を絞って来たか……乗ったぜ、ジェーンちゃん!」


 猛スピードで走るGTRとジェーンの乗るスピード・ドラゴンの前に、橋の落ちたあとの崖の前に設置されたジャンプ台が見える。ジェーンはGTRの様子を見ようと視線をちらと向けた時、違和感を感じた。


『? 〝ドライバー〟の位置が違う?』


 いつも並走した時よりも、〝ドライバー〟の見える位置が低く感じる……微かな疑問が心をよぎるが、もうジャンプ台は間近だ。


「いくぜ、ジェーンちゃん」

「来ぉぉぉぉぉぉい!」

「「「うーい、きゃーん」」」


 GTRの車体と、ジェーンの乗るスピード・ドラゴンがジャンプ台に登った。


「「「ふらーい!」」」


 今GTRとスピード・ドラゴンは二つの弾丸となって、空中を飛翔する。


「同じスピード、同じタイミング、これなら間違いないだろう!」


 そう吠えたジェーンだが、対岸の岸が近付くにつれて、再び自分が早く失速していることに気が付いた。


『え? なんで?』


 ジェーンの視線は〝ドライバー〟から外れ、車のボディーに移っていく。


『同じスピード、同じタイミング、なのにどうして!?』


 だんだんと落ちてゆくジェーンの目に、GTRのタイヤ部分が目に入る。その時、ジェーンの目を引いたのは、タイヤが収まる部分、タイヤハウスだ。妙にタイヤの上部と、ボディーの間が空いている気がするのだ。


 次に目に入ったのは、タイヤを支えるバネ=サスペンションだ。そのバネは、車を知らないジェーンが見ても、明らかに伸びている気がする。


『あれは、バネというヤツか? 確か伸びたり縮んだりして……』


 思い出したのは、自分がグリズリーの手入れをしていた時のことだ。50AE弾の反動を受ける強力なレコイル・スプリングをうまく組み込めず、『びよーん』と天井に飛ばしたことだった。ジェーンの中で、跳ね飛んだスプリングとGTRが重なる。


「ま、まさか!」


 〝ドライバー〟が〝ソーサラー〟に魔法を掛けさせたのは、自分ではなかった……〝ドライバー〟は自分の乗るGTRに魔法を掛けさせていたのだ!


 あのタイヤを支えるパーツについているバネを魔法でジャンプ寸前に限界まで縮ませ、ジャンプするタイミングで解放、その跳躍力をプラスしてこの崖を飛び越えていたに違いない!


「ペテン師めぇぇぇぇぇぇ!」


 ジェーンは落下しながらメアーズレッグを抜くが、すでにGTRは対岸に到達して

いて視認することは出来ない。悔し涙を流しながら急いでメアーズレッグを両手で構えると、


ズガガガガガガン!


と弾倉内の6発を空に向けて全弾発射する。


「不良オヤジ! 地獄に落ちろー!」


 怒号が響き渡った数秒後、盛大な水音が谷間に木霊する。


「We got it!(やったぁぁぁ)!」

「さすが相棒! 絶妙のタイミングだったな!」

「感謝しているなら、誠意を見せてください! ……そうですねぇ、今週一週間のお昼オゴリならいいです。あ、その中に必ずワインディングロード特製の生姜焼き定食を、二回は入れてください!」

「そのうち一回は、〝メガジキ〟の山かけ丼っていうのはどうだ?」

「それ、最高ですね!」


 〝ソーサラー〟が喜びの声を上げる中、ひゅるひゅるひゅると何かが落下する音が微かに聞こえる。


「おっと、やばいやばい」


 二人はシートに体を滑り込ませると、急いで車を発進させた。


 その直後、『ズガガガガガガン!』


 ジェーンの放った六発は大きな弧を描いて、先ほどまでGTRの停車していた位置に降り注いだ。その様子を車から乗り出すように見ていた〝ドライバー〟はため息をついて呟く。


「はぁ……まったく、ジェーンちゃんも諦めが悪いったらないね」

「〝ドライバー〟が泣かすからですよ……また勲章が増えちゃいましたね」


 クスッと微笑んで、〝ソーサラー〟は〝ドライバー〟をからかう。


「違いない。さてちょいと急ぐか、ちょっと時間をロスしちゃったからな……行くか? 相棒?」

「行きましょう、相棒!」


 〝ドライバー〟はエンジンを軽く噴かしてギアを入れ、軽くホイールスピンをさせながらGTRを発進させる。


「ひゃーっ、気持ちイイ!」


 窓から吹き込む風を受けて、〝ソーサラー〟は微笑みを〝ドライバー〟に向ける。屈託のない微笑みを受けて、〝ドライバー〟は唇の端だけ軽く持ち上げてニヤッと笑った。


 絆を深めた二人を乗せたGTRはエンジンをフル回転させて『ブボボボボボボ』と太いエキゾースト・ノイズをとどろかせながら、エスサァリイ・トウキョウに向かってハイスピードで走ってゆく。


 そんなホットな〝ケンメリ〟GTRを八月の太陽が見下ろしていた。



      了

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〝ケンメリ!〟/ケンとメリーのスカイラインGTR、新世界爆走中! あなたの街に美味しいもの、闇流通でお届けします! まちかり @kingtiger1945

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