〔2〕
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「そっか、新しいバーテンダーさんが入ったんだっけ……」
そう彼が呟いて、カウンター席にやってくる。
俺は彼を観察するように素早く目を走らせた。
年は三十代後半から四十代前半くらいだろうか? 少し猫背気味で全身から気だるげな雰囲気を漂わせている。
面立ちは整っている部類だと思うが、その目は眠たげでなんとも覇気がない印象を受ける。少し伸びた髪は所々はねており、わざとそうセットしているというよりは、寝起きのまま外に出たんじゃないだろうか。
おまけに招き猫と麻雀牌がちりばめられた、俺だったら頼まれても着ない柄シャツに、着古したジーンズとサンダルという風体は、どこぞの組のチンピラにも見えてしまう。
彼こそが裏メニュー、コープス・リバイバーの人だろう。しかし、全く違う人という可能性もある。
ああ、夏目君が居てくれたら……! そう心の中で叫んでしまう。
どっこいせ、と何ともオヤジくさい呟きと共にカウンター席に腰を下ろし、彼もまたじっとこちらを見つめていた。
少し垂れた眠たげな瞳の奥に何か鋭い光を感じて、俺は内心ぎくりとなった。
「そういえば、
「夏目君なら、ちょっと買い物に出ていますよ」
そう接客用の笑みと共に告げれば、彼は「あ、そうなの」と薄く無精ひげの生えた頬を掻く。それから、シャツの胸ポケットから何かを取り出し、こちらに差し出す。
「これ、陽向に渡しておいてくれる? そろそろ無くなるって聞いたからさ」
受けとったそれは黒い名刺の束で、やっぱり彼が裏メニューの男だと確信する。
少し艶のある黒いそれには、銀色で『黒諏輝良』と印字されている。その下には小さく携帯電話の番号が印字されていた。
「くろす、さん?」
そう呟けば、彼は「うん、
それが握手の為だと気付いて、俺は慌てて彼の手を握り返す。
「小鳥遊涼と申します」
黒諏さんは「
「今日はすぐに帰るつもりだったけど、せっかくだし一杯だけ。ジントニック、いいかな?」
俺は気を引き締めながら「かしこまりました」と準備を始める。
ジントニックは、ジンとトニックウォーター、ライムなどを使うシンプルなカクテルだ。しかし、シンプルだからこそバーテンダーの技量やこだわりが試されるカクテルでもあるのだ。
ライムの鮮度も重要だし、使用するジンの種類によっても味が変わって来るのだ。
中華料理店でチャーハンを食べれば、その料理人の腕が分かるというのと同じで、バーテンダーとしては、最初にジントニックを注文されると、背筋が伸びる。
果たしてこの人は、俺の腕を試すためにオーダーしたのだろうか? 申し訳ないが、カクテルに造詣が深かったり、こだわりがある人には見えない。
そんな事を考え、出来上がったジントニックの入ったグラスを彼の前に置く。ジントニックにはこれと決めているジンを使用し、青果店から届いたばかりの新鮮なライムは、爽やかに香っている。自分でも満足のいく出来栄えだった。
注意深く黒諏さんを見つめれば、彼は一口飲んで、微かに頬を緩めた。
「へえ、怜子が採用しただけあるね。前のバーテンダーさんのジントニックも好きだったけれど、きみのも好きになれそうだ」
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