女神の神託がUZEEEEE!!
平野ハルアキ
第1話 女神の神託がUZEEEEE!!
自宅のベッドで寝ていたはずの俺は、気がつけば石造りの神殿らしき場所で倒れていた。
『勇者よ……聞こえますか勇者ハシモトよ……』
目を覚ました俺の脳内に聞き覚えのない女性の声が響く。だがどこにも姿は見えない。ただならぬ事態が起こっているとすぐに理解した。
「ど……どちらさまですか? あなたはいったいどこに……?」
『異世界より来訪せし勇者ハシモトよ……。私はこの世界の女神……天界からあなたの頭へ声を直接送っております……』
周囲を見渡しながら声をかけると、ふたたび脳内に声が響く。
異世界? それに天界の女神だって?
……これ、ひょっとしてラノベとかでよくある展開じゃないのか?
『ここはあなたの住む世界とは異なる地……。勇者の資質を持つあなたを時空を超えて呼び寄せたのです……』
「つまり、俺は異世界に転移したってことですか?」
『はい……そのとおりです……』
おお、やっぱりだ。
『あなたには悪しき魔王を討ち滅ぼす聖なる力が宿っております……。その力を使い、この世界を救う旅に出てほしいのです……』
そして告げられるお約束展開。
いいね! 俺TUEEE!! とか俺SUGEEE!! とか、そういうのに憧れてたんだよね!
『勇者ハシモトよ……。お願いします……どうか魔王を討ち倒してください……』
「はい! お任せください!」
俺は即答する。
本当に異世界に転移できただなんて! しかも俺には勇者の力が宿ってるなん
て! ワクワクする展開じゃないか!
『しかし本当によろしいのですか……?』
浮かれる俺に、女神様は念を押すかのように語り始めた。
『魔王の力は極めて強大です……。しかも、邪悪な魔物を多数配下に加えております……。極めて危険な旅となるでしょう……。
対するあなたは武器を握った経験すらないでしょう……? いくら勇者の力があるとはいえ、果たして過酷な戦闘に耐えられるのですか……? それに、あなたの親御さんやご友人たちもさぞ心配することでしょう……。見知らぬ世界のためにあなたが無理をする必要はないのですよ……』
……確かに。
冷静に考えてみれば、日本で平和に暮らしていた俺がいきなり荒事へ駆り出されたところでまともに戦える保証はない。それに怪我をすれば痛いだろうし、命の保証だってない。
なんだか急に怖くなってきた。
う~ん……やっぱり物語と現実は別物ってことで、やめておいたほうがいいのかも。
「そうですね……では、やめておきます」
『そのようなことをおっしゃらないでください……』
俺が断ると、女神様はすがるような声音でそう言った。
『このままあなたが魔王を倒さなければ、民の命が多数失われることになるのですよ……。あなたには人々を救える力があるというのに、本当にそれでもいいと言うつもりなのですか……? 力を与えられた者は、その力を人々のために役立てる責任があるのではないでしょうか……』
……いや、あなたさっきやめとけって言ったじゃん……。
ま、まあいい。そんな話を聞かされて断るのも寝覚めが悪い。確かに戦いは怖いけど、勇者の力があればきっとなんとかなるはずだ。
「わ、分かりました。じゃあやります」
『本当にそれでいいのでしょうか……?』
またかい。
若干イラッとしながらも話を聞く。
『"力を持った者は人々のためそれを役立てる責任がある"など……。それは当人の人格を無視し、才能を道具のように扱う発想ではないでしょうか……。そのような無責任な言葉に踊らされて軽々しく危険な決断などしていいのでしょうか……?』
「あ~……じゃあやっぱやめておきます……」
『お願いします……あなたしか頼れる者はいないのです……』
「……じゃあやります……」
『あなたになにかあれば、親御さんたちが悲しむのではないでしょうか……?』
「…………じゃあやめます……」
『あなたが平和に暮らしている影で悲しんでいる人々が大勢いるのですよ……』
「――俺に一体どうしろってんだよぉぉぉっ!!」
ついに俺はキレた。
『勇者ハシモトよ……なにを突然怒り出すのですか……?』
「あんたのせいだよっ!! あんたのっ!!」
敬語をかなぐり捨て、神殿の天井へ向かって怒鳴り声を上げた。
「さっきからやれっつったりやめろっつったり!! 結局俺はどっちにすりゃいいんだよっ!!」
『優柔不断ですね……』
「やかましいわっ!! 俺が決めるたびにあんたが逆のことばっか言うからだろうがっ!!」
『しかし勇者よ……物事は複数の視点から判断することが大事です……。私はそのために必要な情報を与えているだけです……』
「与え方が最悪なんだよっ!! 決めにくいったらありゃしねえっ!!」
『落ち着くのですハシモッちゃん……』
「急にあだ名ぁぁっ!!」
数名にしか言われねえよその呼び名。
つーか久々に叫んで疲れた。いったん深呼吸して気分を落ち着ける。
「…………と、とにかく。分かりましたから。勇者やりますんで……」
『おやー、なんだか返事に元気がありませんよー……? もう一度、さっきみたいに大きな声で言ってみよー……』
「や・り・ま・すっ!! やるっつってんだろぉっ!!」
ヒーローショーか。
『なんと力強い言葉……よくぞ決心してくれました勇者よ……。あなたにこの世界の未来を託しましたよ……』
そう言い残し、ようやく女神の声は途切れた。
……まったく。なんだったんだあの女神。だいぶウザかったんだけど。
まあいいや。やると決めた以上、まずは行動だ。ひとまずこの神殿を出よう――
『勇者よ……勇者よ……』
――そう思った俺の脳内に、ふたたび女神の声が響いた。
「……あの。今度はなんでしょうか?」
『あなたの旅立ちに備えてオープニングムービーを用意しているのですが……再生しますか……?』
あるんかいムービー。
だがあいにく、俺はムービーを初回から飛ばす派である。めんどいし。
「いえ、再生しません」
『勇者よ……これは私監修のもと、あまたの天使たちの手によって制作された力作なのですよ……。見なければ……私はともかくとして、天使たちがさぞや悲しむことでしょう……』
いや知らんがな。
「いえ、ですからムービーとかいらないです」
『勇者よ……あなたは天使たちの苦労を無駄にするつもりなのですか……? 私はまだ耐えられますけど、天使たちは筆舌に尽くしがたいほどの落胆に襲われることになるでしょう……。私はギリ耐えられますが……』
「……いらないです」
『勇者よ……いえ、私は別にそういうの気にしないタイプなのですが……せっかく作ったものを
「……分かったっ!! 分かったよっ!! 見りゃいいんだろうが畜生めっ!!」
なにがクるかって、『私は』の部分だけ強調するような言い方してるところが特にだよっ!!
『分かりました……勇者ハシモトの望みに応え……再生いたしましょう……』
望んでねえ。
胸中で吐き捨てつつ、脳内に直接再生され始めたムービーを見る。
『Studio……Goddess……Presents……』
真っ先にデカデカと表示されたロゴがやたら発音のいい声で読み上げられる。
大物クリエイター気取りか。あといい加減『……』が
それから本編開始。
『幾千の夜が過ぎ……そして……世界は幾万の朝を迎える……』
謎のポエムを垂れつつ、意味の分からない三流環境映像みたいなムービーが流れていく。盛り上げようとして逆にから回ってる感のある音楽が耳に痛い。
退屈、どころか苦痛ですらあるのだが我慢しよう。全部見れば解放される。解放されるはずなのだ。
『いつもと変わらない毎日……バラ色の青春なんてどこにあるのだろう……そんなことばかり考える退屈な日々……』
俺は無言で鑑賞を続ける。場面はおだやかな草原に切り替わる。比較的ゆったりとした音楽が流れる。
『平和な日常をかりそめだって斜に構えてた……だけど……それはボクらが知らなかっただけ……平和を脅かす存在『そこに信心はあるんかぁ~っ!?』』
「なにごとぉっ!?」
唐突に映像が切り替わり、大音量が脳を直撃した。心臓止まるかと思った。
「めっ、女神っ!!」
明らかに本筋と関係ない映像が流れ始めていた。俺は虚空に向かって声を上げる。
「おい女神っ!! 聞こえるか女神っ!!」
『……ほよよ~……?』
え。
なにいまの。殺意湧いたんだけど。
胸にうずまくドス黒い感情をひとまず抑えつつ女神に叫ぶ。
「なんか変な映像流れてんだけどっ!!」
『勇者ハシモトよ……落ち着くのです……』
「一〇割あんたが原因だけどなぁっ!! で、この変な映像はなんなのっ!?」
『それは広告です……』
「あんの広告っ!?」
邪魔くせえなぁっ!!
『あるに決まっているでしょう……広告収入は大切なのですよ……?』
「想像より天界が俗っぽいっ!!」
『ちなみに映像途中に流れるものを業界ではミッドロール広告と呼ぶのですよ……最初に流れるものがプレロール、最後がポストロールです……』
「聞いてねえし要らねえんだよそんな雑学はよぉっ!! ……つーか長ぇなこの広告っ!! さっさと本編を見せてくれっ!!」
『勇者よ……それほどまでに私の作品を求めて……』
「言葉のアヤだよっ!!」
私"たち"でないところに
『ならば勇者よ……私の有料プレミアム信者になるのです……。さすれば広告なしで快適にムービーを楽しめることでしょう……』
「いまは快適じゃねえとサラッと認めやがったな……っ!!」
もちろん、俺はこんな女神なんかのためにビタ一文払う気はない。
「……プレミアムはいい。我慢するよ」
『しかしモッちゃん……』
「初日でそこまで縮めた奴はあんたが初めてだっ!!」
距離感バグり散らしてやがるっ!!
その間に広告は二つ目のものへ。やたら感動を煽るような音楽を流しつつ『プレミアム信者になることで……救われる女神がいます……』と押しつけて来る内容に青筋を立てながら耐える。
やっと本編再開。要約すれば『平和だったけど魔王が現れて大変だ』程度の内容を極限まで希釈し、無駄ポエムでケバケバしく味付けした代物にがんばって耐える。
ようやくムービーが終了した。
感想。クソだった。
『勇者よ……勇者よ……』
女神のどこか得意げな声音が脳裏に響く。
『ここからがあなたの冒険の始まりです……。さあ……この神殿から旅立つのです……そして世界を救うのです……』
言われんでも出て行くわ。
こんな神殿、っつーか女神からは一刻も早くおさらばしたい。
「分かりました。そんじゃ、いままでありがとう」
無表情のまま、ミリ思ってない感謝を口にしつつさっさと立ち去る――
『それでは勇者ハシモトよ……
……は?
なんかいま、女神の口から不穏なワードが飛び出した気がする。
「……ちょい待った」
『ちょいだけですよ……はい待ちました……』
「殴らせろ――いや、いまはいい。それより女神、『今後とも』って?」
『え……? それは……これからもちょこちょこ神託するつもりですし……挨拶しておくのは当然のことでしょう……』
女神の口から、とんでもねえことが語られた。
おい……まさか旅のあいだずっとこの女神のウザ語りに付き合わされるってことなのかっ!?
「いや……いやいやいやっ!! そういうのもういいからっ!! なんとか自分ひとりでがんばるからっ!!」
『そんな悲しいことを言わないで……。だって――人は、ひとりでは生きていけないんだヨ……?』
「また新手の鬱陶しさを発揮しやがってっ!! そういうことじゃねえっ!! もう神託いらないっつってんだよっ!!」
『ですが……もうすでにあなたと私で神託ラインがっつり繋げちゃいましたし……繋げたら切れませんし……』
「最悪すぎるっ!! ……じゃあせめて黙っててっ!! 頼むからもう黙っててくれぇっ!!」
「ほよよ……それだと私が寂しいよ……一日に三回神託してもいいカナ……?」
「もうやだっ!! この女神UZEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」
俺は腹の底から叫んだ。
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