第3話



 翌日、朝っぱらから必死こいてチャリを漕ぎ、ダンジョンへ向かいましたの。


 ダンジョンの入り口はどこにでも突然開き、今回は埼玉のある団地の駐車場に開いたのでございます。通報を受けたダンジョン公社がすぐに周囲を取り囲んで安全を確保し、集会用テント(炊き出しや運動会でよく見るアレ)や仮設トイレなどが設営されております。

 団地の人はたまったもんじゃないでしょうねぇ。

 さて、警備員にダイバー免許を見せて規制線の中に入り、トイレで着替えて受付に向かいますと……。


「……げ」


 ダンジョン公社は国営で、ダンジョンに入れるのは八時半から。現時刻は七時半で、わたくしは一時間前に一番乗りするつもりでやってきたんですけれども。


「なんでいるんですの、鷹崎さん」


 うっとりするほど美しい黒髪の美少女と、うだつの上がらなさそうな成人男性の組み合わせ。男女でデザインの差はありますけれど、ギルドロゴが入ったお揃いの青い戦闘服を身にまとっております。

 最近話題のファミリーチャンネル、『鷹崎家ダンジョンさんぽ』でございます。

 父親の方は強くはありませんがランダム性が高い強力な召喚魔術の使い手で、娘――使い魔の蜘蛛娘アリアドネはアホかってくらい強いんですの。

 その娘の方が、父親に向けていた無垢な笑顔を一瞬で真顔に切り替えて、わたくしに冷たい視線をぶっ刺してきました。な、なんですの?


「さきに、ありあのおなまえだしたの、あなた。だから、きた」

「アリア、ちゃんと敬語を使って挨拶をしなさい。失礼だろう。どうも、こんにちは」

「ぷん。……こんにちは」

「ああ、はい、ごきげんよう」


 父親のほうがしきりに頭を下げておりますし、生後一年未満のクソガキが失礼なのは別にいいんですけれども。


「あの、ここ、わたくしが先に目をつけていたんですけれど?」

「ええ、昨日の配信見てましたよ。それで……、その、【黒い羊】がアリアにも負けない、と言われたのが気に障ったらしくて」


 あー。たしかに煽るようなことを言ってしまった気はしますけれども。


「それで、直接、制覇競争RTAレースを仕掛けに来たと? 昨日の今日で?」

「おかげで朝から車を出す羽目になりましたよ」


 と、疲れた顔で笑う鷹崎父。大変ですのね、いい父親って。わたくしの父親とは大違いですの。


「それで、朝からパパさんらしくファミリーワゴンでも運転してきたわけですか。一家団らんでいいじゃありませんの」

「ちがう。ぱぱのくるま、あれ」


 鷹崎娘が指さす先には、馬鹿でっかいキャンピングトレーラーが停車しておりました。海外のセレブな俳優がロケ地で使ってそうなやつが。

 ……え、マジですの? アンタ一年前まで零細個人勢だったはずじゃ……。


「むふん。すごいでしょ、びんぼーおんな。ぱぱ、かねもち」

「アリア! コラ! 失礼すぎるぞ!」

「……いえ、お気になさらず、鷹崎さん。ただ――鷹崎さんアナタ、使い魔の娘と血の繋がった妹がいるだけで、独身でしたわよね? 今夜お暇? よく見ると身長もまあ高めですわねアナタ。ご趣味は? 年収おいくら? 好きな女のタイプはわたくし?」

「む! ぱぱにいろめつかっちゃ、めっ、するよ!」

「おほほ、制覇競争にはトロフィーがつきものでございます。わたくしが勝ったら、鷹崎さんと大人のおデート一回いただきますわね? いいですわね?」

「お、おとなの!? おとな……。うー! ぼこぼこに、する! ありあが、ぱぱと、おとなのおでーとする!」

「俺の意思は……?」


 そんな感じで鷹崎娘とバチバチやっておりますと、背後に気配を感じました。

 振り向けば、背の低い女の子がひとり、列に並んでおります。


「あら、ごきげんよう。あなたも攻略に?」

「……ええ、はい。そうです」


 もじもじしながらそんなことを言います。

 派手なところはありませんけれど、なんというか「ちゃんと金かかってんなー」って感じの、可憐な女の子ですわね。

 薄茶の髪はゆるふわパーマのショートボブで、近世おフランスな銃士風デザインの装備にはデフォルメされた百合のギルドロゴが刻まれており、背中にはマスケット銃を背負っております。近代兵器じゃないあたり、魔術触媒なのかしら。


「むむ。あらたな、おんなだ」

「アリア、やめなさい。おやつ抜きにするよ」

「う。……ごめんなさい」

「あ、いえいえ。お気になさらないでください。……はう」


 その女子は、きらきらした目を、こっそりとこちらに向けながら、うっとりした吐息を漏らしております。

 前に並んでいるのは、わたくしと鷹崎親子だけですので……ははーん。さては『鷹崎家ダンジョンさんぽ』のファンですわね?

 たまにいるんですのよね、推しに会うためにダイバーになる子が。

 そういう強火ファンな子でも危険な二階層以降には進まないでしょう。


「もしよかったら、あなた、先に並ばれます?」

「え? そ、そんなわけには……」

「まあまあ、先にどうぞ」


 可憐な女子の後ろに回ると、戦闘にいた蜘蛛娘が不満げに唇を尖らせました。


「む。ありあ、ぜんりょくしょうぶが、いい」


 ダンジョンに入るのは受け付け順ですから、制覇競争は先に並んだものが有利――パチンコ屋と同じ理屈でございます。

 順番を譲ってしまうと、蜘蛛娘は勝負に支障が出ると思っているのでしょうけれど。


「あーら、御冗談。齢一歳もない小娘相手、数分のハンデは問題になりませんとも! 気兼ねなく全力ダッシュすると良いですわ!」

「むー! なめてる!」


 わちゃわちゃしているあいだにも、後ろに少数ながらダイバーが並んでいきます。ぱっと見、運よく漁夫りたい雑魚ばかり。敵になりそうなのは、やはり鷹崎家だけでしょう。タイマンですわね。腕が鳴りますの。

 そして、八時半――ダンジョンが開きます。さあ、とばして参りますわよ!



 ●



「こん優雅~! いきなりですけれど制覇競争のお時間ですわ~! お相手は『鷹崎家ダンジョンさんぽ』様ですの! しっかり勝ってあのガキ泣かせて父親のほう寝取って妹共々脳みそ破壊してやりますわよ~ッ!」


 『出だしから最低で草』

 『性格悪くて草』

 『なんで俺こんなやつのファンなんだろ』


「草を生やすなでございます!」


 などとリスナーとコメントでやりとりしつつ、樹海を駆けて行きます。

 一階層はモンスターのポップなしと確認済みですので、ここはもう全力ダッシュ一択。勝負は二階層からですけれど、【黒い羊】は使わず、戦闘も極力回避して階段まで行くつもりです。


「うふふ、蜘蛛娘の性格的に、モンスターは基本殲滅の方針でしょう。鷹崎父は純粋戦闘力が低めで身体性能への魔術的ブーストも平々凡々。速度特化のわたくしなら、そのうち追い越せるはずですの」


 ついでに言えば、先に行かせた鷹崎家がモンスターを間引いてくれているわけです。好感度下がりそうですから、わざわざ口に出しては言いませんけれど、中盤から追い上げて序盤は体力を温存するほうがクレバーでございますの。


 『鷹崎家にモンスター狩らせて後ろから漁夫るつもりか、卑怯だな』

 『失望しました。松子のファン辞めます』


 秒でバレておりました。


「う、うっせェですわ! 勝てば官軍でございますの!」


 言いつつ、駆け抜けます。

 さて、予想通り、二階層もモンスターとは全く遭遇無し。……受付時間の差で、ほんの五分ほど入場順が違うだけですのに、この殲滅と進軍の速度。やっぱりあの蜘蛛娘、ぶっ壊れ性能でございます。

 それでもドロップアイテムが置き去りにされていないあたり、鷹崎父はしっかりものでございますわ。

 ふむ。やはり優良物件ですわね。コブ付きですけど関係ねェですわ!

 三階層への階段まで無接敵でダッシュ。作戦勝ちですわよ~!

 駆け下りると、そこはやはり樹海でございました。

 ……ただし。


「え゛ッ」


 さらに薄暗くなって、空には赤い月が浮かんで。……そこかしこに青い炎が浮かんでおります。人魂のような、青い炎が。


 『あっ』

 『ホラーテイストだ』

 『あーあ』

 『松子はホラーが不得意で、特に突然おばけが出てくる系では機能が停止します』

 『ダンジョン博識ニキ!』

 『それはダンジョン知識なのか……?』


 ダ、ダメです。わたくし、おばけはほんとうにダメなのでございます。


「は、はわ……うう……こわいよぅ……」


 とはいえ、足を止めるわけにはまいりません。

 うう、樹海でオオカミだのイノシシだのが出てくるダンジョンだから、おばけはいないと思っておりましたのに……。


 『走らないの?』

 『走ろう』

 『急に内股になるじゃん』

 『かわいい』

 『走れよ』


 走れ走れうっせェでございますわね!


「だ、だって! 走ってるときにいきなりおばけ出てきたら怖いじゃありませんか! ――きゃっ、わっ、あっ……。なんだ、ただの木の枝でしたの。もー……」


 『かわいい』

 『ずっとおばけいるとこにいてほしい』

 『いや走れよ』

 『これ誰ですか?』

 『ヴィクトリカお嬢様ですよ』

 『松子のファン辞めてヴィクトリカお嬢様のファンになります』


 好き勝手言いやがりますわねぇ!

 でも、たぶんおばけは少ないはずですの。……蜘蛛娘が殲滅しているはずですから。してますわよね? しておいてくださいね?

 おそるおそる、びくつきながら進んでまいります。

 うう、階段はどこですの……?


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