第5話



 殴れさえすれば、おそるるに足りずでございます。

 【黒い羊】を出す必要すらございませんの。

 すべてのおばけを叩き切ると、広間の中央あたりの地面が音を立てて崩れ落ち、下向きの階段が現れました。……今度は本物でしょうね?


 『ギミックタイプか』

 『アンラッキーからのラッキーじゃん』


「そうですわね。いわば……、瓢箪から駒でございますの」


 『あほあほ発言』

 『不幸中の幸いだろ』

 『禍を転じて福と為すじゃね』

 『バカで草』


「草を生やすなでございます。ともあれ……白百合さん! ほんッとうに助かりましたわ! どれだけお礼を言っても足りませんの!」


 白百合さんは「お役に立てて良かったです」と両手をあわせて微笑みました。


「でも、ごめんなさい。制覇競争に横やりを入れた形になってしまって……」

「命には代えられませんもの。それに、他人にちょっと手伝ってもらったくらい、言わなきゃバレやしませんわ!」


 『配信だぞ』

 『みんな見てるし録画も残るぞ』

 『ほんまあほあほやな』


 もちろん、わたくしだってそれくらいわかっております。ちょっとした前振りで言っているだけでございますの。


「バレなければいいついでに、いかがでしょうか、白百合さん。このまま、一緒にコラボダイブというのは」

「え? い、いいのですか? その、私、客観的に見て、勝手に押し掛けた厄介ファンだと思うんですけれど……」

「本音を言いますと、わたくしが着いてきてほしいんですの。その、先ほどのキスですけれど、効果はさほど長くありませんでしょう?」


 『改めてキスしたこと思い出して照れてる』


 うるせえでございます。


「ええ。【我が百合花に口づけを】の持続時間は五分ほどですけれど……」

「次の階層もおばけが出てくる可能性が高いですわ。ダンジョンボスが霊体である可能性もございます。あなたの手を貸していただきたいのです」


 白百合さんが、逡巡しつつ「わ……わかりました」とうなずきました。


「そう言っていただけるのであれば、微力ながらお手伝いさせていただきます。ただ、発動のたびにキスさせていただくことになりますけれど、よろしいですか?」


 『ほう』

 『なるほど?』

 『よろしいです』

 『大変よろしいと思います』


 アンタらね、他人事だと思ってね……。まあリスナーなんてそんなもんですわね。


「こちらからお願いしていることですから、もちろんよろしいですの。それに、女の子同士のちゅーはノーカンですもの。気になりませんわ」

「え? そうなんですか?」


 ……なんでちょっと残念そうな顔をしておりますの?

 ともあれ、お互いの『目玉くん』を同期させてコラボ配信モードに切り替えて、階段を下りていきます。


「そういえば、鷹崎家はまだご飯休憩中ですの?」


 『アリアちゃんおなか一杯になって昼寝してる』


 いや幼女か。……幼女でしたわね。


 『鷹崎父がずっとカメラに向かって「ヴィクトリカさんすいませんホントすいません」って謝ってる』

 『すやすやかわいい』


 振り回されておりますわねぇ、鷹崎父も。

 まあ、そのうち追いついてくることでしょう。

 それにしても、今回の階段は何度か折れ曲がり、少し長めですわね。ひょっとすると、これは……。


 『コラボなんだからもうちょい喋れ』

 『話題振れ』


 確かに。コラボに慣れなさ過ぎて、無言になっておりました。


「えー……。ところで白百合さんは、どうしてダイバーに?」


 『会話下手か』


 うるさいですのよ。


「ええと、実はその、ヴィクトリカお姉様が大好きすぎて、資格を取って……。す、すいません、ヒキますよね」


 彼女は頬を染めながら、そんなことを言いました。

 か、かわいい……!


「とんでもない! あなたのような美女にそこまでしていただけたなら、とても光栄ですわ! でも、あの、憧れる相手、わたくしでいいんですの? 自分で言うのもなんですけれど、こんなゲテモノに」

「もちろんです! ゲテモノなんかじゃありません! 戦闘中の、あの凛々しい横顔――」


 ほう、と息を吐いて、白百合さんは微笑まれました。かわいい。


 『うっとりしててかわいい』


 うん。かわいいですの。語彙力が消滅してしまいそうでございます。

 と。そこで、階段が途切れました。次の階層に着いたようです。


「あら。わたくしへの賞賛は、もっともっと聞いていたいですけれど、おしゃべりはここまでのようですね」


 降りきった先は、野球場ほどの広さがある、巨大な切り株の上でございます。背後を振り向けば、階段が消えております。あらら。

 空は紫色で、赤い月が浮かんでおり……。


「白百合さん、ボス戦のご経験は?」

「え、えっと、一度だけ。でもその、初心者研修用の人工再生成ダンジョンで……」

「ふむ。新宿ですの?」

「渋谷のほうです。仕事場が近くて、通いやすかったので」

「なるほど。渋谷をクリアされているなら、問題ないでしょう」


 ちゃんとお仕事をしつつ、ダンジョン配信をするタイプ。最近多いですわよねぇ、こういう方。


 『ここボス部屋?』

 『四階層か。だいぶ浅いな』

 『十階層とかあると思ってた』


「ま、幻想深度的に、階層数はそう多くはないだろうと思っていましたけれど、かなり小さめでしたわね。コアも小さくて、稼ぎは微妙かもですの。……来ましたわね」


 切り株の中央に、腰から下が半透明になった女性型の巨人が現れました。

 霊体の巨人と言うべきでしょうか。ふわふわ浮かびつつ、手にはこれまたバカデケェ槍を一本持っておりますの。


 『フォモールの巨人、悪霊タイプですね。女性型はレアです』

 『ダ博ニキ!』

 『久々にダンジョン豆知識言ったな』

 『槍だけは透けてないように見えるけど』


 巨人はがぱっと口を開けて咆哮いたしました。びりびりと空気が振動いたします。うるさ。


「もー、やっぱりおばけですの。来るんじゃありませんでした」

「本体は霊体で純粋物理攻撃無効、攻撃は物理の槍でしょうか」

「そんな感じでしょう。あとは呪詛系の攻撃があるかどうか……。白百合さん、さっそくですけれど、ダンジョンスキルをお願いできますか」

「はいっ! 【我が百合花に口づけを】、発動します!」


 白百合さんは嬉しそうな顔で、わたくしの両頬にそっと手を添えて、ちゅっとキスを……。

 キスが……。

 ……。

 ……あの。

 キス、長くないですの?

 やんわり押し剥がし――力つよ!

 ちょっ、あのっ、ボスが、ボスがそこで見てますの!

 見られてますのわたくしたち!


 『REC』

 『いいぞ』

 『ここにキマシタワーを建てよう。後世まで残る立派な塔を』

 『長くね』

 『白百合さんうっとりしててかわいい』

 『ボス近づいて来てますけど』


 ぐい、と押し剥がします。


「ぷはっ、白百合さん、キスが長くありませんか!? あ、もしかして、キスの時間に応じてバフが伸びるとかでしょうか」

「あ、いえ、別にそういう――はい! そうです!」


 なに今の間。


 『絶対キスしたかっただけで草』

 『にっこにこでかわいい』

 『つやつやしてる……』


「もー! とにかく、戦闘開始ですわ! 白百合さんは遠距離から、魔力弾を霊体狙いでお願いいたします。無理に撃つ必要はございませんので、とにかく距離を保つこと! いいですわね?」

「は、はいっ」


 白百合さんが切り株の端のほうに駆けていきます。巻き込むと危ないですからね、わたくしのダンジョンスキルは。


「それでは――おいでませっ、【黒い羊】ッ!」


 詠唱にてダンジョンスキルを励起。影から現れたのは、執事服を着た、羊頭を持った悪魔……あら?


 『見た目、変わってね?』

 『メスになった?』


 執事服や山羊頭などの大まかなデザインは変わっておりませんけれど、カラダのラインがドカンスラリドカンとした女性型の悪魔になっていて、なんというか……。


「海外のケモナーにバカウケしそうなビジュアルになって……!?」


 『言い方よ』

 『サイズ的に巨女フェチにもウケが狙えそう』

 『ダ博ニキ!』

 『おそらく白百合さんの【我が百合花に口づけを】で【黒い羊】にも聖属性が付与されて変質したのだと思います』

 『もう先出しで名前呼ばれてるじゃん』


 えー、つまり悪魔で執事な羊が、ドスケベケモ執事にTSした、と?

 たしかにこう、悪魔との魔術的接続の手触りが若干違う気もしますの。なるほど。


「……わたくしの【黒い羊】は光と闇の性質を併せ持つ♥」


 『順応はや』

 『言いたいだけだろ』


 属性が変わったところで、行動基準は変わっていないようでございます。

 さっそく、【黒い羊】はダンジョンボスへ向かって疾駆し――って。


「はッや!?」


 二倍くらいの速度になっておりません!?

 慌てて追いかけ、わたくしはボスを挟むような位置に向かいますの。

 そうこうしているあいだに、蹄爪の連打が霊体巨人に叩き込まれ、ボスが苦悶の叫び声を上げますの。

 槍? 初撃で叩き折りましたわ。どうやら聖属性が特に良く効いているようですわね。おばけですものねぇ。

 強化されたのはいいことなんですけれども、当然のように、わたくしも狙ってまいります。いつもの倍の速度で。


「わっ、きゃっ、ヤッベ♥ おッほ死ぬッ♥」


 『今日はエンジンかかるの早いな』

 『これが見たかった』

 『白百合さんもこれが見たかったんだろうか』

 『まさかぁ』


 両手のマン=ゴーシュで受け流し。パリィ、パリィ、パリィ――ちょッ、もうッ、速すぎですの!


「お゛ッ♥ 生ぎでルッ♥ ぎもぢぃッ♥ でもこの速さはちょっとマジで死んじゃうかもッ♥」


 ヤバいですの。わたくしの処理能力ギリギリちょっと上くらいの速度で、これ捌き続けるのは不可能ですわ……!?

 どうしましょう!?

 そのときです。


「おー。おこまり?」

「鷹崎娘! ようやくお目覚めですの!? んぎッ♥ ヤッベ♥」

「んう、おこされたの」


 『アリアちゃんキター!』

 『ねぼけなまこでかわいい』

 『まなこ、な』


 いつの間にボス層にやってきたのか、切り株の上をてくてく歩いて近づいてきておりました。

 端っこのほうでは鷹崎父が白百合さんに、どうやら名刺を渡しておられるご様子。じ、自由ですわね……! 子供も親も!

 蜘蛛娘はあくびをしながら「おこまりなら、てつだう」と言いました。


「おほッ♥ じゃ、じゃあ、あの、お゛ッ♥ ボスの動きを押さえてくださいまし!」

「……どっち?」

「おばけのほうでございますッ」


 霊体の女巨人もまたタフで、いまも【黒い羊】と殴り合っているのですけれど、最初の連打以降は警戒心を強めているのか、回避を優先しております。もうアレとわたくしのどっちが先に音を上げるかの勝負になりつつありましたので……。


「ういー。じゃ、【霊糸戒レイト・ショー】だよ」


 蜘蛛娘が来てくださって、助かりました。

 指先からきらきら光る糸が延ばされて、霊体のボスの肉体に絡みつき、地面の切り株にも絡みついて、動きを止めてしまいました。

 なんとかなりそうですわ!


「ぢぬッ♥ ぢんじゃうッ♥」


 と元気よく叫びながら、わたくしはボスを・・・駆けあがりますの。


 『おばけの上を走ってて草』

 『あー、全身聖属性だからイケるのか』


「草を生やすなでございますあぅんッ♥ と、いうわけで……」


 女巨人の肩に立つわたくしに向かって突き出された蹄爪の連打。高速のソレを、両手のマン=ゴーシュで捌き、受け流し――。


 『おいおい』

 『マジか』


 全攻撃、女巨人に押し付けてやりますの。

 蜘蛛娘の糸で固定された女巨人の肉体を、アスレチック遊びのように飛び回りながら、【黒い羊】の攻撃を回避するだけ。

 それだけでいいのですから。


 『黙って戦ってりゃ、マジで凛々しくてカッコいいのになぁ』

 『都合の良い男が欲しいとか言わないならなー』

 『それも松子の良さだから』

 『白百合さんが見たかったのは、間違いなくこれ』


「お褒めに預かり光栄でございます。けれど、黙って何になりますか。生物たるもの、我慢せず! 欲望のままに欲しいものを欲しいと言うのがあるべき姿でございます! ただし、奪うだけでは獣と同じでございますから――」


 連打を受け流し、身を捻って避け、舞い踊ります。


「――人間としての矜持を保ち! 欲しいものは、ルールとマナーを守って手に入れる! それが、誇り高き令嬢の在り方というものでございます」


 最後の一撃。

 蹄爪が霊体の巨人の頭を貫いて、黒い霧に変えてしまいました。



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