第4話



 幸いなことに、三十分ほど歩き回って、下り階段を見つけることができました。

 木々が円状に開けた場所で、広場のようでございます。

 ほっと一息ついて、おそるおそる階段へ向かいます。


 『ぜったいなんかあるな』

 『急におばけとか出てきてビックリさせてほしい』


「恐ろしいことを言わないでくださいまし……。でも、ここまでまったく接敵なしですから、やっぱり蜘蛛娘サマサマですの。おばけ階層とはおさらばですわ」


 さっそく、地面にぽっかり空いた穴から下り階段に――あら?

 穴がぶるぶる震え、霞になって消えてしまいましたの。え? うそでしょ。


 『やっぱり罠じゃん』

 『あーあ』

 『どうするヴィクトリカお嬢様』


 き、期待させておいてこの仕打ち……!


「……あ、あうう……ぐす、ひっく、だんじょんきらいぃ……」


 『泣かないで』

 『鷹崎家の配信も見てるけど、途中でアリアちゃんがお腹すかせてセーフゾーンでご飯休憩に入ったから、実はすでにヴィクトリカお嬢様が追い越してる』

 『かわいい』

 『制覇競争とはなんだったのか』

 『はらぺこアリアちゃんもかわいい』

 『泣かないで』

 『他人の配信の話をするのはマナー違反』

 『いいぞもっと泣け、どんどん幼女退行しろ』

 『最低ニキ最低で草』


「草を生やすなでございますぅ……。まだウロつかないといけないなんて……」


 ここは下り階段ではなかったようでございます。

 ……嘆いていても仕方がありません、探索に戻るしかないでしょう。

 そういうわけで目じりを指で拭って振り返りますと、白いフードを目深にかぶった女の子が、目の前に浮かんでおりました。半透明で腰から下がないタイプの女の子ですの。


「きゃ……きゃあああああっ! やだ! おばけやだ!」


 腰を抜かしながら逃げようとしたら、さらにおばけが現れてわたくしの行く手を塞いできたので、びっくりして尻もちをついてしまいました。

 さらにふわり、ふわりと浮かんで現れ……、その数、十体以上。


「ふぇ……ふぇええ」


 『かわいい』

 『やばくね?』

 『モンスターハウスじゃん、ピンチでは?』


 もうわたくし、精神崩壊寸前でございます。

 腰を抜かしたまま、なんとかマン=ゴーシュを両手で振り回しますけれど、おばけの体をすり抜けてしまいます。

 ――そのまま、わたくしの体もすり抜け、通り過ぎていきます。ぞわ、と全身が震え、呪詛が魂にダメージを与え、体の温度が奪われます。ダイバードレスが魔術的防護によってダメージを軽減してくれますが、さすがに多勢に無勢らしく……。


「や、やだ、やーですの……っ」


 大量のおばけがまとわりついて来て、どんどん寒気が増していきます。

 数十秒もしたら、動けなくなるかも。そうなれば憑りつかれて……。

 生の実感も得られないまま、ただ漫然と死ぬことになります。

 ううう……! そんなの最悪ですの! こういう非実体攻撃系の相手は苦手なんですのよ!


 『やばくね?』

 『純粋物理攻撃効かないから邪属性の【黒い羊】出すしかない』

 『今のヴィクトリカお嬢様に【黒い羊】の攻撃捌く能力あるか?』

 『……やばくね?』

 『公社に救助隊出すよう連絡入れとくべきかも』


 立ち上がって逃げようとしても、数が多すぎてさすがに逃げられませんし、もう完全に腰が抜けてしまっております。

 こうなったら、一か八か【黒い羊】を出して蹴散らすしかないでしょうけれど、わたくしを狙われたら終わりですの。今はパリィできる気がしません。

 終わりですわ、と涙をこぼしていると――。


「助太刀します!」

「……ふぇ?」


 ――真っ白に光り輝く魔力弾がおばけの一体に直撃し、その霊体を黒い塵にしてしまいました。

 顔を上げれば、マスケット銃を構えた銃士姿の女の子が広間の端に立っております。

 彼女はさらに魔力弾を連射して、わたくしに纏わりつくおばけを蹴散らしながら、こちらへと近づいてまいりました。


「あ、あなたは……受付の」

「はい、先ほどぶりです。魂魄修復剤です、呑んでください」


 受付で二番手を譲った女の子ではありませんか! ただの強火ファンじゃなくて、ちゃんと戦える方でしたのね? ラッキー!

 ゆるふわ髪の彼女は魔力弾を連射する合間に、わたくしに向かって薬剤入りの小瓶を放り投げました。ふたを開けて、一息で飲み切ります。……体が芯からあったまっていきますの。


「ご無事ですか、ヴィクトリカお姉様」

「はい、おかげさまで無事……って。お――お姉様?」


 問い返すと、恥ずかしそうにはにかみました。


「あっ、ごめんなさい。いつもそう呼ばせていただいているもので、つい……」

「……あの、もしかして、わたくしのファンでございました?」


 鷹崎家ではなく。


「はい。ずっと、お姉様のことが大好きで……。私は白百合しらゆりと申します」


 照れ照れしながら、どかんどかんと魔力弾を放つ白百合さん。ギャップ萌えですの。

 やはりマスケット銃は魔術杖代わりの触媒でしたのね。ダンジョンスキルではなく、自前の魔力を砲弾に加工して放つ技術。霊体にも効きますの。わたくしも小さいのを一丁、用意しておこうかしら。


 『女性ファンいたのか』

 『そらおるやろ』

 『しらゆり?』

 『なんか見たことあるかも』

 『知らない。誰?』

 『てか助太刀のわりに火力低くね』

 『減る端から増えてる、処理能力足りてない』


 ……え? おばけ増えてるんですの?

 はっと周囲を見渡せば、コメント欄の言う通り、おばけが増え続けております。魔力弾を嫌ってか、まとわりついては来ませんけれど、ざっと五十体はいそうな……。

 ど、どうしましょう! わたくしを救おうとしたせいで、白百合さんまで巻き込んでしまったら、申し訳なさすぎますわ!

 おろおろしていると、白百合さんが困ったように片手を頬に当てました。


「うーん。やっぱり、私の火力じゃ、ちょっと手が足りませんね。お姉様、少々失礼いたします」


 彼女は、ふいに身をかがめて、わたくしにキスをしました。

 ちゅっと。マウス・トゥー・マウスで。

 柔らかいぷるぷるした感触と温かい体温が伝わってきて、ふわりと甘い香りがします。


「……ふぇっ?」


 『えっ』

 『えっ』

 『キマシタワー!』

 『えっ』


 えっ、ちゅーしました? いま? わたくしに?

 ……はじめてだったのに!?


「なななななっ、なにをっ!?」


 慌てるわたくしの全身に、ぎゅん、と魔力が回ります。体が芯から暖かくなり、白い光が溢れてきて……。えっ、わたくしのカラダ、発光しておりません?

 さては――。


「――キスを媒介に発動するダンジョンスキルですわね?」


 冷静に、状況を分析いたします。


「さすがお姉様、お察しの通りです。私の【我が百合花に口づけをセント・ミカエル】は、私の接吻を受けた女性に身体性能を向上させ、聖属性を付与する、女性限定の完全支援特化型ダンジョンスキルなんです。急にキスして申し訳ありませんでした」

「キッズじゃあるまいし、キスごときで慌てたりしませんわよ。あ、処女厨リスナー様にはごめんなさいですけれど」


 『顔真っ赤でかわいい』

 『照れてる』

 『ぜったいファーストキスでしょ』

 『ヴィクトリカお嬢様は、いまは没落してはいますが元々が箱入り娘なので、貞操観念はわりと固めです。少女マンガが好きなので耳年増ですが、男性と付き合ったことはもちろん手を繋いだことすらないです』

 『ダンジョン博識ニキ!』

 『ほな処女かぁ』

 『なんで断言できるんだよw』

 『ダ博ニキ、松子のストーカーかなんかか?』


「だ、だーれが処女ですか、誰が! コイツ! コメントできないようブロックしてやりますの!」

「ヴィクトリカお姉様、戦闘中ですので、リスナーへの折檻は後程でお願いいたします。ともあれ……、いまのお姉様は、全身に聖属性を纏った、まさに聖女と呼ぶべき存在です」


 ……セイセイの実を食った全身聖属性人間ですって?


 『くだらねえこと考えてる顔してるぞ』


 うるせェですの。


「ゆえに、攻撃全てに聖属性が乗り、霊体に攻撃が通ります。おわかりですか?」

「え? 殴れる? おばけを? わたくしが? ――はァーん、完璧に理解いたしましたの」


 マン=ゴーシュを握り直して、わたくしは立ち上がり。

 ケタケタ笑うおばけどもに、短い双剣の先を向けます。


「つまり、お仕置きタイムってことでございますわね?」


 『松子が帰ってきた』

 『ヴィクトリカお嬢様を返して……』



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