第2話



 唱えた直後、わたくしの足元から影が盛り上がり、なにかが生まれました。

 犬どもはそのまがまがしい気配に警戒し、距離を取り始めます……が。

 ぼこりと盛り上がった巨大な黒い影は、ぶッとい四肢を躍動させて一番近い犬へと迫り、その鋭い蹄で八つ裂きにしてしまいます。

 モンスターは、哀れ、黒い霧になって空気に溶けていき、地面にはドロップアイテムが残るだけ。


 『攻撃力たっか』

 『出た』

 『やっちゃえセーバースー!』


 コメント欄も大盛り上がりでございます。うふふ。ふほほ。お、ほほ……ッ。


「お~ほっほっほッ! わたくしの【黒い羊セバスチャン】をお舐めになるなでございますッ! 殲滅性能はダンジョン生まれの蜘蛛娘にだって引けはとりませんわッ!」


 わたくしのダンジョンスキルは、自律行動する悪魔を生み出す悪魔召喚術。

 三メートル近い筋骨隆々とした巨体を執事服ディナージャケットに押し込んだ、大きな巻角を持つ二足歩行の羊の悪魔を。両手の先端は分厚くも鋭い蹄になっていて、鈍器と刃、両方の性質を併せ持っております。

 その性能は見た目通り。相性次第では、ダンジョンボスとだって殴り合えますの。


 ……ただし。

 この悪魔、破格の攻撃性能を誇る代わり、デメリットがふたつございます。

 ひとつが五万ポイントという少々お高めの起動コストに加えて、召喚を継続する限り、毎秒ゴリゴリと減っていく維持コスト。

 そして、もうひとつが……。


「ぬおおッ!? 死ぬッ、死ぬッ、死んじゃうゥですのッ! やッばァ!」


 『出た』

 『なんでこの悪魔、召喚者にも攻撃してくるの!?』

 『悪魔だからね』

 『欠陥魔術で草』


「草を生やすなでございますッ!」


 そう。こやつ、モンスターだけでなく、わたくしにも攻撃してまいりますの。

 なんなら、わたくしへの攻撃頻度がいちばん多いくらいです。

 いまもわたくしに向かって蹄を振り回してきておりますし。

 なので、わたくしは【黒い羊】からの攻撃を避けたりパリィしたりしながら、モンスターをコヤツの暴力に巻き込んでいく形になります。メインウェポンがマン=ゴーシュの二刀流なのも、わたくしが回避に特化しているからですわね。

 盾じゃない理由? 見栄えですの。


「『悲鳴が汚い』『おいたわしや』――おいたわしやじゃねェんですのよッ!」


 『生存技術は個人攻略勢トップ』

 『おいたわしや』

 『生き汚さ全日本一位』

 『こわい』

 『おいたわしや』

 『他人の不幸がいちばんおもろい』

 『最低ニキ、最低で草』


「草をッ、あぶなッ、生やすなでございますッ!」


 【黒い羊】の攻撃が加速し、嵐みたいな勢いになるにつれ、コメントも加速していきますの。わたくしは犬どもみたいにプチっと潰されてしまわないよう、必死こいて回避とパリィを繰り返し続けますの。


「あッぶ! あぶなッ! 生きてるッ! 生き、生きッ――わだぐじ生ぎデるッ♥ 生ぎデるって気持ちいッ♥ 気持ち良すぎですのッ♥」


 『この顔が見たかった』

 『えぇ……?』

 『高度な変態』

 『こわい』

 『殺されかけの姿を実況しないと生を実感できない女』

 『この無差別攻撃スキルとこの難儀な性格のせいでパーティーに無茶させて、前のギルドを追放されたんだよね』

 『妥当で草』

 『もうサイコでしょコイツ』


 いろいろ言われておりますけれど、そんなわたくしを好んで視聴しているアンタらも同族の変態ですわよ。


「――あと! 草を生やすなでございますッ! おッ、死ぬッ♥」



 ●



 さて、モンスターの殲滅を終えた【黒い羊】の召喚継続を解除し、わたくしは汗だくで一息つきます。戦闘しながら移動した結果、猪やら熊やらも参戦してきて、死ぬかと思いましたの。

 ……でも、死ぬかと思っているときが、いちばん生きているって実感できますわよね♥


「さて、第三階層への道も見つけて、素材もそれなりに手に入りましたの。中古で買った"道具袋"の容量がそろそろいっぱいですし、ダンジョン公社が十七時に買い取り受付を閉じちゃう前に帰りたいので、今日はこのあたりで切り上げようと思いますわ」


 『おつ』

 『おつ』

 『おつかれー。いまこのダンジョンの攻略に限ればトップじゃないかな』

 『おつ』

 『制覇報酬を漁夫られないよう気を付けて』


「もちでございます。明日は朝イチでゲートが開いたら再突入ですわ! まあ、わたくしと並走したい方は止めませんけれど……」


 『無差別破壊兵器と並走するやつおりゅ?』

 『故意じゃないとはいえほぼ脅しで草』


「草を生やすなでございます。脅しではなく警告ですの。では、本日はこのあたりで……おつ優雅~!」


 コメントに『おつ優雅~!』が流れていきますの。うふふ、今日はそれなりの稼ぎになりそうですわね。嬉しい限りですの。


「あ、あと、わたくしと結婚したいという殿方――高収入高身長高学歴で女性に優しくてイヤやっぱりわたくしだけに優しくて他のオンナとは一切喋らなくて夜中に電話しても怒らなくて食事は必ず奢ってくれて欲しいアクセをポンポン買ってくれるような、わたくしをドロッドロに甘やかしてくださるイケメンのスパダリ様――大募集ですわ~!」


 『そんなやついねえよ』

 『おいたわしや……もう現実が……』

 『おいたわしや……』

 『お嬢様……おいたわしや……』


「うるっせェ! 人の夢は! 終わらねェんですの!」



 ●



 はー、つら。


 帰宅してジャージに着替えたわたくしは、四畳半のワンルームでストロングな缶のお酒をぐいっとやりつつ、今日の報酬をスマホのダンジョン公社公式アプリで確認いたします。

 余った投げ魔力を換金して、回収した犬やら猪やらのドロップアイテムも売却して、数十万円の利益は出ましたけれど……、大半が借金返済に充てられることでしょう。わたくしの手取りはせいぜい五千円くらいかしら。


 旧華族の血を引く高貴なわたくしの家族でございますけれど、ンまー、ビジネスの才能には血筋なんて関係ございませんわよねぇ。親愛なるクソお父様が株取引と会社経営で不正やらかして多額の負債を抱えた末に浮気までバレて蒸発しました。

 なお、お母様は――実の母を表現する形容詞じゃありませんけれど――エロ同人誌から抜け出してきたんかっていうくらいのドスケベボディの美ババア様でございまして、さらっと日本を逃げ出して海外のセレブと再婚し、幸せにやっております。羨ましすぎる。


 ともあれ。

 詳しい話は省きますけれど、家を売ったり会社を売ったり株式を売ったりなんだりかんだりした結果、わたくしの手元にはざっくり十億円ほど借金が残ったのでございます。

 ……それも、後ろ暗いところからの借金が。

 で。


『わたくしにカラダを売れというのですね!? お母様譲りのこのドスケベボディを!』

『ああ!? ざっけんな、人間がひとりカラダ売ったくらいでン億円も稼げるかいドアホウ! 嬢ちゃんアンタ土御門の系譜だろ、適性あるんだからダンジョン潜って稼いで来い!』


 という会話がございまして、わたくしはダイバーになったのでございます。

 それも、地下階層深くに潜って危険なモンスターと死闘を繰り広げ希少な資源を持ち帰り、時にはダンジョンを制覇して全資材をまるっといただく攻略ガチ勢に。


 前に所属させていただいていたギルドから追放されたのも、実は借金のせいなのでございます。ダンジョンスキルがソロ向き……というか集団戦に向かないのも事実でございますが、いやー、やっぱり借金あること隠してギルド入っちゃダメですわよねぇ。

 しかも債権者がヤとかマルとか暴とかで表現される方々ですもの。

 そりゃ追放されますわよ。


「かーッ! ストロングなお酒とヤッベェ悪魔だけがわたくしの相棒ですの!」


 呑み終えた缶を壁際に積み上げます。……もうすでに天井まで届いており、一部では崩壊も始まっておりまして、四畳半しかない我がワンルーム賃貸はさらに狭くなっておりますけれど、まあ良しとしましょう。

 床に放置されたカップ麺の空き容器も増え続けておりますが、いいじゃないですか。生活感があるのもギャップのうちですわ。

 そのうちまとめて捨てますし。ホントに。


 空き缶ウォールと逆サイドの壁際にある、万年床のせんべい布団の上からプチプラのコスメをガサガサ押しやって、ぐでっと寝っ転がります。


「あ゛~……。明日も埼玉のダンジョンまでチャリで行ってェ、ダンジョン公社の仮設トイレで着替えてェ……、朝イチでダイブすると考えたら、四時起きですわねぇ」


 はァ~! 人生、ツレェですわ~!


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