第4話 大学生になった。

 秋也は小学生のころから「甲子園に行くのが夢なんだ」と毎日練習していた。

 憧れはそれはそれは強く、俺の「夏輝」という名前を「甲子園の季節じゃん」とうらやましがるほどだった。


 けれど、とうとう夢叶うことなく高校を卒業した。

 それを傍で見ていた俺は「やっぱ努力なんて才能がなきゃしても無駄だな」と学習して、大学では飲み会サークルに入った。


 表向きは演劇サークルで、一部の奴らはちゃんと稽古してるけど、俺は昼間にメンバーと顔を合わせたことはない。

 ところがある日。


「は? 参加しなきゃ除籍?」

「どうやら部長本気らしい。だからその日だけは稽古来いよ」


 演劇サークルの稽古に一日だけ出ることになった。

 部長が伝手をたどって一昔前に一世を風靡したドラマの主演女優を一日指導員として呼んだらしい。


 当日本気の人間しか集まらないなんてことになったら四、五人の小規模団体になってしまうため、サークルに在籍している人間は全員参加が義務付けられた。

 そして当日。俺は息を呑んだ。


 愛里じゃん!

 小学生の頃に夢中になっていた『盲目のシンデレラ』の主人公がそこにいた。


「腹式呼吸から教えます」


 俺の動揺も知らず、女優の美田園キミコは基礎の基礎から指導し始めた。

 あらかじめ初心者ばかりだと伝えてあったのか?

 と思ったが部長が不満そうな顔をしたのでそうではないらしい。


「口の開き方をきちんと覚えて」


 しばらくそう指導した後。


「今までやった演目の台本はある?」


 美田園キミコがそう聞いてきたので、やっと演技指導かと部長はいさんで台本を渡した。

 美田園キミコは最初のページを開いて軽く目を通すと。


「男子は王子のセリフ一行目を、女子は姫のセリフ一行目を読んでみなさい」


 脚本を担当した女子は緊張した表情をしていたが、台本の内容は全く関係ないみたいだった。

 一人ずつセリフを言っていくが、その中で普段から稽古していた人間たちが驚いた表情をしていた。


「セリフに感情をこめやすくなったでしょう。呼吸は大事よ」


 ほう、この言葉からすると、普段から稽古してた奴らは自分の変化に驚いてたんだな。

 そんなに違うんだ。

 それから美しい所作の指導に移ったけど、まるで新入社員のマナー講座だった。


 それでも腹式呼吸の前例から、かならず演技に活かされるはずだという信頼がある。

 その日の指導の最後に、美田園キミコはこんなことを言った。


「努力は報われるというのは嘘よ。成功するか否か決めるのはほとんどは運。でもね、最初から努力しない人には運もついてこないものなのよ」


 ドキリとした。

 俺は、なにも努力していない。

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