あなたは俺にとって虹みたいな人だから

音雪香林(旧名:雪の香り。)

第1話 『盲目のシンデレラ』

 早く出なきゃ。

 ドラマはじまっちまう!

 だがそういうときにかぎって、風呂に入る前に母に言われたことを思い出す。


「百数えるまで湯船出ちゃダメよ」


 イライラするが、逆らって鉄拳制裁を下されるのはごめんなので母に聞こえるよう大声かつ早口で百数えた。


「……九十九、百!」


 数え終わると速攻で湯船から出た。

 バスタオルで素早く全身を拭き、青と白のストライプのパジャマの下を履き上を羽織ってテレビのあるリビングへ一目散。


 廊下を駆け抜けバンッと扉を開け室内に入る。

 父母が三人掛けの黒いソファの端に座っている。

 ぽっかり空いた真ん中はオレの特等席だ。

 

 早足の勢いそのままに乱暴に座る。

 テレビへ視線を向けると洗剤のコマーシャルが流れている。

 どうやら間に合ったようだ。


「本当に夏輝はこのドラマが好きだなぁ」


 父がニコニコ笑いながら頭をなでてくる。


「前も留めないで出てくるなんて、まったく。きちんとしないとテレビ禁止にするよ。もう十歳なんだから」


 母の言葉にあわてて前ボタンを留めていく。

 そうこうしているうちに主題歌が流れ始めた。

 テレビに目を向けると花束が画面いっぱいに映り、それを背景に『盲目のシンデレラ』という字が浮かび上がってくる。


 このドラマの主人公は二十歳の目の見えない女性なのだ。

 彼女とお金持ちの息子の恋愛模様が主な見どころで、女性向けのストーリーだ。

 でも、オレは彼女のファンだ。


『期待にこたえたいという気持ちは、あなたのやさしさからくる思いだと、私は知っているわ。私はあなたにそのやさしさを貫ける強さがあるって知っているの』


 多くの従業員を抱える会社の跡取りとしてのプレッシャーを弱弱しく語り出すお金持ちの息子に、そっと言葉をかけ寄り添う様子が、俺の心をわしづかみにする。


 役者が演じている「ニセモノ」だと知っているのに、「ホンモノ」の手触りを感じるのだ。


 何故なのか原因はわからない。

 ただ、目と心が引き寄せられる。


『ごめんなさい。ありがとう』


 彼女は目が見えないから人の手を借りることも多く、この言葉はよく口にする。不思議と「ごめんなさい」より「ありがとう」の気持ちの方が大きいように感じる声の響きも好きだった。やがてエンディングが流れる。


「最終回であの人たち結婚するのかねぇ。夏輝はどう思う?」


 父がビールを飲みながら聞いてくる、が。


「興味ない」


 オレはストーリーにはとんと興味がなかった。

 ただ彼女を見ていたかった。


 彼女のように「ホンモノ」を生み出す人になりたいと、落ち着かなく走り出したい気持ちになるのだ。

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