第3話 いっぱしの役者のつもりだったのに……。

 今日も今日とて朝礼のため全校生徒の集まった体育館で秋也とドラマの話をする。

 校長先生の到着を待つ間みんな近くの友達と話してるからがやがやしてる。

 念のため確実に秋也に聞こえるようちょっと大きめの声を出す。


「オレは少し距離があるところから呼ばれて、愛里が白杖で道を叩きながら声の方へ向かうシーンがよかった。伊月の声だってすぐわかって、早く近づきたいっていつもより早足な感じなとこ」


 伊月とはお金持ちの息子の名前だ。


「夏輝の好きなシーンっていつも些細なシーンだよね。僕覚えてない」


 感心してるのか呆れてるのかわからない様子で秋也は首を傾げる。


「再現してやるよ。名前呼んで。目つぶって近づくから」


 言いながらオレたち二人は後ろの空いてるスペースに移動する。

 オレは秋也から数メートル離れた場所に立つ。


「いい? じゃ、呼ぶよー。愛里!」


 俺はまぶたを閉じて暗い視界の中歩き始めた。

 秋也の声こっちから聞こえてきたよな?

 小股でゆっくり進んでいくが。


「夏輝、それてるそれてる! 僕はこっちだって!」


 今は愛里だろうと心の中で文句を言いながら俺は足を向ける方向を変える。


「なぁにアレ、老眼とボケでさまようおじいちゃんみたい」


 聞こえてきた、悪気のない女の子の感想。

 俺は足を止めた。


「夏輝、気にすることないよ!」


 秋也が歩み寄って来て慰めてくれるが、オレのショックは和らがない。

 きちんと演技できてると、いっぱしの役者のつもりだったのに……。


 それからのオレは、愛里のマネをすることは二度となかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る