61.その世界を探して

 呆気ない幕切れだった。

 庁舎ビルでドラゴンを瞬殺した少年が今度は官邸前に現れ、そこで再び魔物と戦う。最初こそ有利に戦いを進めていたが、途中で何か会話をした後急に倒れてしまった。

 少年を応援していたテレビやネット民からは悲しみや不安の声が溢れる。



【ま、負けちゃたの??】

【あの子、強かったのにどうしたん!?】

【マジで敗北??】

【何されたの、何も見えんかったけど……】

【ヤバいよ、これ】

【あんなのが暴れたらまじシャレにならん】



 戦いの場にある官邸内でも不安の声が溢れる。


「総理、負けたんですか!?」

「倒れたまま動かないですよ、総理!!」

「総理!!」

「総理、聞いていますか!!!」


 テレビ画面を見つめたまま動かなくなった総理に、周りの大臣達が何度も声をかける。



(藤堂久須男が負けたら、この国はもう終わりだ……)


 彼が負けて自分も終わる。

 なぜあの時彼に謝罪して協力を得なかったのだろうか。きちんと体勢を整えていればあの化け物にも対応できたのかも知れない。総理は黙って画面に映る倒れたままの久須男を見つめた。





「ああ、清々しい……」


 倒れた久須男を前に譲二が青い空に向かってつぶやく。



「ついにこの俺が最強だと証明された」


 強靭な肉体に、リッチ譲りの死霊術。久須男が倒れた以上、赤ダンジョンのボスを務める譲二にもはや敵はいなかった。




「許さぬぞ、貴様……」


 暗黒騎士のハーンがギシギシと壊れた鎧を軋ませながら立ち上がる。


「藤堂、私が今行くから!!!」


 綾も倒れた久須男の元へと走り出す。




「来るんじゃねえ!!!!」


 突然大声で叫ぶ譲二。走り掛けていた綾やチェル、立ち上がったハーンがビクンと体を震わせる。譲二が言う。



「こいつはよお、今からこの俺がきちんと葬ってやる。ミンチにしてな」



「き、貴様!!!!!」


 怒りで体を震わせるハーン。そこへ大きな女の声が響いた。




「久須男様あああああ!!!!」


 それは小さなケルベロスの背に乗って現れた栗色の髪の女の子。綾が言う。



「イ、イリア!?」


 イリアは真っ先に倒れている久須男の元に駆け寄り、その頭を抱きしめて言う。



「久須男様、久須男様、起きてください!! 大丈夫です、大丈夫ですから!!!」


 涙を流して叫ぶイリアを前に、譲二が近付いて言う。



「てめえはマーゼルの姫とか言うやつか。目障りなんだよ、お前えら!!!」


 振り上げられる譲二の拳。イリアが目を閉じる。



 ガン!!!


 恐る恐るイリアが目を開けると、振り下ろされた譲二の拳は自分の顔の前で止まっていた。



「あがっ、ぐごっ……、ごごごっ……」


 そして気付くとそれまで横に倒れていたはずの久須男が体を起こし、イリアを殴ろうとした譲二の腹部に右拳を打ち込んでいた。久須男の不意打ちに譲二がその場に崩れ落ちる。



「久須男様っ!!」


 立ち上がった久須男にイリアが大きな声で名前を呼ぶ。


「イリア!」


 久須男がイリアを抱きかかえる。

 腹部を殴られ横になった悶絶しそうな顔で譲二が言う。



「な、なぜだ!? お前の魂は確実に途切れたはず……」


 死霊リッチの特技『大いなる鎮魂曲グレートレクイエム』。

 多くの体力を消耗し、発動までに少し時間がかかるのが難点だが確実に相手を葬る恐ろしい術。確実に久須男にかかったはず。だがその彼は息を吹き返し起き上がっている。イリアが言う。



「『王家のお守り』のお陰です!!」


 よろよろと立ち上がって状況が理解できない譲二にイリアが言う。



「王家のお守り!? 何だ、そりゃ……」


 イリアが久須男に尋ねる。



「久須男様、さっき私が渡した装飾品はお持ちですか?」


「ああ、ここに……」


 そう言ってポケットから取り出した真珠のような球の付いた装飾品。取り出すとその真珠にひびが入ってしまっていた。イリアが言う。



「これは呪術や呪いの類から身を守るお守り。呪いに遭うと宝玉が身代わりになって割れてくれるんです。マーゼル王家に伝わる秘宝なんですよ。久須男様がご無事でよかった……」


「そんな大切なものを俺に……」


 驚く久須男にイリアが言う。



「久須男様は私にとってかけがえのないお方。こんなものなど大したことはありません」


「イリア、ありがとう……」


 久須男はいつも自分のことを考えてくれるイリアに心から感謝する。




「そんな馬鹿な、くそ、くそっ……」


 久須男からの集中攻撃、死霊の呪術でほぼ力を使い果たした譲二がフラフラになりながら言う。久須男が言う。



「イリア、下がってな」


「はい、久須男様!」


 イリアはそう答えると笑顔で綾達の元へと走る。



「くそっ、くそくそっ!!!!」


 譲二が拳を握り何度も悔しがる。



(『神眼』……、やはり見えないか……)


 久須男は何度か譲二に対して『神眼』で急所を探るが見つからない。幾度に渡る確認、さらに今弱った彼なら楽に見つけられるはずである。



(それならば……)


 久須男が魔法の詠唱を行う。



「白魔法、シャイニングサン!!!!」


 アンデッドのヴァンパイアマスターを滅した退魔の魔法。白く輝く太陽のような強烈な光を放つ白魔法。その光には闇属性の魔物が嫌う明かりが含まれている。譲二が顔の前に手を掲げ叫ぶ。



「ま、眩しい!! 何のつもりだ!!!」


(まだ足りない……、ならば!!!)



 久須男は譲二の真上で輝く白魔法に更に魔力を注ぎ込む。


「燃えろ、燃えろ、白く燃えろおおおお!!」



 そして譲二に異変が起き始める。



「え? なんだ!? 熱い?? 熱いぞ……」


 眩しいだけだった白い光が、いつしか体を焦がすような熱へと変わっていく。体の表面と言うよりは奥の方で何かが焦げ始めるような感覚。譲二が頭を押さえながら地面に座り込み悶え始める。



「うぐっ、がガガッ……、グガアアアアア……」


 遠くで見ていた綾達。眩しい光の中苦しみ始めた譲二を見て言う。



「あ、あれ、どうしたの……!?」


 譲二の体から何やら黒い影のようなものが空に向かって出始めた。やがてそれは真っ白な光の中、骸骨のような模様となって実体化する。久須男が叫ぶ。



「そこか!!! 白魔法、シャイニングアロー!!!!!」


 その手から放たれる白銀の矢。

 それが譲二の体から出た黒い骸骨の体を貫くと辺り一面に大きな叫び声が上がった。



「ギャガアアアアアアア!!!!!!」


 久須男にはしっかりとその赤いバツ印をその矢が貫いたのが見えた。




 ドン……


 黒い影が抜けた譲二が地面に倒れる。

 その体の大きさは以前の譲二のサイズに戻り、そして真っ黒だった体の色は褐色の元の彼の肌色に戻っていた。



「……ふう、終わった」


 澄み切った青空を見上げ久須男が大きく息を吐く。



「久須男様ああああ!!!」


 そんな彼に栗色の彼女が大きな声で名前を呼びながら駆け付けた。






「本当に申し訳なかった。許して欲しい」


 後日、秘密裏に総理官邸に呼ばれた久須男とイリアに総理大臣が深々と頭を下げた。同席した真田も驚くほど潔い謝罪。総理が言う。



「久須男君の力を是非我々に貸して欲しい。君が居なければこの国の安定が保てない」


 真剣に頼み込む総理に久須男が少し困った顔で答える。



「いえ、別にいいんですけど、俺、こっちの世界にいる時間ってあんまりないですから」


「我儘は言わん。あのような魔物が出た時に真っ先に力を貸して欲しい。それから国民向けに君が攻略班の大隊長として指揮を執っているということにして通知させて欲しい」



 突如街中に現れた凶悪な魔物。そのショッキングな映像に連日ネットやワイドショーはその話題で持ち切りとなった。

 準備をしてから公表するつもりでいた政府は大慌てでその火消しに走り、記者会見で『ダンジョン攻略室』の存在を公表。その班の中心でエースと呼ばれる高校生・藤堂久須男を前面に押し出すことで混乱しかけていた世間の沈静化に成功した。



「大隊長って、俺……、何にもできないですよ……」


 全く聞いていない話。知らない所でどんどんと何かが決まっていく現状に久須男が不快感を示す。真田が言う。



「班の基本管理は私、精神的支柱は久須男君に担って貰うつもりだ。こうなった以上、申し訳ないが国の為、みんなの為に力を貸して欲しい」


 真田には色々とお世話になっている。彼からの頼みは断れないのを知った上で総理は彼を同席させている。久須男が渋々答える。



「分かりました。こっちの世界にいる間は全面協力しましょう。居ない間は深雪や綾に言ってください」


「分かった。協力感謝するよ」


 深雪と綾はしかいないフュージョン適合者として、副隊長に就任し班全体の監督を行う。久須男がいない場合の代理の仕事を行う。




「そう言えば仙石さんの具合はどうでしょうか?」


 真田の顔に影が映る。


「残念だが、あまり変わりはない……」


「そうですか」


 仙石譲二は死霊リッチからの離体に成功後、意識を失って病院へと運ばれた。

 大きな怪我などはないが酷く衰弱しており一時命の危険もあったが、今は容態は安定している。ただまだまともに会話できるほど回復しておらず、またフュージョン能力も失ってしまっていた。時々見舞いに来るレスターの顔が辛くて見ていられないほどだ。久須男が立ち上がって頭を下げて言う。



「では、この辺で失礼します」


「ああ、またいつでも来て欲しい」


「ええ」


 久須男とイリアはそう答えると来賓室を出る。総理が言う。



「彼が賛同してくれて本当に良かった。これで安泰だな」


「ええ、そうですね……」


 そう答えながらも真田の心は真逆のことを考えていた。



(彼がいなくても立ちまわれる戦力を整えなければ……)


 仙石譲二というフュージョン適合者を失った真田は深いため息をついた。






(生きてる、生きてる、私は生きてる!!!)


 真っ黒なフード付きのコートに身を包んだそのカールの美しい女性はひとり生への喜びを嚙み締めた。



(ダンジョンが、そしてリッチ様が消えた後でも私は生きている!! しかもこの楽園で。こんな幸運を無駄にしてなるものですか!!)


 ダンジョンボスを失ったウィッチは譲二が敗北する直前、その混乱に乗じてひとり姿を消した。不安だった消滅との戦い。いつ煙のようになって消えるのか心配しながら過ごした数日。



「だが私は生きている!!! きゃははははっ!!!!」


 ウィッチは初めて何かが認められた気持ちになった。



(復讐してやるわ。このくだらない人間どもに。だけどそれは今じゃない。いつか来るその日の為にこれからしっかりと力をつける必要があるわ……)


 ウィッチは深くフードを被り直すと、不敵な笑みを浮かべ姿を消した。






「さあ、行こうか。みんな!」


 ダンジョン入り口の前に立った久須男が皆に言う。



「はい、久須男様!!」

「ワン!」

「かしこまりました、ご主人様」

「御意。我が主よ」


 通称『魔物軍団』。久須男が率いるケロン、ハーン、トーコの集団のことである。ダンジョン攻略や迷い人の捜索は専ら攻略班に任せている。

 そして久須男が今毎日行っているのが、この『七色ダンジョン』の攻略である。イリアが言う。



「久須男様、今日こそ当たりだといいですね」


「ああ、多分今日は当たりだ」


 イリアはそれに笑顔で応える。

 彼女の生まれた場所。マーゼルの世界に向かって久須男達が一歩歩みを進める。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


これで完結となります。

最後までお読み頂きましてありがとうございました!

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異世界の姫様にフュージョン(融合)された俺が、現代に現れた政府お手上げのダンジョンで無双する。 サイトウ純蒼 @junso32

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