60.最強の魔物vs最強攻略者
【これって現実なんだよな……】
全国でテレビを見ていた人が皆そう思った。
画面に映し出される異形の生物。空想上の生き物として知られているドラゴンが、本物の姿を晒して暴れている。映像では警官らしき人達が拳銃を発砲をするも全く効いていない様子。
突然現れた女の子ふたりも剣や水を放出させて戦うが、あっと言う間に窮地に追い込まれる。
【どういうこと、どういうこと?】
【誰か説明おねしゃす】
【これマジならヤバいわ】
【自衛隊はよ】
【女の子が戦うってことどういうこと?】
【避難した方がいいじゃね?】
ネットでは不審がる声も上がり、一部では地方へ避難する者も出始めている。意外な形でダンジョンの魔物が全国民に知られることになり国自体が動揺し始めていた。
「総理、どうしましょうか!!」
「ご指示を、総理!!」
総理官邸に急遽集まった大臣や閣僚を前に、内閣総理大臣は大量の脂汗を流していた。極秘裏に進めていたダンジョン捜索。魔物の存在の公表は最後にするつもりだった。
(どうするって、こちらが聞きたいぐらいだ……)
そんな中で起きた魔物の襲撃事件。規模も大きく今回は映画の撮影などと言う言い訳もできない。想定に反して最悪の形で国民に知られてしまった。大臣が言う。
「総理、一刻も早くあの魔物を倒して、国がすべて管理できるところを見せつけなければなりません!」
「強い政府、強い国。これをしっかりと国民に証明できなければ大混乱が起こります!!」
「総理!!」
「総理っ!!!」
総理大臣は混乱する頭を抱え黙り込んでしまう。
「総理、あの最後に現れた少年がF組最強の高校生でしょうか?」
ダンジョン攻略室に直接関係のない者でも、魔物やそれに対抗するF組のことは知っている。無論、最強と呼ばれる少年の噂も。総理がぼそっと言う。
「藤堂、久須男……」
大臣が大声で言う。
「総理、至急かの少年に魔物討伐のご指示をお願いします!!!」
集まった大臣や高官の視線が総理に集まる。総理の額に粒のような脂汗が流れる。
「あ、いや、その……」
まさか愛人の部屋で不倫をしていた弟の捜索を命じ、断られたから怒りで除名にしたとは言えない。しかしながら久須男を除く攻略班のすべてが敗北しており、彼に依頼する以外道はない。
そんな重い空気の中、テレビ画面にF組最強の高校生が凶悪なドラゴンを瞬殺する映像が映し出される。
「おお……」
久須男のことは知っていてもその顔は知らない大臣達。あまりに見事な戦いぶりに皆が目を奪われる。
「総理!! 彼がF組最強の高校生ですね!?」
「強い……、無敵じゃないか……」
「総理は既に手を打たれていたんですね!!」
久須男の活躍を見た大臣達に安堵の空気が広がる。彼が来てくれればこの官邸前の戦いも安泰。国の最高機関が逃げずに済む。総理が引きつった顔で答える。
「そ、そうだ。もう私がすべて手配している。心配することはない。間もなく彼がこの官邸前にやって来る……」
「おお……」
「さすが総理だ……」
大臣達の顔に喜びの笑みが浮かぶ。
(謝らなくては、すぐにでも彼に謝らなくては……、でも、許してくれるかな……、そうだ! まずは、真田君に相談して……)
少し明るくなった緊急会議の場。総理大臣ひとりが青い顔をしていることに誰も気づかない。そしてテレビ画面の映像は、くしくも総理の言葉通り官邸前に現れた久須男の姿を映し出した。
「さあ、やろうぜ。最強の名を懸けた戦いを」
真っ黒な褐色の肌。以前より更に盛り上がった筋肉。放たれる邪気。同じスキンヘッドの姿ではあるが、既にその姿は以前の譲二と似て非なるものである。久須男が尋ねる。
「仙石さん、庁舎ビルの魔物もあなたの仕業なんですか?」
久須男の前までゆっくりと歩み寄った譲二が答える。
「ああ、そうよ。ドラは倒したんだな? さすがよ」
そう言いつつも余裕の表情の譲二。
「なんでこんなことするんですか!? あの庁舎には仲間がたくさん……」
「なぜって!? がははははっ!! そりゃ簡単よ。俺がお前を殺して最強の名を得る。攻略班の奴ら? 知らねえぜ、そんなもん」
「……」
無言になる久須男。話の内容、そして彼から感じるオーラはもはや人間のものではない。譲二が指をパキパキならしながら言う。
「もういいじぇねえか、くだらない話なんて。さっさとやろうぜ」
(『神眼』……)
覚悟を決めた久須男が譲二の分析を行う。
【物理耐性:50% 魔法耐性:50% 状態異常:無効】
全ての攻撃が半減され、そして異常も効かない。久須男が思う。
(十分!! だって半分も通るんだぜ!!!!)
「土魔法、ロックシュート!!!!」
久須男の周りから現れた岩がぐるぐると回転し、そのまま勢いよく譲二へと放たれる。
「ふん!!!!」
ガン、ガガーーーーーン!!!!
それを自慢の拳で一気に破壊する譲二。
「はああああああ!!!!」
砕かれた岩の中から目の前に迫って来た久須男が右手を繰り出す。
ガン!!!!!!!
譲二もそれに右拳で対抗。ぶつかり合うふたりの拳が低い音を立てて辺り一面に響く。
「くっ!」
お互い予想以上の衝撃に一歩後退。久須男が至近距離で魔法を放つ。
「炎魔法、フレイムショット!!!!」
ドン、ドドオオオン!!!!
目の前で放たれる炎の上級魔法。譲二はそれを腕を立てガードして受け止める。
「うぐぐぐっ……」
そのまま魔法の勢いで後方まで下がる譲二。大きく息をする久須男を見つめて言う。
「強ええな、さすがだぜ」
その言葉とは裏腹に譲二の表情は余裕が漂う。久須男は一度は片付けた剣を再びアイテムボックスから取り出して言う。
「次は本気で斬る。もうあなたを仲間とは思わない」
譲二が笑いながら答える。
「いいぜえ。かかって来いよ、クソガキが!」
シュン!!!
一瞬で消える久須男。
そして譲二の真横に現れたと思ったらその手にした白銀の剣で斬りつける。
ガン!!!!
譲二はその鋭い一撃を自慢の拳で受け止める。
(剣の攻撃を素手で防いだ!?)
「はああああ!!!!」
そして繰り出される譲二の太い足での蹴り。
「風魔法、ウィンドボム!!!」
久須男はそれを風の魔法で防御。破裂した風の球体の勢いで両者後ろに吹き飛ばされる。
「すごい……、お互い一瞬の判断で攻防している……」
その戦いの様子を後方から見ていた綾がつぶやく。久須男と譲二。両者一歩も引かない展開に緊張した空気が張り詰める。久須男が思う。
(強い。強いんだけど、全く敵わない相手じゃない。ただ……)
久須男は何か自分の中に芽生えた違和感を思いつつ、剣を振り上げて突進する。
「はああああああ!!!!」
ガンガンガン、ガン!!!!!
再び交わる剣と拳。
速く、衝撃音を伴った振動が辺りに響く。
(氷魔法、アイスピラー!!)
久須男は剣を振りながら魔法を詠唱。譲二はいきなり後方から伸びて来た氷の柱に背中を攻撃される。
「ぐっ!!」
氷の柱が譲二の背中を捉え、一瞬隙ができた彼を久須男が高速で剣を打ち込む。
ガンガンガンガンガン!!!!
防戦一方となる譲二。たまらず後方へ跳躍するように逃げたのだが、ふとそれに気付いた彼の表情が変わる。
「なに!? いつの間に!!!」
後方へ下がった譲二の周りに無数の魔法の球が浮かんでいる。赤色、青色、緑色、その色は様々。譲二はそれが久須男の攻撃魔法だと直ぐに気付いた。
「これで消えろおおお!!!」
ドオオオオオオオオオオオオン!!!!!
「ぐわあああああ!!!!」
半減されているとは言え久須男の渾身の魔法攻撃をまともに受けた譲二が大きな悲鳴を上げてその場に倒れる。
(譲二様が負ける、譲二様が負ける……)
綾達と同じくその戦況を後方から見ていたウィッチの顔色が変わる。絶対だと信じていた譲二がいきなり現れた男の攻撃を受けて倒れてしまった。
(逃げる、逃げる……? あ、そうだわ……)
恐怖のどん底に落とされたウィッチの頭にあることが思い浮かぶ。
(ここはダンジョンではない楽園。ダンジョンボスの譲二様が倒されても、ここに居れば私は消えないのでは……)
ウィッチはその可能性を思い興奮し始める。
「うぐっ、ごほっ、ごほっ……」
倒れていた譲二がよろよろと起き上がり、少し離れた場所にいる久須男を見つめる。久須男が剣を構えて言う。
「この次で決める!!!!」
その圧倒的なオーラはもはや手負いの譲二を遥かに凌ぐものだった。
「くくくっ、あーははははははっ!!!!!」
「!?」
突然大声で笑い出す譲二。意味が分からない久須男がその顔を見つめる。譲二が久須男に向かって大声で言う。
「五分」
「え? 五分……??」
やはり意味の分からない久須男。ただ圧倒的な嫌な感じが譲二から漂う。
「ああ、五分だ。俺はお前との戦いを五分、耐えればいいだけだ」
「どういう意味だ??」
聞き返す久須男に譲二が答える。
「俺を乗っ取った魔物は死霊リッチ。死を司る魔物でな、色んな死術も使えるんだぜ」
「死術……?」
久須男の体が固まる。
「ああ、そうだ。集中に時間が掛かり俺の全精力を使っちまうが、この術を掛けられればほぼその相手は死ぬ。いや、もう死は確定なんだけどな!!!!」
「!!」
久須男の抱いていた違和感の正体が判明した。譲二が大声で叫ぶ。
「発動せよ、
「えっ!?」
久須男は全身の力が抜け、その場に立っていられなくなり崩れるように地面に倒れる。顔は青ざめ目の色が薄くなっていく。
「と、藤堂ーーーーーっ!!!!」
「久須男さん!!!!」
綾とチェルが大声で叫ぶもその声が届かない。
「わ、我が主よ!!!!!」
ハーンも駆けつけようとするが破壊された鎧が修復されずに動けない。譲二が笑いながら言う。
「がはははははっ、お前に贈る鎮魂歌。安らかに逝けよ、最強攻略者さんよ!!!」
譲二の前に倒れた久須男。
彼の下品な笑い声が辺り一面に響く官邸前。その思いがけない映像は電波を通して全国に放送された。
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