59.黒騎士の戦い

 戦いには相性がある。

 物理攻撃や魔法攻撃、魔法の中にも様々な属性があり弱点を突けば優位に戦いを進められる。その他異常状態ができる攻撃もあれば、自然などの周りの環境を力にして戦う者もいる。

 そして相性という点においては、ハーンにとってウィッチと言う相手はまさに最悪の相手であった。



「ねえ~、もういい加減諦めたら~?」


 物理耐性96%を誇るデュラハーン。

 彼がもしドラゴニアや譲二との戦いを担当していたら結果は違っていたかもしれない。



「まだ、まだだ……」


 既に漆黒の愛馬は重傷を負い戦線離脱。

 ハーン自身も自慢の黒き鎧が半壊され、立っているだけで精一杯である。ウィッチが言う。



「魔法が苦手なんでしょ?? なーんで向かって来るの~??」


「なんでだと? 貴殿に言っても分からぬだろう」


 ハーンは久須男の家で彼の父親の話を思い出す。





「我々は大丈夫だ。ハーンさんとケロンは彼らの救助に向かって欲しい」


 ハーンは久須男の父親が持つスマホに映し出された臨時ニュースを見つめる。そこには政府庁舎ビルで暴れるドラゴニアと、総理官邸前で同じく戦いを繰り広げるウィッチや譲二の姿が映し出されている。ハーンが悩みながらそれに答える。



「お父上殿、我が主人よりご家族の守護を言いつけられました。それ故我々は……」


 ケロンも少ししょんぼりした顔で父親を見つめる。



「そうか。でも私達はきっと大丈夫だ。それよりも彼らの方が危ない。お願いだ。是非助けに向かって欲しい」


「お父上殿……」


 その意見は正しいと思った。

 久須男なら仲間の危機を放って置くことはしない。何よりも優先して駆け付けるであろう。父親が言う。



「あのF組と言う方々も久須男の仲間。言ってみれば家族のようなもの。その救助に向かうことに何の負い目を感じなくてもいいと思うよ」



「……」


 黙り込むハーン。父親が言う。



「さあ、早く行きなさい」


「だが……」


 未だ迷うハーンに母親が言う。



「大丈夫よ、アンコックさん。久須男もそれを望んでいるから!」


 ハーンは久須男より両親の言うことを聞くように命じられていた。しかし彼らの身の安全を思えば容易に動くことはできないでいた。だが心は決まった。



「……御意。さすれば我とケロンとで主のご友人の救助に行くことに致します」


「ワン!」


 ケロンもそれに同意する。こずえが言う。



「気を付けてね、ふたりとも」


「お言葉感謝致します。では失礼」


 ハーンは愛馬に乗り、ケロンも軽く吠えてからその場から消え去る。母親が言う。



「久須男は一体どこに行ってしまったんでしょうね」


「大丈夫。あいつはもう私達が心配するような子じゃないんだよ」


 父親は堂々と馬に乗り去って行くハーンの後姿を見てそう答えた。






「火魔法、ファイヤボム!!!」


 ゴオオオオオ!!!



 ザン!! ドオオオオン!!!!!


 ウィッチが放った業火の球をハーンが持っていた漆黒の剣で叩き斬る。同時に起こる爆発。周りにいる警官達がその凄まじい戦い体を震わせる。

 だが魔法だけなら上級魔物の中でもトップクラスのウィッチに対して、魔法耐性がほぼ皆無のハーンの劣勢は時を経るごとに顕著になっていた。



「土魔法、アースライド!!」


 ゴゴゴッ……



「くっ!!」


 アスファルトの道路が割け、その下から土が盛り上がって行く。



「きゃはははっ! これでもう逃げられないでしょ??」


 盛り上がった土の上に立たされるハーン。降りようとする彼にウィッチが容赦なく魔法を放つ。



「炎魔法、ヴァーンショット!!」

「土魔法、ビッグストーン!」

「風魔法、ウィンドスクリュー!!!」

「それから~、氷魔法、アイスボム!!!」



 ドン、ドドオオオン!!! ドオオオオオオオオン!!!!!


 魔法の標的にされたハーンがウィッチの連続魔法攻撃にひとり耐える。



「あ、あれではいくら何でも……」


 その様子を見ていた綾が小さくつぶやく。




 ドオン!!!


 やがて黒煙の中から黒い物体が地面に向かって落ちる。半壊した鎧から煙を出し地面に叩きつけられるハーン。しかしそんな無残なハーンより、皆の視線は魔法を放ったウィッチの方へ向けられていた。



「う、うそ……、いつの間に……」


 ウィッチの艶めかしい体に、ハーンの漆黒の剣が突き刺さっている。魔法攻撃を受けると同時に、油断したウィッチに向けて渾身の力で剣を投げつけたのだ。



「ち、血が止まらない……」


 脇腹に刺さった剣を抜こうとウィッチが必死に力を入れる。ガシガシと壊された鎧がきしむ音を響かせながらハーンが立ち上がり言う。



「ただではやられぬ。ご友人は我が必ずお守りして……」



 カランカラン!!!


 剣を抜き地面に投げ捨てたウィッチが鬼の形相で叫ぶ。



「この美しい私の体を傷つけた下賤者め!!! 我の魔法で灰にしてやるっ!!!」



 両手をあげたウィッチの頭上に巨大な業火の球体が現れる。


「あ、あんなの放ったら……」


 それを見たチェルの顔が青ざめる。巨大な火球。あれが落ちたら間違いなくここらにいる者すべてが無事ではいられない。腕を組んで見ていた譲二がウィッチに言う。



「おい、そんなの放ったら綾ちゃん死んじまうだろ」


 しかしその声は興奮したウィッチには聞こえない。



「殺してやる、殺してやる!! 全部殺してやるううう!!!!」



「!!」



「ハ、ハーンさん……」


 チェルは立ち上がって両手を広げる漆黒の騎士の姿を見た。自身の数倍はある火球。それを受け止めようとしている。綾が叫ぶ。



「お、おい、あんた!! 逃げるのよ、逃げて!!!」


 しかしハーンは両手を広げたまま微動たりしない。それを見たウィッチが興奮状態で叫ぶ。



「あーははははっ!!! 死ねよ、死ねよ、死ねよおおお!!!!!」


 巨大な業火の球へとなったウィッチの魔法。周りの人達を絶望が襲う。





「……おい、誰が死んでいいって言った?」



 死を覚悟したハーン。

 その彼の砕けた肩にその男はそっと手を乗せて言った。



「あ、あなた様は……」


 ハーンの体が震え始める。男が小声で言う。




「氷魔法、アイスクル」


 その彼の右手人差し指から放たれた小さな氷塊。それがウィッチが造り出した業火の球体にぶつかると、一瞬でそのすべてを凍らせた。



「え? ええっ!? なに、なんなの……!?


 意味が分からないウィッチ。男が更に魔法を放つ。



「風魔法、ウィンドショット」


 下級魔法。

 しかしそんな下級の魔法が凍らされた球体に当たると、爆音を立てて爆発した。




 ドオオオオオオオオン!!!!!



「きゃああ!!」


 思わず手に頭を当てしゃがみ込むウィッチ。

 凍りついた炎の球体は、爆発と共に蒸発して消え去った。




「わ、我が主よ……」


 ガクッと膝をついて久須男の帰還を喜ぶハーン。倒れそうなハーンに久須男が手を貸す。



「綾達を守ってくれたんだな。ありがとう、感謝する」


「もったいないお言葉。我が主の為ならこの命など……」


 感激して体を震わせるハーンに久須男が言う。



「簡単に死ぬな。おい、チェル、綾! こいつを頼む」


 久須男は遠くでこちらを見ていたふたりに声を掛ける。




「と、藤堂!! やっと来てくれたか!!!」


「久須男さん!! 待ってたんだから!!」


 ふたりの金髪の女の子が喜びを爆発させて久須男の元へと走り寄る。久須男は倒れそうなハーンをふたりに任せて言う。



「頼んだぞ。俺の大切な仲間だ」


「了解です!!」


 チェルがそれに笑顔で答える。ハーンが言う。



「我が主よ、申し訳ございません。このような失態を……」


「いいから。お前がいてくれて本当に助かった。ゆっくり休め」


「し、しかし……」


 下僕として主だけに戦わせて自分が休むなど考えられないハーンが食い下がる。久須男が言う。



「命令だ。休んでいろ」


「……御意。出過ぎた真似をしました」


 ハーンは深く頭を下げて綾達と一緒に後方へ下がる。久須男が改めてウィッチに向かい言う。




「お前らか、俺の仲間を攻撃したのは?」



「……う、ううっ」


 久須男と対峙したウィッチは体が硬直していることに気付いた。

 動けない。圧倒的な魔力を発する久須男の前に、まるで蛇に睨まれた蛙のようになって言葉すら発することができなかった。久須男が言う。



「あいつの治療をしてやらなきゃいかん。答えないのならすぐに消す」



(殺される……)


 ウィッチは動かぬ体のままそう直感した。

 何者かは知らないが決して相手にしてはいけない存在。上級魔物の中でも特に知能が高かった彼女はすぐにそれに気付いた。




「おい、クズ男。お前の相手はこの俺だ」



 恐怖に硬直するウィッチの横を、その黒い褐色の肌の男が通り過ぎる。


「じょ、譲二様……」


 ようやく久須男の圧が自分からその男に移り体が動けるようになったウィッチが言葉を発する。久須男が言う。



「あなたは、仙石さん……」


 元同じF組の仲間。

 ただ今はあの頃と違い、全身黒い褐色の肌に更に巨大化した体。全身筋肉質の体は変わりないが、発せられるオーラは邪そのもの。ひと目で分かるその異常な変化。譲二が答える。



「おお、こりゃ嬉しいねえ~、F組最強の藤堂さんがこんなチンピラの俺のことを覚えていてくれたなんてさ~」


 言葉を茶化す譲二に久須男が尋ねる。



「どういうつもりですか? なぜこんなことを……」


 譲二が答える。



「簡単だよ。お前をぶっ潰す」



「俺を? どうして……??」


 譲二とは面識こそあれど恨まれる覚えはない。譲二が邪気を更に強く発しそれに答える。



「そういうとこが嫌えなんだよおおお!!!」



 ドオオオオオン!!!


 強く発せられた邪気。周りに衝撃波のようなものを放出し、譲二の体から湯気のようなものが立ち上がる。ゆっくり顔をあげた譲二が言う。



「さあ、やろうぜ。最強の名を懸けた戦いを」


 久須男はアイテムボックスから剣を取り出してそれに対峙した。

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