58.ケロン、奮闘!!

「ねえ、綾ちゃんさ~、いい加減降参したらどうよ~??」


 総理官邸前の道路。

 襲撃に現れた譲二とウィッチを迎え撃った綾とチェルのふたり。久須男に鍛えられ最初こそ善戦していたものの、彼らが少し本気を出すとあっという間に窮地に追い込まれてしまった。



「はあ、はあ……、あー、くそっ!!!」


 綾が刃先が欠けた薙刀を力強く握りしめる。

 絶え間なく放たれるウィッチの魔法を愛用の薙刀で斬り落とし続けた綾。だが強力な魔法の前にもう長くは持たない。



「チェル、まだ行けるかい?」


 少し後ろで同じく肩で息をするチェルに綾が尋ねる。



「ま、まだ行けるよ!!!」


 そう答えるチェルの顔は疲労の色が強い。

 綾がどれだけ斬り込もうとも、チェルがどれだけ魔法を放とうが、その攻撃はたった一度もウィッチに届くことはなかった。それ程彼女との力の差は歴然であり、圧倒的であった。



(勝てないね、こりゃ……)


 口にはしない。

 ただ薙刀の名手として、F組の攻略者としていくつもの場数を踏んできた彼女は弱音を吐かない。チェルが思う。



(久須男さんが来てくれるまで……、耐えなきゃ……)


 同じペアを組むふたり。

 口には出さないがふたりでは目の前の敵に敵わないこと、そして今は久須男が来るまで耐えなければならないと心に思う。綾がチェルの横まで下がって言う。



「守りを固めるよ」


「うん」


 攻撃的な綾にしては珍しい発言。それだけ相手が強いということ。



「土魔法、土壁っ!!!」



 ゴゴゴゴゴゴゴオオオ……



 久須男から指導を受けた守りの基礎、魔法障壁を築く。綾がその壁の後ろに立ち薙刀を構える。しかしその守りも簡単には行かない。



 ドン、ドドオオオン!!!



「きゃあ!!」


 チェルが築いた土壁。それが一瞬で粉々に砕け散った。



「くっ!!」


 そしてその砕け散った土煙の中にカールが掛った妖艶な美女、ウィッチが立つ。




「一体いつまで遊んでれば来るのかしらね~、そのっていうやつ」


「お、お前っ!! 何を!!!」


 久須男を馬鹿にした言い方に激怒した綾が薙刀を持って突進する。ウィッチが小声で言う。



「氷魔法、アイスピラー」



 ゴゴゴゴッ……



「!!」


 ウィッチが唱えた氷の魔法。

 それと同時に綾とチェルの足元から氷の柱が突き出し、ふたりの首から下を氷漬けにした。



「く、くそっ!!! 動けない!!!!」


 完全に体が氷に埋まったふたり。どれだけもがこうが微動たりしない。譲二が言う。



「おい、ウィッチ。殺すんじゃねえぞ」


「はい、譲二様。一時間ほどは大丈夫かと。なる男が来るまででございま……」




 バリ、バリン!!!!


 ウィッチが譲二に話し終える前に、綾とチェルを凍らせた氷の柱がいきなり砕かれる。ウィッチがその後ろに立つ人物に向かって言う。



「何者!?」



「我がの名を侮辱するとは万死に値する。ここで消えて貰うぞ!!」


 それは漆黒の馬に跨った暗黒の騎士。全身鎧に包まれたデュラハーンであった。綾が言う。



「お前は、藤堂の……」


 氷の柱から解放され、道路に座ったままの綾とチェルにハーンが言う。



「我が主の父君より御二人の救助の命を承った。ここは我に任せて後方に下がるがよい」


「久須男さんの……、うん、分かった! 綾、一度後ろに下がろ!!」


 チェルがよろよろと立ち上がって地面に座る綾の手を握る。



「あ、ああ。ありがとう……」


 綾とチェルはハーンに守られる形で安全な場所へと下がる。ウィッチが突然現れたハーンを凝視して尋ねる。



「あなた、デュラハーン? ……いえ、首が繋がってるし、違うのかしら?」


「否、我こそは誇り高き暗黒剣士デュラハーンその人。この首は我が主によって元に戻されたもの。安心してわが剣の前に斬られるがよい」


 それを聞いたウィッチが笑いを堪えて言う。



「はあ? 首がくっついたですって? ふふっ、何と滑稽な。あなたはその斬られた首の怨念で力を得たんでしょ? その姿じゃ意味ないわね」


 ハーンが剣を構えて答える。



「どうやら皆我を勘違いしているようだ。もうよい。無駄な問答は良いから早くかかって来るがよい」


「あらそう? 首があるデュラハーンなんて珍しいからもうちょっとおしゃべりしたかったけど、まあいいわ。この私が消してあげる」


 ウィッチが今日初めて本気で魔力を集中させた。






「グルルルルル……」


 ケロンは折れた前足を庇うように少し上げ、目の前の巨大な敵を威嚇する。ドラゴンに変化できるドラゴニア種。魔物の中でも希少種でその強さ、知能は他者とは一線を画す。



「ケッ、腐ってもケルベロスかよ……」


 ドラゴニアは自慢の鋼鉄の皮膚から流れ出す血を舐めながら言う。全身に無数の傷跡。すべてケロンの爪と牙によるものだ。ロビーの隅でケロンの善戦を見ていた深雪が涙目で言う。



「もう無理だよ……、ワンちゃん、死んじゃうよ……」


 深雪をしっかりと抱きしめたマリアが答える。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 ケルベロスは高貴でプライドが高い生き物。敵を前に背を向けることはないし、勝てない場合は潔く死ぬ。そうやって強い個体のみ生き延び、種を鍛えて地獄の門を守り続けてきた。

 同じ戦場に身を置く者としてマリアはそんなケロンの気持ちが何となく理解できた。



「ガウガウガウガウ!!!!!」


 ケロンが三本足でドラゴニアに突進する。



(速い! 前足が使えないのにまだこれだけのスピードが出せるのか!?)


 ドラゴニアは未だそのスピードに追い付けないケロンの運動能力に感嘆する。ドラゴニアも体格の割には素早く動けるが、やはりスピードを生業とするケルベロスには遠く及ばない。



「ガウ!!!!」


 ケロンが攻撃をよけ、ドラゴニアの尻尾に齧り付く。



「くっ!!」


 ドラゴニアが激痛に耐えながら尻尾を上下左右に激しく振る。



 ドンドンドン!!!!!


 何度も床に叩きつけられるケロン。それでも噛みついた尻尾を離さずいる。

 テレビカメラは庁舎ビルの外からその戦いの様子を全国中継する。



【なんだよ、あの犬??】

【小さいのにメッチャ強いじゃん】

【自衛隊は? 警察は??】

【ミサイルぶち込めよ】

【これ本当のことなの??】

【多分リアル】

【あんなの暴れたらマジやべえよ】

【避難一択】


 全国のテレビやネットに流されるケロンとドラゴニアの戦い。非日常の映像に全国の皆が注目する。




 ドン!!!


「キャイン!!!」


 しぶとく尻尾に噛みついていたケロンが力尽き壁まで吹き飛ばされる。ドラゴニアが流血した尻尾を見ながら言う。



「あー、痛ってえ~、マジ痛いんだよ、お前の牙。小せえのにホント強ええなあ」


「ガルルル……」


 もはや動くだけでも辛いはずなのに、吹き飛ばされたケロンが立ち上がり牙をむく。ドラゴニアが近付きながら言う。



「さあ、来いよ。そろそろ終わりにしようぜ」


「ガウガウガウ!!!!!」


 ケロンが再び消える。今度は左右にステップを切りながらドラゴニアの首元目がけて牙を立てる。



 ガシッ!!!



「キャン!!!」


 しかし疲労と激痛でスピードが落ちていたケロンが、ドラゴニアの太い手に捕らえられる。



「あーははははっ!! やっと捕まえたぞ、このクソ犬め!!!!」


「ググッ、グルルル……」


 強い握力でケロンの全身を潰しにかかるドラゴニア。ケロンも全身の毛を鋼鉄に変えて対抗するがドラゴニアの硬い皮膚にはほとんど効かない。




「ワンちゃん、ワンちゃん逃げて!!!!」


 ケロンの窮地を見て耐えかねた深雪が叫ぶ。



「グッ、グルルゥ……」


 ケロンが口から血を吐き、その声も次第に小さくなる。



「くそっ……」


 マリアが折れた剣に手をかける。




「キャハハハッ!!! そろそろくたばれ、ケルベロ……」



 シュン!!




 ドン!!!



「んっ、……あれ?」


 一瞬の出来事。

 ドラゴニアは突然床に落ちたそのを見て、しばしその意味が理解できなかった。



「え、えっ!? 痛ってええええええ!!!!!!」


 ようやく気付くその映像の意味。襲う激痛。

 ドラゴニアは切られた腕を押さえながら、吹き出す血を見て倒れそうになる。




「く、久須男様っ!!!!」


 マリアがドラゴニアの近くでケロンを抱く久須男の姿を見つけて声を出す。深雪も涙声で言う。


「久須男さん、やっと来てくれて……」


「おふたりとも大丈夫ですか? これをどうぞ」


 マリアと深雪が振り向くと、そこにはハイポーションを持ったイリアが立っている。マリアがそれを受け取りながら感謝する。



「あ、ありがとう。マーゼルの姫よ……」


 マリアと深雪は感謝してハイポーションを口にした。




「大丈夫か、ケロン」


「クウ~ン……」


 足を折られ今にも絶命しそうなケロンが小さな声を上げる。久須男はすぐに水魔法のブルージェルを出しケロンの治療を始める。そして顔を摺り寄せケロンに言う。



「深雪達を守ってくれたんだな。ありがとう、お前は本当に利口な犬だ」


 ケロンが久須男の顔を舐め始める。犬呼ばわりされても主人に会えたことがなにより嬉しい。



「トーコ、ケロンを頼む」


「はい、ご主人様」


 名前を呼ばれたトーコが久須男に近付き、ブルージェルに包まれたケロンを受け取る。




「お、お前っ!! 何をした、一体何をした!!!!!」


 未だ腕の流血が止まらないドラゴニアが怒りの形相で突然現れた少年に言う。久須男が答える。



「何をしたって、腕を叩き落としたんだ。分からないのか? トカゲよ」


「ト、トカ……、貴様ああああ!!! この俺をトカゲ呼ばわりするとは!!!!」


 怒りの興奮で再び斬られた腕から大量の血が吹き出し始める。ドラゴニアが震えながら言う。




「そうか、お前が久須男って奴だな!!! もういい!! 譲二様に捕獲を命じられたが、この俺がお前を……」



 シュン!!!!



「えっ……」


 ドラゴニアはそれまで見下ろしていた久須男の映像が急に彼のまで落ち、そして横になった。



「え、えっ……!?」


 そして感じる激痛。気が付けば首のない自分の胴体がドンと音を立てて床に倒れる。剣を手にした久須男が近付きながら言う。



「本当はケロンのお礼にもっと時間をかけて消してやりたかったけど、他にも暴れている奴がいるようなんでこれで終わりにする。じゃあな、トカゲ」


「ちょ、ちょっと待て!! 俺は、負けたの……」


 そう言いながらドラゴニアは自分が煙となって消えるのを初めて実感した。





「ふたりとも大丈夫か?」


 ドラゴニアを一撃で沈めた後、久須男がイリアの介抱を受けているマリアと深雪の元へと行く。



「久須男様、ありがとうございます……」


 マリアが深く頭を下げて感謝する。


「本当にありがとう、久須男さん。もうダメかと思った……」


 深雪も頬に涙を流しながら言う。



「無事で良かった。俺はこれからすぐに別の場所へ行く。そこでも強い邪気が感じられる。イリア、トーコ、ここは任せたぞ」


「はい!」


「かしこまりました。ご主人様」



 久須男は『神眼』を最大限使い、遠く離れた邪気を感知する。



「久須男様、お気をつけて……、あとこれをお持ちください」


「え、これは?」


 イリアに手渡された小指の爪ほどの真珠がついた装飾品。イリアが言う。


「お守りのようなものです」


「ああ、そうか。ありがとう。じゃあな!」



 久須男はやや心配そうな顔のイリアの頭を撫でてからふっと姿を消す。

 凶悪なドラゴンを瞬殺した久須男。その驚くべき戦いの一部始終は、しっかりとテレビ放送にて全国に流されていた。

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