57.絶望の中の援軍

「うわっ、また逃げた!!」


 一方黄色のダンジョンに潜った久須男は、その最深部にいたダンジョンボスに苦戦していた。



「氷魔法、フリーズ! ……ちっ」


 トーコが辺り一面を凍り付かせる。だがそのボス達は、圧倒的な危機感知能力を発動し凍る前にすべて逃げて行く。



 ツルン!!


「わわっ!! ト、トーコ!! やたらめったら凍らせるんじゃない!!」


 逆に久須男の足元まで凍り付いてしまい、滑りやすい地面に足をとられそうになる。イリアが後ろから見て言う。



「こんな変則的なボスもいるんだ……、きゃっ!!」


 それはネズミ型のボス、ブラインドラット。

 集団で行動し、背景と同化する変体能力を有する。動きが速く、『神眼』などの判別系スキルで捉える前に散開してしまう。

 強い攻撃はないが、とにかく逃げ続け相手の体力がなくなり倒れたところを集団で一斉に襲う。持久戦タイプの魔物だ。



「く、久須男様ぁ~」


 ネズミが嫌いなイリアが情けない声を上げる。



「イリア、ちょっと離れてろ!」


「離れても来るんです~!!」


「もっと離れてろ!」


「これ以上久須男様と離れたくないですぅ~」


「う~……」


 久須男はこれまでに経験のない敵に地団太踏んだ。






「このままでは我々は終わってしまう……」


『ダン攻室』がある政府庁舎ビル。その高層階でロビーでの戦いをカメラで見ていた真田がひとり声をあげた。

 モニターには攻略班の倒れる姿。地上に現れる魔物は強力なのは分かっていたが、これほど皆が束になって掛かってもまるで歯が立たない現実に絶望する。机にあったスマホを手にしその画面を見つめる。



(違うか……)


 各方面から真田に救助要請の連絡が入る。その多くは官邸関係だが、今その要請に応じることはできない。



(久須男君、お願いだから連絡をしてくれ……)


 忙しくなるスマホの中に、未だ表示されない久須男の名前を真田は思った。






「あ~、弱え~な、弱え~な、弱え~な!!! こんなのが俺達に抗って来た奴らなのか!?」


 庁舎ビル一階ロビーでひとり暴れるドラゴニアは、その巨体を揺らしながら笑った。

 ロビーには彼に敗れて倒れる攻略班の隊員達があちらこちらで唸り声を上げている。圧倒的な実力差。紫ばかり潜っていた一般班にとって、この上級魔物の相手は荷が重すぎた。



「に、兄ちゃん、痛えよ……」


 その中に最後まで抗っていた権崎ごんざき三兄弟の姿もあった。

 貧弱な物理攻撃が全く効かない中、彼らは最後まで必死に魔法を放ち続けた。それでもかすり傷程度しか与えられない強靭な皮膚。攻撃を受け床に倒れる三人にもう立つ力は残っていなかった。



「よく頑張ったな、三郎よ。天晴だぜ……」


 吐血し、骨を何本も折られた長男の太郎が近くで倒れる三郎に声を掛ける。



「み、水魔法……、ぐはっ!!!」


 少し離れた場所で倒れる次郎が残った力を振り絞り魔法を唱えるも、酷い吐血により詠唱が止まる。太郎が言う。



「次郎、無理するな……、もうあとは天に任せよう……」


 太郎は朦朧とする意識の中、ぼんやりとロビーの天井を見つめた。




「おーい、もう誰も居ないのか~?? じゃあ、全部っちまうぞ~!!!」


 ドラゴニアは大きな鳴き声を上げ、体を揺らしながら笑う。圧倒的な存在。ロビーに倒れる隊員のすべてがその姿を見て敗北を思った。


(こんなのに一体誰が勝てるんだ……)


 圧倒的なパワーにスピード。人知を超えた存在とはまさにこのような者のことを言うのだろう。

 だが薄れゆく意識の中で、そのが皆の頭に響いた。



「水魔法、ウォーターショット!!!」



 ドン、ドドン!!!


「グッ!? ナンだああ!!??」


 ドラゴニアが攻撃された方を振り向くと、そこには先程腹部に拳を食らわせて倒れた黒髪のボブカットの少女が立っている。ドラゴニアが大声で言う。



「てめえ!!! 譲二さんに止められていたが、やっぱりぶっ殺してやる!!!!」


 大声で叫ぶドラゴニア。それを聞く深雪の前に赤髪の女が剣を構えて立つ。



「我々が相手だ。どちらかが倒れるまで戦おうぞ!!!」





「深川さん、マリアさん……、ありがたい……」


 その様子をカメラで見ていた真田が一瞬安堵の表情を浮かべる。

 攻略班最強のF組。譲二が離反し、久須男が除名され解散寸前であったが、その久須男の指導を受けたふたりが戻って来てくれた。



「無事を、祈る……」


 それでもやはり真田の心は落ち着かなかった。それは心のどこかでまだ彼女達では勝てないと思っていた真田の直感だったのかもしれない。






「信じられない光景が広がっております!!!!」


 テレビ画面に映し出されたリポーターが興奮気味に叫ぶ。彼の後ろには入り口が破壊された政府庁舎。その中にこの世のものとは思えないドラゴンの姿。興奮気味にその状況を伝えるリポーターに世間の目が集まる。



【何あれ……】

【これ、本当のことなの?】

【マジかよ……】

【魔物なの??】


 ネット上でもテレビを見た人達がその信じられない光景について騒ぎ始める。

 やがて画面は総理官邸へと切り替わり、そこで行われている非日常的な光景を映しだす。



「はあああ!!!」


 シュンシュン!!!


 薙刀を持って魔法使いのウィッチに切り込む綾。それを余裕を持ってかわすウィッチ。後方からチェルが土魔法で援護するがそれを同じく魔法で軽くあしらって行く。周りには倒れた警察。一面焦げた跡も見らえる。




「こんな事になるとは……」


 その様子を官邸のテレビで見ていた総理大臣が体を震わせてつぶやく。

 ダンジョンや魔物については未だ公表されていない。ダンジョンを把握し、その対応策を万端に準備してから公表するつもりであった。



「どうすればいいのだ……」


 それがこのような最悪の形で全国民に知れ渡ることとなった。

 異形の生物。警官や自衛隊でも歯が立たないその相手に国中が大混乱に陥るのは時間の問題。ダンジョン担当であった真田に連絡するも、駆け付けたのはまだ子供の様な女がふたり。

 総理の頭に先ほどここにやって来たF組最強の少年の顔が思い出される。すぐにスマホを手に電話をかける。



『真田か! あのF組最強の少年を官邸に寄こせ!! すぐにだ!!!』


 真田が総理に尋ね返す。



『彼はそちらに行きませんでしたか?』


『あ、ああ、来た……』


 その言葉のトーンを聞いた瞬間に、真田は話し合いは決別したのだと直感した。



『彼は何と?』


『い、いいんだ、そんなこと!! それよりすぐにあいつをここに呼べ! 命令だ!!』


 真田が少し間を置いてから答える。



『彼はもう我々の組織の者ではありません。ただの民間人。無理に命令することはできません』


 総理が怒鳴る様に言う。



『なぜお前はそんなに頭が固いんだ!!! 国の危機だろ!? それが分からないのか!! いいからすぐに連絡を……』


『音信不通です、彼とは』


 総理が一瞬静かになる。



『なぜだ?』


『恐らくダンジョンにでも潜ったのでしょう……』



『タブレットで呼べばいいじゃないか!』


『すでに除名されております。ネットワークも切れています』


 それを指示したのは総理自身。八方塞がりになった総理が弱々しい声で尋ねる。



『じゃ、じゃあどうすればいいんだ……』


 自衛隊や警官など現代武器が全く通じない相手。それはこれまでの真田からの報告でよく知っている。



『F組の奮闘に期待しましょう。久須男君の指導を受けた者が数名戦ってくれています』


『か、勝てるのか……?』


『分かりません』


 総理大臣は静かにスマホの通話を終えると、窓の外の光景を見ながら大きなため息をつく。薙刀を持った女の子と、金髪の小さな女の子が必死に戦っている。



「あれがF組なのか……」


 総理はようやく自分のつまらないプライドで除名にしてしまった先の少年のことを後悔し始めた。






「あなた、これは魔物ですわね……」


 藤堂家、リビングで中継される映像を見ながら久須男の母親が夫に言った。


「ああ、魔物だ。そうだろ、ケロン?」


「クウ~ン……」


 リビングで添うように彼らと一緒に居るケロンが頭を撫でられて甘い声で答える。母親が言う。



「ねえ、あなた……」


 次々と破壊される庁舎ビル。逃げ惑う人々。応戦した人もほぼ皆倒され、今は女の子ふたりがそれに抗っている状況だ。父親が答える。



「分かってる。ケロン、おいで」


 父親と母親はケロンを連れて庭先へと出る。妹のこずえもそれに続く。




「これは父上、母上。いかがなされれた?」


 庭で家の警備に当たっていたデュラハーンがふたりに気付いて声をかける。母親が言う。



「アンコックさん、実はお話があるの」


「ママ、違うよ。ハーンさんだよ、この人!」


 父親が言う。



「ハーンさん、ケロン。ちょっと話があるんだ」


 ハーンとケロンは真剣な顔をして父親を見つめた。






「はあはあ、はあ……」


 政府庁舎ビルのロビーで戦っていたマリアが折れた剣を構えながら肩で息をする。



(まさかこのミスリルソードが折られるとは……)


 対峙するドラゴニア。

 分厚くて硬い皮膚を持つ彼には、久須男から貰ったミスリルソードですら大したダメージを与えることができなかった。チェルの土魔法で援護しながら戦っているが、最初の一太刀で勝てないことを実感していた。



「だからと言って、引く訳にはいかぬ!!!」


 折れた剣を持ち、素早く動きながらドラゴニアに接近。



「つ、土魔法、ストーンラッシュ!!!!」


 チェルの魔法の援護を受けながら必死に見つからぬ急所を探し剣を振る。




 ドフッ!!


「ぐわあああああ!!!!」


 だが巨体の割に動きも速いドラゴニア。

 大して効かないチェルの魔法をいなしてから、接近したマリアに太い尻尾を振り回して弾き飛ばす。



「ごほっ、ごほっ……」


 壁まで飛ばされて吐血するマリア。

 既に数本の骨は折れており息をするだけでも全身が痛む。ドラゴニアが近付きながら言う。



「しぶといねえ~、でもいい加減飽きて来たからそろそろ終わりにするよ~」


 ドラゴニアはそう言うと太い腕を振り上げる。鋭利な爪。あれで切り裂かれたら即死である。




「くそっ……」


 マリアは動かない体に力を入れ最後の抵抗を試みるも起き上がることすらできなかった。チェルが叫ぶ。



「マリアああああああああ!!!!!」




 シュン!!!!



「ギャアアアアアア!!!!!」


 振り上げられたドラゴニアの腕。その腕から突如血しぶきが上がった。




「グルルルルル……」


 倒れたマリアの前に真っ白な三又の尾を持つ魔物が毛を逆立てて立つ。チェルが叫ぶ。


「ワンちゃん!!!!」



 小さな体。だが全身の毛を鋼鉄のように固くしてドラゴニアを睨むその姿は、まさに上級魔物その姿であった。マリアが言う。



「ケロン、ありがとう……」


 マリアが硬直していた体の力が抜けて行く。ドラゴニアが言う。




「ああ!? ケルベロスだと!!?? なんでそんな奴がここに??」


 驚くドラゴニアがケロンを見て言う。



「ああ、でもお前、か? いいぜえ~、大人を怒らせたらどうなるかをしっかり教えてやる!!!」


 上級魔物の登場に更に邪気を強めるドラゴニア。

 ケロンがこれまでの対戦の中で最も強い相手に単騎挑む。

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