56.譲二の復讐

「本当に話の分からない人でしたね」


 総理官邸からの帰りのタクシーの中でイリアが久須男に言う。久須男は官邸を出てからずっと黙ったままである。トーコも続けて言う。


「無能なボス。ここがダンジョンならすぐに消えている……」


「そうだな……、さて」



 そう答えた久須男がスマホを取り出し電話を掛け始める。


『……もしもし、あ、綾か? ちょっと教えて欲しいんだけど』


 電話の相手はチェルのフュージョン相手の綾。久須男が尋ねる。



『仙石さんって魔物と来たんだよね? 強かった?』


『え? 魔物? うん、強かったって話だよ』


『ダンジョンで俺を待ってるって言ったんだよね?』


『そう』


『分かった。ありがとう』



『深雪を助けに行くの?』


『ああ』


 久須男はその後総理大臣とのやり取りを手短に説明。電話を切るとタクシー運転手に言った。



「あ、すみません。ここで降ります」


 そう告げるとイリア達と一緒に車を降りる。



「どうかしましたか?」


 周りを見ている久須男にイリアが尋ねる。



「ああ、深雪を助けなきゃいけないけど、仙石さんが潜っているダンジョンが分からなくて。強いってことなので多分橙か黄色ってとこかな……」


 久須男は歩きながら説明し、道沿いの隠された黄色のドアに手をかける。



「ここらは庁舎ビルから近いし、情報がない以上手当たり次第にダンジョンを攻略するしかいない。ふたりとも今から潜るけど良いか?」


「はい!!」


 そう元気に返事をするふたりを見て久須男はドアを開けダンジョンへと足を踏み入れた。






「譲二さーん、じゃあ、この女は開放しますよ」


 譲二と一緒に再び地上に戻って来たドラゴニアが言う。手には深雪を縛ったロープ。ツルツルのスキンヘッドを撫でながら譲二が答える。


「ああ、放してやれ」


「了解~」


 ドラゴニアはそう答えると持っていたロープを解き深雪を開放する。自由になった深雪が仙石に言う。



「仙石さん。やめようよ、こんなこと! 争いなんて意味がないわ!!」


 譲二が深雪を見て答える。


「意味がない? それは違うな。俺にはあいつをぶちのめすことに大きな意味がある。お前には分からねえんだよ」


「そんなことに意味なんか……」



 ドフッ!


「ううっ……」


 深雪の横に立っていたドラゴニアが彼女の腹部に強烈な拳を放つ。激痛で苦悶の表情を浮かべながら深雪がその場に倒れる。



「譲二さんの考えに意見すんじゃねえ。バカ女が」


 気を失って倒れる深雪をよそに、譲二が目の前にそびえたつビルを見上げる。



「相変わらず高いビルだねえ。税金の塊だろ。あー、うぜえ」


 譲二があくびをしながらドラゴニアに言う。




「おい、ドラ。お前がここをやれ。暴れろ、したらすぐにあいつが来るから」


「了解っ。名前は確か『久須男』って名前で良かったっすね?」


「ああ、そうだ。来たら手を出すなよ。俺がぶち殺す」


 そう言って譲二が自慢の力こぶを作って見せる。そしてその横に立つ茶色のカールの掛かった髪の美女に言う。



「ウィッチは俺と来い。この国ので暴れてやる」


「かしこまりました、譲二様」


 ウィッチは深く頭を下げそれに答える。





「さーて、じゃあ、暴れるか」


 ひとりになったドラゴニアは庁舎ビルの前まで歩いて来ると、その入り口でその体をドラゴンへと変化させる。

 まだ前回の襲撃の傷が深い庁舎ビル。仮設の壁やシートで覆われたビル一階は、工事業者の人や国家公務員が忙しそうに行き来している。



「あ、あれは……」


 ビルの入り口で警備していた男がドラゴニアを見て、少し前に見た悪夢のような出来事を思い出す。



「魔物だああ!! 魔物が来たぞ!!!!!」


 警備員の声で辺り一帯が騒然となる。魔物に対しては全く歯が立たないことを知った警備員達が、すぐに攻略班に連絡。庁舎に滞在していた攻略組が急いで駆け付ける。それを見たドラゴニアが笑いながら言う。



「ガハハハハッ!! 無力な人間だね~、みんな壊しちゃうよ!!!!」


 ドン、ドドオオオン!!!!


 そう言いながら太い尻尾、巨大な爪でビルを破壊し始める。攻略班の面々は『魔力付与』された武器を掲げ斬り込んでいく。



「怯むな!!! 突撃っ!!!!!」


 ザンザンザン!!!!


 隊員達の剣や槍が分厚いドラゴニアの皮膚にぶつかる音が響く。



「ナンだあああ、そりゃああ!!!!!」


 しかし傷ひとつ付けることができない隊員達。暴れるドラゴニアの前に成す術なく倒れて行く。




「火魔法、ファイヤーショット!!!!」


 ドオオン!!!


 そんな無差別に暴れるドラゴニアに、庁舎の奥から火魔法が放たれる。攻撃を受けたドラゴニアが大声で叫ぶ。



「ああ!? ダレだ!!?? このオレに攻撃したのは!!!!」



「ここはお前の暴れる場所じゃねえんだよ!!!」


 そこに現れたのは攻略班の中でも屈指の魔法隊である三兄弟。他の隊員がその姿を見て叫ぶ。



権崎ごんざき三兄弟だ!!!!」


 一般班でありながら魔法能力に目覚め、兄の太郎は火魔法、二男の次郎は水魔法、そして三男の三郎は風魔法を操る。眼鏡を光らせながら次郎が言う。



「あれがこの間暴れたという魔物ですか」


「に、兄ちゃん。あいつちょっとヤバくない……?」


 長男太郎とは対照的に憶病な三郎がドラゴニアの姿を見て恐れをなす。太郎が言う。



「剣が全く効かねえんだ。俺達がやらなきゃ誰がやる!!」


「とても勝てるとは思えませんが、まあ藤堂さんが来てくれるまで少しでも食い止めましょうか」


「ううっ、怖いよ……」


 三兄弟が三方に広がり魔法の詠唱を開始する。



「火魔法、ファイヤーボム!!!」

「水魔法、ウォーターボム!!」

「風魔法、ウィンドボム!!!」


 三者同時に放たれる異属性魔法。異なる属性が絡み合い誘爆して攻撃する三兄弟の必殺技。



 ドン、ドドドオオオオオオン!!!


 庁舎ビル一階ロビーに響く爆音。激しい爆音に爆風、そして地響きが音となって辺りに響く。




「あー、そんなもんか? 攻略者ってのは??」


 白煙が消えた後、煙の中からまったく無傷のドラゴニアが現れる。三郎が震えた声で言う。



「ひぃ!? 兄ちゃん、ダメだよ。敵わないよ!!!!」


 それでも太郎は魔法の詠唱を続ける。



「戦え!! 俺達が戦わないで、誰が戦う!!!!」


「に、兄ちゃん……」


 太郎から火魔法が放たれる。





「三兄弟でも全く歯が立たないか……」


 ドラゴニアと権崎三兄弟の戦いをカメラで見ていた真田が深く溜息をつく。タブレットで全隊員には応援を要請したが、彼ら以上となると基本F組のメンバーしかいない。



「深川さんはいない。綾さん達が駆け付けてくれればいいが……」


 そう思いながらも真田は首を振る。



「久須男君はどこへ行ってしまったのだろう。スマホも繋がらないし、多分ダンジョンだろうか」


 真田はダンジョン内でも通信可能なタブレットから、彼の名前が削除されてしまっていることに心を痛める。



「とりあえず今いるメンバーで対処するしかない……」


 そう覚悟した真田の携帯から特殊なメロディーが流れる。



(これは、総理!!)


 総理大臣からの電話。すぐに相手が分かるように着信音を変えている。慌てて電話に出た真田がその言葉を聞いて声を失った。



『真田君!! 官邸に魔物が出現した!! 急いで攻略班を送ってくれ!! すぐにだ、全員をだ!!!』


 今ここに居る隊員はほぼすべてドラゴニアへの対応をしている。余裕などない。逆にこちらが応援を求めたいほど。真田が言う。



「そ、総理。実はこちらにも魔物が出て暴れておりまして……」


「だからなんだ!! 関係ないだろ、私には!! すぐに隊員を送るように。いいな!!」


 そこで電話は一方的に切られる。



「どうすればいいんだ……」


 真田はスマホを持ったまましばし動くことができなかった。






「譲二様、こやつらすべて倒して構わないのですね?」


 総理官邸にやって来た譲二とウィッチは、取り囲んだ警官達を前に余裕の表情を見せていた。



「ああ、好きにしろ」


 譲二の言葉にウィッチが笑顔になって頷く。取り囲んだ警官のひとりがメガフォンを持って叫ぶ。



「お前達!! これ以上暴れるなら容赦しないぞ!!!」


 彼らの周りには既にウィッチの魔法で倒れた仲間が数名いる。何をしたのか全く分からない。いきなり強い衝撃と共に仲間が倒れて行った。ウィッチが長いカールの掛かった髪をかき上げながら前に出る。



「容赦ってどういう意味かしら。全く理解できないわ」


 そう言いながら腕を前に差し出し小声で魔法を詠唱する。



「火魔法、アラウンドファイア」



 その言葉と同時に周囲に燃え上がる炎。突然の火の手に取り囲んでいた警官達が逃げ惑う。少し離れた場所にいた警官隊が銃を構えて叫ぶ。



「撃て、撃て!!!!」


 パンパンパンパン!!!!


 発砲命令に、銃を構えていた警官が一斉にウィッチへと銃を放つ。



 ヒュウウウウ!!!!


 ところが発射された弾丸はウィッチや譲二に近付くと、直ぐにクルクルと回転しながら空へと舞って行く。風魔法。ウィッチは常に自分達の周りに薄い風の壁を張っている。



「火魔法、ファイヤボム」


 ウィッチがそう言って巨大な炎の塊を発現させる。それを見た警官が恐怖のあまり逃げ始める。



「逃げても無駄。下等な人間どもめ。燃えて消えるがいい!!!」


 ウィッチは逃げ惑う警官達に向かって業火の球を放つ。




 ジュン!! ザン、ドドオオオオオオン!!!!



「おっ!」


 ウィッチが放った業火の球は、突然空中で二つに割れそのまま爆発して消えた。譲二が嬉しそうな顔で言う。




「綾ちゃんじゃねえか。おひさ~」


 譲二がその金髪の美しい女子高生を見て声を弾ませる。綾が大きな薙刀を構えて譲二に言う。



「あんたねえ、一体何をしてるのよ!!」


 その後ろには同じく金髪の少女チェルも控える。譲二が言う。



「何って暴れてるんだぜ」


 アホ過ぎる回答に綾が首を振って言う。



「帰りな、ダンジョンに。でなきゃ、私が斬る!!」


 そう言って得意の薙刀を構える綾に、ウィッチが答える。


「譲二様に盾突く愚か者。この私が消してあげるわ」


 綾を睨みつけるウィッチの手に、強力な魔力が集まり始める。

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