55.総理への直談判

「お客さん、もうすぐ着きますよ」


「ああ、そうですか」


 タクシーに乗って総理官邸へ向かっていた久須男に運転手が声を掛ける。後部座席にはイリアとトーコ。運転手が言う。



「いや~、それにしても若い人が官邸に行くとはいいことですね。お勉強ですか?」


 久須男が苦笑して答える。


「まあ、そんなところかな」


「何事も勉強……、ん、あれ?」


 官邸に近付いた運転手がそのいつもより厳しい警備を見て言う。



「何か今日は大事なお客さんでも来るのかな? 警備がいつもより多いな」


 そう言って総理官邸の少し手前で車を一旦停止させる。久須男はそれを見て代金を手渡し言う。



「ここで結構です。ありがとうございます」


「え、あ、ああ、お気をつけて」


 運転手は車から降りた若い三人組を車内から見送った。





「いつもより厳重な警備なんですって、久須男様」


 官邸への道を歩きながらイリアが言う。


「らしいな。どうせもうさっきの自衛官から連絡が行ってんだろ」


「また全て凍らせます。いつでもご指示をお願いします」


 そう言って前方の警備隊を見つめるトーコに久須男が答える。



「できれば話し合いで解決したいけど、まあ、やっぱりもうちょっと穏便に行きたいなあ」


 そう話しながら歩く久須男達に、警備隊のひとりが近付いて来て言う。



「あー、君達。今日は特別警備なのでここから先は……」


 そこまで言った彼の表情が一変する。



「こ、高校生……!? お前、藤堂久須男だな!!!」


 警備隊の男は驚きながら走って戻り上官らしき人物に報告する。



「俺ってマジで有名人じゃん。って言うか指名手配?」


 冗談を言う久須男にその上官がゆっくり近づいて来る。




「お前が藤堂久須男か?」


 深く帽子を被った男。先程の陸将より態度が悪い。


「そうだけど」


「何しに来た? ここはお前のような子供が来る場所じゃない。お前が行く場所はまた別の場所だ」


 その言葉と同時に久須男達の周りを警備隊が囲む。久須男が答える。



「俺は総理大臣に会いに来た。あんたじゃないんだ。通してくれるか?」


 上官は笑いながら答える。



「聞こえなかったのか? ここはガキが遊ぶ場所じゃねえ。ダンジョンだが何だか知らねえが、そんなクソみてえな場所で遊んでるお前らがよぉ、一体何様のつもりなんだ?」



「お前うるさい。黙れ……」


 久須男の後ろにいたトーコが上官の態度に苛立ち声を出す。上官が言う。


「けっ、女連れでいい身分だな。カラオケでも行ってりゃ良かったものの、馬鹿なガキだぜ」


 上官がすっと手を上げる。警備隊は大きな盾を前に出し、その中の数名が拳銃やライフルを構える。上官が言う。



「何か武器を持ってるんだろ? 大人しく降参しろ。俺だってガキを殺すことなどしたくない」


 久須男が苦笑して言う。



「丸腰ですよ。武器なんてない。まあ俺もあんたらを殺したくないんで穏便に……」


 そこまで言った時、上官の顔が一瞬鬼のような形相になりそして手を素早く下におろした。



 パン、パンパンパアアン!!!!


 突然鳴り響く銃声。警備隊の後ろで銃を構えていた数名が同時に発砲する。



「え、なに、あれ……」


 中には子供相手に発砲することを拒んだ警備隊もいた。強い武器を持っているとの噂だがあって見ると実際はほぼ丸腰。そんな子供相手に大人が取り囲んで発砲するとは。

 だがそんな彼らさえ目の前の光景を見てその考えが間違っているのだと気付いた。



「どうなってるんだ……」


 数名が発砲した弾丸。

 それが久須男達の少し手前で止まり、空中に浮いている。



「久須男様……」


「大丈夫。薄い水壁を張ってある。鉄砲ぐらいじゃ貫通できない」


 久須男は笑顔でそれに答える。




「くそ!! 撃て、撃て撃てっ!!!!」


 驚いた上官がすぐに再度の発砲命令を下す。同時に久須男が魔法の詠唱を行う。



(風魔法、スリープウィンド)


 数発の銃弾が再び水壁に取り込まれる中、周りにいた警備隊が次々と眠るように倒れて行く。水壁を解除し、震える上官に近付きながら久須男が言う。




「俺、高校生ですよ。発砲なんて残念だなあ……」


「あ、あぁ……」


 上官はそこで意識がなくなり、道路に倒れ眠り始める。



「さて、行こうか」


 久須男はそのまま正面より総理官邸に入って行く。





「お、お前は誰だ!! ここは立ち入り禁止だぞ!!!」


 総理官邸に入った久須男は広いエントランスホールへと足を踏み入れた。テレビニュースなどで政治家がインタビューに答えたりする場所。広くて採光豊かな気持ちが良い場所だ。

 久須男の侵入に気付いて駆けつけた官邸警務官が大声で言う。久須男が静かに答える。



「総理に話があって来ました。話したらすぐ帰るんでどこにいるか教えてくれませんか」


 警備をくぐり抜け、堂々と正面から入って来た者の言葉に駆け付けた官邸警務官達が一瞬戸惑う。それ程久須男の態度は堂々としており落ち着いていた。



「無断侵入で拘束する! 大人しくしろ!!」


 そんな問答をしているうちに次々と増えて行く官邸警務官。その中から黒服を着た数名の男が現れる。



「ここは我々が対処する。任せて頂きたい」


 黒服の男達。皆ガタイが良く眼光鋭い。総理のSPだろうか。他の警務官達とは存在感が違う。久須男が言う。



「なあ、俺達は総理に話があって来ただけだよ。話さえすれば……」


 そう言いかけた久須男に向かって黒服の男が突然勢いよく走り込む。一瞬の出来事。男が右手を上げ久須男の顔を捉えたと思った瞬間、男の体の動きが止まりその場に崩れ落ちる。



「話し合いって言ってるのに、なんでこう脳筋ばかりなんだよ」


 ぶつぶつ文句を言う久須男。

 ただ周りの官邸警務官やSP達は一瞬の間に何が起こったのか理解できなかった。



(まずい、突破される……)


 SPの誰もが思った。久須男の前で倒れているのは仲間の中でも最強と呼ばれた男。数多の場数を踏んできたエリートSP。その彼が一瞬で、何をされたかも分からず倒れてしまった。



 カチャ……


 恐怖心にかられたSPのひとりが懐に入れた拳銃に手をかけた。それが終幕に繋がった。




 ゴオオオオオ……


 一瞬皆の前に吹き荒れた白い嵐。

 気が付くとSPはもちろん、警務官達全ての体が凍り付いている。久須男の後ろにいたトーコが冷たい顔で言う。



「ご主人様に対する非礼、これ以上は看過できない……」


 久須男は顔を手で押さえて「あ~ぁ」という顔をする。先の自衛隊員達と同様に、顔以外凍らされたSPが言う。



「な、何をするんだ!! 何が目的だ!!!」


 あり得ない状況。あり得ない攻撃。

 恐怖に震えながら騒ぐSPに久須男が答える。



「いや、だから総理に話があるって言ったでしょ。俺達に構わないでほしいってお願いするだけだよ。ただ……」


 久須男が強い圧を放出させて言う。



「俺達に危害を加えることがあれば、容赦はしない」


 SPは久須男の強い圧を感じ、気を失いそうになるのを必死に堪えた。



「さて、行こうか。総理の部屋へ」


 久須男はイリアとトーコを引き連れ奥の部屋へと歩き出す。





 テレビで何度も見たことのある官邸内の階段。そこから見える中庭の景色はとても美しく、国を代表する場所なのだと改めて実感する。

 幾つかの部屋を確認してから辿り着いた四階にある特別応接室と記された部屋。久須男がそのドアをゆっくり開けると、その奥に探し求めていた人物が座っていた。



「よく来たね。待っていたよ」


 首脳会談や少数の会議などに使われる特別応接室。和紙をイメージした光天井に、トチの木の板とステンレスをストライプ上に組み合わせた壁により、全体的に明るく温かな雰囲気を醸し出している。

 部屋の奥に置かれた椅子に座っていた総理が立ち上がって言う。



「藤堂久須男君だね、君の活躍は聞いているよ」


 総理はやって来た久須男とイリア、トーコを前に堂々とした態度で接する。久須男が言う。



「総理にお願いがあって来ました。俺達にこれ以上関わらないでほしい」


 久須男も負けずに堂々と言う。総理が困った顔をして答える。



「君は私の指示を聞かなかったよね」


 久須男は総理の弟が行方不明になってその捜索に自分が指名されたことを思い出す。あの時はそれを断ったのだが、それを根に持っているようだ。



「ダンジョン攻略は自分で決められるという条件で国に協力しました。総理の弟より親子の救出が急務でした」



「馬鹿者っ!!!!」



 それまで穏やかだった総理が急に大声を上げる。



「お前は私の指示下にあるんだ!! そのボスの言うことを聞かなかったんだぞ!!!」


 久須男は目の前で怒鳴る国の指導者を見てため息をついた。



(こんな人物が国の舵取りをしているのか……)


 久須男が言う。



「総理、俺のお願いは単純です。俺や俺の家族に危害を加えないでほしい。それだけです」


「それは無理だ。君は既に拘束対象となっている。今やっていることの意味を理解しているのかね? 君は国のトップに対して何をしているのか?」



 久須男が残念そうな顔で答える。


「そうですか、分かりました。ならもういいです」


「もういい? 随分諦めが早いじゃないか?」


 久須男が笑って答える。



「ええ、とりあえずあんたを今ここで殺して俺が国の指導者になろうかと思って」



「!!」


 久須男から発せられる強力な圧に一瞬総理が後退りする。



「なーんて、冗談ですよ。そんなことはしません」


「き、貴様……」


 体の震えを押さえつつこちらを睨む総理に対して久須男が言う。



「その代わり、今後俺の目的以外ではダンジョンは一切潜らない。あんたら国の依頼は受けない。俺の家族に手を出したら容赦なく潰す。以上」


 久須男はそう言うとイリア達と共に部屋を出ようとする。総理が声をかける。



「ま、待て!! そのような暴挙が許されるとでも……」



「黙りなさい!! 愚か者が!!!」


 それまで黙って聞いていたイリアが初めて総理の前に立って言う。


「な、何を、お前は……」


 イリアが大声で言う。



「お前が話しているのは英雄クス王の生まれ変わり。世界を創造できるほどのお方。久須男様が本気を出せばこの国など簡単に崩壊させられるのがまだ分からないのか?」


「な、何を……」


 脂汗を流す総理にイリアが言う。



「勘違いをするな。魔物が現れ暴れ出した時、頭を下げて謝罪するのはお前の方だぞ!!」


 顔を真っ赤にして激怒するイリアに久須男が声をかける。



「イリア、もういい。行くぞ」


「で、でも、久須男様……」


 まだ納得がいかないイリア。久須男が怒りで冷気を放出し始めるトーコにも言う。



「トーコも、もういいって。帰るぞ」


 そうって彼女の手を掴んで歩き出す。




「くそ、くそっ!!! 大人を、私を馬鹿にしおって!!!!!」


 総理は久須男達が去った後部屋にあったテーブルをドンと叩いて怒りを表す。


「私が謝罪だと!? ふざけるな!!!!」


 大声で叫ぶ総理大臣。

 ただこの先その言葉通りに久須男に謝罪すること事など、この時点では想像すらできなかった。

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