54.反撃開始
(勝てないだろうな……)
久須男との電話を終えた後、真田は高層階からの眺めのいい景色を見ながら思った。
シュッ……
静かに煙草に火をつける。
「ふうーっ……」
今この国で最も敵に回してはいけない人物、藤堂久須男を敵にした。
警察、自衛隊が動いたとしても彼と彼が率いる魔物軍団には勝てないだろう。
「地獄の門番ケルベロス、暗黒騎士デュラハーン、それに雪女のトーコちゃんだったかな」
どれもが上級魔物と呼ばれる強力な魔物。現代兵器がほとんど通じない上に、彼らを指揮するのが更に強い藤堂久須男。人知や常識を超えた先にある彼の前に、この国の指導者もきっと頭を下げることになるであろう。
「それでいい」
真田はふぅと煙草を吸うとひとり言う。
「今、我々はダンジョンと言う未知の存在に対して団結しなければならない。その中で最も必要なのがF組、特に久須男君の協力だ。彼を敵に回すなどあり得ぬこと。総理の謝罪で済むのならば安いものだ」
真田は最後は自嘲気味に笑って吸い終えた煙草を灰皿に入れた。
「お客さん、着きましたよ」
タクシー運転手はその物々しい警備がされた家の近くで車を止め、高校生ぐらいの男の子に言った。
「ありがとうございます」
その男子高生は丁寧にお礼を言い、代金を払って連れの女の子ふたりと一緒に降りる。栗色の髪の女の子が言う。
「久須男様、これほどとは……」
「ああ、良くやってくれるよ」
久須男の家の周りを自衛官と警官が厳重に取り囲み、蟻一匹の侵入も許さない警備態勢が敷かれている。腰には拳銃などの武器も携帯し、その本気度が伺い知れる。
「すべて凍らせましょうか、ご主人様」
後ろにいたトーコが感情のない冷たい声で言う。久須男が答える。
「うん、それもいいけど。まずは話をしに行く」
「はい、かしこまりました」
トーコが頭を下げ久須男の指示に従う。久須男が家の方に歩き自衛官達に声をかける。
「すいません、ここ俺ん家なんだけど、みんな帰ってくれますか?」
声をかけられた自衛官達が慌てて久須男やイリア達の顔を見つめる。そして驚いた顔をして大きな声で言う。
「あ、お、お前は藤堂久須男!!! り、陸将!!! 来ました、藤堂久須男が来ました!!!」
この言葉で辺り一帯が一瞬で緊張した空気へと変わる。久須男と距離を取り自衛官達が警戒する中、ひとりの高官がやってくる。
「藤堂久須男君だね? ちょっと我々と来て貰うか」
陸将と呼ばれた初老の男。胸に勲章や星のようなバッチが幾つも付けられている。威圧的な態度。むっとした久須男が答える。
「お断りします。家族に会いたいので」
「総理の命令だ。君に断る権利はない」
全く動じない久須男に初老の陸将がやや驚く。久須男が言う。
「権利? こんな酷いことをされて権利もくそもないでしょ」
そう言って無理やり家の中に入ろうとする久須男達を見て、陸将が軽く手を上げ合図する。
「捕縛せよ」
そのひと言で周りにいた屈強な自衛官達が一斉に久須男達に詰め寄る。
「きゃあ! 痛いです!!!!」
そのうちの数名がイリアの腕を掴み無理やり連行しようとする。同じく腕を掴まれた久須男。大きな声で言う。
「これで正当防衛!! トーコ!!!!」
「はい」
皆と同様に腕を掴まれそうになったトーコから一瞬で強い冷気が放出される。
「えっ……」
陸将を含めた自衛官達は目の前の光景に驚いた。
「こんなことが……」
冷たいと思った次の瞬間にはそこに居た全隊員の首から下が氷漬けとなっていた。移動はもちろん手足を動かすことすらできない。久須男が陸将に言う。
「これ以上邪魔をするなら全部凍らせますよ、マジで」
「ああ、あ……」
子供相手だと完全に侮っていた陸将は、目の前の少年が常識の範囲で戦える相手でないことをようやく理解した。
「父さん、母さん!!」
久須男は家の中に入り不安そうな顔でいた家族に再会する。幸い家の中には警備の者はおらず自由でいられたらしい。
「久須男!!」
「お兄ちゃん!!」
帰ってきた息子を抱きしめる両親。妹のこずえも抱き着いて一緒に涙を流す。久須男が言う。
「ごめんなさい、俺のせいで……」
両親は自衛官や警察が家に来て久須男の行方を捜していたことを思い出す。父親が尋ねる。
「一体何があったんだ、久須男?」
真剣な顔で尋ねる父親に久須男がこれまでの経緯をすべて話す。最後まで久須男の話を聞いた父親達が心配そうに尋ねる。
「国と揉めてしまって大丈夫なのか?」
まだ久須男の力をきちんと理解していない家族。心配になるのは当然である。久須男が笑って答える。
「大丈夫。これからその大元の人間のところへ行って来る」
「大元!?」
驚く家族に久須男が答える。
「ああ、内閣総理大臣。直接話してくるよ」
「え? あ、おい、久須男!!」
久須男は軽く手を上げ部屋を出て行く。
「さて……」
庭に出た久須男がアイテムボックスにいたハーンとケルベロスを呼び出す。
「我が主よ、我にご命令を」
「ワン!」
二体の上級魔物が久須男の前に出て頭を下げる。久須男が言う。
「ふたりはここの警備を頼む。父さんの言うことはしっかり聞いてくれ。俺はちょっと野暮用で出掛けるから」
ハーンが深く頭を下げ答える。
「御意。我が主のご家族はこの私が命に代えても守る所存でございます」
「ワン!!」
この二体がいれば命を懸けるほどの事態は起こることはないとは思いつつ久須男が言う。
「頼むぞ」
「はっ!!」
久須男はそう言ってイリアとトーコと共に家の門から外へと出る。
「うぐぐぐぐっ……」
そこには先程トーコに氷漬けにされた自衛官や警察達がまだ凍らされたままになっている。久須男が初老の陸将に言う。
「お前達はもう帰れ。大人しく帰れば何もしない。俺はこれから直接総理大臣の元へ行って話をしてくる。邪魔はするな。どうする?」
久須男の言葉に一度目を閉じて考えた陸将が渋々答える。
「分かった。お前達には手は出さん。だから部下の解放を頼む」
「いいよ。約束だぞ」
久須男はそう言ってからトーコに氷の解除をさせる。陸将は部下全員の解除を確認してから久須男に尋ねる。
「お前は一体何者なんだ?」
久須男が答える。
「ただの高校生。趣味はダンジョン巡りってとこかな」
そう言って呼び寄せたタクシーに乗り込んだ。
「もしもし……」
タクシーに乗り込んだ久須男は、これまで連絡ができなかった人に電話をかける。応答した綾が驚いて言う。
『あ、藤堂? どこ行ってたのよ! 心配したぞ』
『悪い悪い。実は……』
久須男はこれまでのことを綾に話す。驚きながら聞いた綾が言う。
『マジで? 大変だったんだね。同情するよ』
『ありがとう。それより俺の代わりに総理の弟を探しに潜ってくれたんだろ? 悪かったな』
久須男が断った総理の弟の捜索。結局愛人のところに居て怪我などはなかったのだが、その分綾達に余分な負担を強いてしまった。綾が怒った声で言う。
『そうだよ! まったく無駄骨だったんだよ!!』
久須男が苦笑する。
『それで今から総理大臣のところ乗り込むんでしょ? 手伝おうか?』
綾からの嬉しい提案。だがこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。
『ありがとう、でも大丈夫。軽く片付けて来るから』
『そうか。分かった。でも藤堂』
綾が真剣な声で言う。
『気を付けなよ』
『分かった。ありがとう』
久須男はそう答えるとすっとスマホを切った。
「なあ、深雪」
赤のダンジョンに戻った譲二。手足をロープで縛られ横たえる深雪を前に言う。
「俺って、悪者か?」
「当たり前でしょ!」
深雪が譲二を睨んで答える。
黒に近い褐色の肌。元々筋肉質だった譲二の体は、魔族になって更に強靭な肉体に変化している。腕を組みながら譲二が言う。
「悪者か……」
少し考えこむ譲二に近くにいたドラゴニアが尋ねる。
「どうしたんです? 譲二さん」
希少なドラゴニア種。自在に強力なドラゴンに変化できる彼は高い知能も有している。譲二が答える。
「いや、勢いで深雪を攫って来たんだけど、考えてみれば俺があいつを探せばいいんじゃねえか」
「確かに」
深雪が譲二に言う。
「な、なら早く私を帰してよ!!」
「譲二様、ならばこの女は用済みなのでここで消しましょうか」
深雪の傍に立つカールのかかった長い茶色の髪の魔物。コートを着ていても色気が伝わる美女である。
「くっ……」
横たわったまま深雪が女を睨みつける。
「ウィッチ、俺は別にその女に恨みはねえよ。帰してやるか」
「……かしこまりました」
ウィッチはやや不満そうな顔をして譲二に頭を下げる。
(譲二様は、まだ魔物としての自覚がきちんと形成されていない……)
死霊リッチが乗り移って誕生した魔物の譲二。フュージョン持ちだったせいか人間であった頃の意思が強く出ている。譲二が立ち上がって言う。
「さーて、じゃあ上に出て探しに行くか」
譲二は倒れている深雪の元まで行き、手足を縛っていたロープを解く。立ち上がった深雪が言う。
「地上に出て、久須男さんと戦うの?」
譲二が頷いて答える。
「ああ、そのつもりだ」
「なんで? 久須男さんは何もしていないでしょ??」
譲二が強い邪気を放出させて言う。
「許せねえんだよ、俺より強いとか言われている奴が」
譲二はそう言うと魔物を引き連れて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます