53.国賊・藤堂久須男!?
――ようやく私は死ねるんですね
白い炎に包まれながらヴァンパイアマスターのヴァンはひとり目を閉じて思った。
楽園は諦めた。そこには身を焦がす恐ろしい太陽があり、はなからヴァンパイア一族は楽園など目指させない。だからここに棲むと決めたヴァンは暗かったダンジョンを昇級させ、赤く光る場所へと変えた。
だがヴァンパイアはほとんど不老不死に近い存在。永遠と続くダンジョンの時間。仲間を集め娯楽を催行したがその苦悩から解放されることはなかった。
「これを望んでいたのかもしれませんね。感謝しますよ」
消えゆく白い炎の中でヴァンが久須男に言う。
結局あの忌み嫌っていた太陽によって終わる。だがそれは想像よりもずっと心地良く、清々しいものであった。ヴァンが懐から一枚の石板を渡して言う。
「久須男さんにはこれを。あなたにはもっと皆の救いになって欲しい……」
それは七色に光る不思議な石板。受け取った久須男にヴァンが言う。
「あなたは強かった。まさしく最強の攻略者でしたよ……」
ヴァンはそう言い残すと白い炎に包まれすぐに灰、そして煙となって消えた。
「久須男様ああああ!!!!」
勝利した久須男の元にイリアが駆け付ける。抱き着きながら叫ぶ。
「良かったです、良かったです、良かったです……」
久須男は抱き着いて涙を流すイリアの頭をそっと撫でる。そして同じくやって来たハーンとトーコに久須男が命じる。
「ふたりは親子の救助に向かってくれ。間もなくダンジョンが消える。魔物に気をつけろ」
「はっ!」
「かしこまりました」
ふたりはダンジョンマスターがやられたことで大混乱に陥っている会場の中を素早く移動する。
「イリア、もう大丈夫だって」
未だにしがみついて涙を流すイリアに久須男が言う。血に染まった服。こんなに苦戦する久須男を見たのは初めてだった。
「本当にイリアは心配しました……」
「ああ、じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
ふたりは周りが真っ白になって行くのを感じた。
(無事に戻って来たか……)
初めての赤ダンジョン攻略。
最難関と言われるだけあってその難易度はやはりこれまでのものとは雲泥の差であった。これだけ攻撃を受けたことは初めて。久須男は無事に戻ってこれたことを心から安堵した。
「我が主よ、親子は無事でございます」
久須男がハーンを見ると、その腕には憔悴した若い母親が抱かれている。横に立つトーコの腕にも赤ちゃんの姿が。
「イリア、トーコから赤ちゃんを貰ってくれ。寒くて風邪ひいちゃうぞ」
「あ、はい。久須男様」
イリアがトーコから赤ちゃんを受け取る。久須男がすぐに救急車に連絡をし、目を覚ました母親に言う。
「警察の者です。無事に救助しました。赤ちゃんも無事です。間もなく救急車が来ますのでそれに乗ってください」
久須男の言葉を聞いた若い母親が、イリアの手に抱かれた赤ちゃんの元へ駆けよる。
「うわあああん、良かった、良かった!! ありがとうございます……」
赤ちゃんを抱きしめ大声で泣く母親。
久須男は目立つケロンとハーンをアイテムボックスに行かせると、イリアとトーコと一緒に歩き始める。トーコがすっと久須男の傍に立ち言う。
「ご主人様、ご無事で良かったです……」
必要以上に近付くトーコに気付いたイリアがむっとして言う。
「ちょっと、トーコ! 何でそんなに密着するの!?」
そう言いながら久須男の反対側に同じように密着するイリア。トーコが氷のような冷たい表情でそれを無視していると、久須男がぼそっとつぶやいた。
「なあ、イリア……」
「はい!!」
激戦を潜り抜けていよいよ求婚なのかと期待したイリアに久須男が言う。
「なあ、七色のダンジョンが見えるんだけど……」
「え?」
求婚ではなかった。それは残念である。だがそれに匹敵するぐらい驚きの発言であった。
「な、七色のダンジョンですか!? それって本当なのです!!??」
「ああ、間違いない。こんなダンジョン初めてだ……」
久須男は先程ヴァンから貰った七色の石板を思い出して言う。
「ヴァンから貰った七色の石板のせいかもしれない。で、これって以前教えてくれた……」
イリアが言う。
「はい、異世界へ通じるダンジョンです」
それはついにイリアが生まれた場所、マーゼル王国への道が捜索できるようになったということ。
幾つかある七色ダンジョン。どれがマーゼル王国につながるかは分からないが、これできっと帰ることができる。イリアが顔を上げて言う。
「久須男様……」
久須男が答える。
「約束だ。これから一緒にマーゼルへ行こう」
「は、はい!! ううっ……」
感極まってイリアが涙を流す。久須男がその頭を優しく抱き撫でる。
「さて……」
一旦家に向おうとした久須男がポケットに入れたスマホの電源を入れる。
「わっ!?」
ある程度予想をしていたことだが電源を入れた瞬間、久須男のスマホにメッセージや不在着信の通知が次々と入る。その中で久須男が最も気にしていた『ダン攻室』室長の真田からのメッセージを開ける。
「え?」
そこには驚くべき内容が記されていた。
【久須男君、驚かないで聞いて欲しい。総理からの命令で君は『ダン攻室』を除名となった】
その後には総理が激怒したこと、渡されたタブレットはもう使えないこと、そして一度連絡をしてほしい旨が記載されていた。イリアが尋ねる。
「久須男様、どうかしましたか?」
真剣な表情でスマホを見る久須男を心配するイリア。久須男は試しにタブレットの電源を入れてみたが、機械は動くもののネットワークには繋がらない。
「『ダン攻室』をクビになっちゃった」
久須男が笑って言う。
「え? それって真田さんとかと一緒にお仕事できないってことですか……?」
「まあ、そんなとこ」
「そうですか……」
イリアも悲しそうな顔をする。ただ自分は久須男に付いて行くことをすでに決めている。ずっと彼を支えようと決心している。
「ちょっと電話してみるね」
「はい」
久須男はスマホからすぐに真田に電話をかける。
「久須男君!!!」
電話に出た真田が興奮気味に答える。
「メッセージを読みました。クビになっちゃったみたいですね」
「あ、ああ、その件か……」
(その件……?)
これ程の大きな話、その言い方だとまだ他に何かあるような雰囲気だ。真田が言う。
「メッセージの通り総理が激怒されていてね。弟の捜索は綾さん達にお願いしたんだけど、結局ダンジョンには迷い込んでおらず愛人の部屋にいたことが分かったんだ」
くだらない、久須男は黙って聞きながら思った。真田が尋ねる。
「久須男君はその親子の救出はできたのかい?」
「ええ、何とか無事に。赤だったのでだいぶ苦労しましたけど」
「素晴らしいねえ、やはり君は」
真田が少し間を置いてから言う。
「残念だけど今久須男君は除名状態。『ダン攻室』はもちろん、全ての地位を失ってしまっている」
「はい、理解しています」
納得できない部分もあるが自分の信念で動けない組織ならこれ以上いることはない。こずえの手術も終わったし、最初の頃みたいに地道にダンジョン攻略をすればいい。
「その他にもいろいろと問題が起きてしまってね……」
真田の声がより真剣になる。
「まず、同じF組にいた仙石譲二って人のことを覚えているかい?」
「はい、覚えています」
スキンヘッドに筋肉質の男。まともに会話したことはないがあまり好かれていなかったことは知っている。
「彼が魔物になった」
「ええっ!?」
思わず大きな声を上げて驚く久須男。
「なぜか知らないが魔物になってしまい、『ダン攻室』があるビルを襲った。一般班の人やF組のメンバーがそれに対抗したが……」
久須男が黙って話を聞く。
「負傷者多数、そして深雪さんが彼に連れさられてしまった……」
「深雪が……」
黒髪のボブカットがよく似合う大人しい女の子。久須男が彼女の姿を思い出していると真田があることを告げる。
「仙石さんは、なぜか分からないが君を探しているようだ」
「え、俺を?」
少し躊躇いながら真田が言う。
「ああ、君を殺したいと言っていた」
「……そうですか」
恨まれる理由は分からない。
ただ仲間が捕らわれたと言うのならばすぐに救助に向かう。返事をしようとした久須男より先に真田が言う。
「あと他にもまだあるんだ」
「まだ何かあるんですか?」
「ああ、本来除名になった君と接触することは規律違反になるので私からの連絡とは口外しないでほしいのだが」
そう前置きしておいてから真田が言う。
「政府は久須男君を反逆分子と見て身柄の確保を急いでいる。その為、まず君の家族を軟禁した」
「えっ」
もっとも意外過ぎる言葉。
自分がまるで犯罪者にされた上、さらに家族にまで危害が及んでいるとは。
「家族に怪我をさせることはない。ただ君の家は今頃警察や自衛隊に包囲されており、ずっと監視されている」
「真田さん……」
少しの間を置いてから静かな声で久須男が言う。
「何だい?」
「ご連絡ありがとうございます。俺も覚悟を決めました。これから国を相手に喧嘩します。色々と助けてくれてありがとうございました」
「そうか、最後の最後で力になれなくてすまなかった。申し訳ない……」
「いえ、大変感謝しています。では」
そう言って久須男は電話を切った。
「久須男様……」
隣で黙って久須男の隣にいたイリアが心配そうに顔を見つめる。久須男は全てのことをイリアに話した。
「酷い、です……」
温厚なイリアもその酷い仕打ちに怒りを露にする。久須男が言う。
「仙石さんに攫われた深雪は多分殺されることはないだろう。目的はなぜか俺のようだし」
「はい……」
久須男がイリアに言う。
「だから先に家族の救出に向かう。国との大喧嘩、おっぱじめようぜ!!!」
「久須男様……」
やはり心配なイリアに久須男が笑って言う。
「大丈夫。俺には頼もしい仲間がついている。このクス王怒らせたこと、しっかりと分からせてやるぜ!!」
「はい! 久須男様!!」
迷いのない久須男を見てイリアは安堵する。
これより国、そして総理大臣が力でねじ伏せようとしたその少年の恐ろしさを知ることとなる。
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