52.最上級ダンジョンのボス

 最難関の赤ダンジョンの一番奥にある迷宮闘技場。

 三対三の団体戦でヴァンパイアマスター達と戦う久須男は、ケロンとハーンを倒したロイヤルウルフを秒殺。続く死霊レイスも分殺し、からかい半分だった会場の空気を一変させた。



「じゃあ、始めようか。久須男さん」


 そしてふわりと舞うように闘技場に降り立つダンジョンボスのヴァンパイアマスター。ヴァンと呼ばれた彼は礼儀正しく、試合前の挨拶を交わした後、久須男に相対する。



(何だ、この違和感は……)


 対峙しながら久須男はヴァンに対して感じたことのない違和感を覚える。強い相手。それは間違いない。前のふたりと遜色ない強さ。ヴァンが右拳を上げ久須男に突進する。



「行きますよ!! はああ!!!」


 ガン!!!!



 久須男もそれに拳で応戦。

 ぶつかり合うふたつの拳が低い音を立てて辺りに響く。ヴァンが叫ぶ。



「いいですねえ!!! はあっ!!!!」


 そこからは拳と蹴りによる肉弾戦。

 久須男もスキルを使い身体能力を上げそれに対応。強者同士の殴り合いが始まる。




「久須男様……」


 赤ダンジョンと言う未知の世界。相手も未知の敵。そんな相手を前に久須男がひとり奮戦する。




「風魔法、ウィンドブラスト!!!!」


 一旦後方へ下がった久須男が右手を差し出し魔法攻撃へと移る。



 ゴオオオオオオオ!!!!!


 同時に巻き起こる数多の風の渦。それがまるで鋭利な刃物ようになってヴァンに襲い掛かる。



「土魔法、土壁!!!」


 ヴァンがそれに土壁で対抗。



 ガッ、ガガガガガッ……


 久須男の魔法が分厚い土の壁に阻まれ勢いを落とす。ヴァンが叫ぶ。




「土魔法、サンドショット!!!」


 シュンシュンシュン!!!!


 大気中に集まった砂が大きな弾丸となり久須男に向かって飛ばされる。



「風魔法、ウィンド!!!」


 久須男がそれを風を起こす下級魔法で吹き飛ばす。驚くヴァンに対して久須男が続けて魔法を放つ。




「炎魔法、フレイムストライク!!!!」


 業火を纏った炎の竜が蛇行しながらヴァンへと突き進む。



 ドン!!!!



「ぐわあああああ!!!!」


 それはそのままヴァンの右肩へ食いつくように直撃。暴れ回る業火の竜にヴァンが成す術なく吹き飛ばされる。




「久須男様!! 頑張って!!!」

「さすが、我が主。お見事っ」


 それを闘技場の脇で見ていたイリア達が嬉しそうに声を出して応援する。ただ当の久須男は未だ払しょくされない違和感に戸惑っていた。



(おかしい。よく戦っているように見えるけど、まるで歯ごたえがない……)



 ボフウウゥ!!!



 久須男がヴァンの戦いに戸惑っていると、自分が放った炎の竜が音を立てて燃え尽きた。

 舞い上がる煙と火の粉。戦いながらやや集中力を欠いた久須男に一瞬の隙ができる。




「戦闘中にぼうっとしてはいけませんね」



(!!)


 不意に久須男の耳元で小さく囁く声が聞こえる。しまったと思った瞬間、久須男の肩に激痛が走る。



「ぐがっ!!!」


 気が付くと背後に立ったヴァンが、その鋭い牙で久須男の肩に噛みついた。



「久須男様っ!!!!」


 闘技場の上で攻撃を受ける久須男を見てイリアが声を上げる。



(『神力』!!)



 久須男が右手に力を込め右肩のヴァンへ殴り掛かる。



 シュン……


 ヴァンはそれを察知し、すぐにその場から離れる。




「くそ……」


 右肩を押さえながら流血を止める久須男。すぐにブルージェルを肩に出し治療を始める。ヴァンが口元についた血をぺろりと舐めながら言う。



「美味美味。さすが一流の方の血は違いますね~」


 久須男がじっとヴァンを睨みながら言う。



「血を吸われると、何が起きる……?」


 ヴァンは持っていたハンカチで丁寧に口元を拭くと久須男に答える。



「久須男さんはご心配なく。何も起きませんよ。まあでもこの後、私に叩きのめされるんですけどね」


 不気味な笑み。改めてヴァンの前に対峙した久須男はその違和感をはっきりと感じた。



(違う。先ほどよりもはっきりと何かが違う!!)


 肩の応急処置を終えた久須男が目の前にいるヴァンをじっと見つめる。




「ねえ、ハーン……」


 その様子を闘技場脇から見ていたイリアがハーンに言う。


「はい、イリア様」


 ハーンがそれに答える。



「ねえ、何か変じゃない?」


「……我も同じ感じでございます」


「私もよ……」


 後ろにいたトーコもそれに同意する。イリアが言う。



「あれって、まるで……、久須男様……」


 長い髪、白い肌の優男のヴァンを見てイリアがぼそっとつぶやいた。





「さあ、そろそろ終わりにしましょうか!!!」


 ヴァンが大きな声で対峙する久須男に言う。



「炎魔法、ヴァーニングブラスト!!!!!」



 ゴオオオオオオオ!!!!!


 ヴァンから放たれる地獄色の業火。轟音を上げながら久須男に迫る。久須男がすぐに防御壁を張る。



「水魔法、水壁っ!!!」


 自身の前に築かれる分厚い水の壁。炎と水、相性では水の方が強かった。



「なに!?」


 久須男が目を疑う。

 炎魔法にも絶大な防御力を誇る水壁が、ヴァンの発した地獄の業火によって押されるどころかその熱でどんどん蒸発していく。慌てて久須男が防御壁を張り直す。



「土魔法、土壁っ!!!」


 水の壁の後ろに急遽新たな土の壁を形成。しかし完全に水壁を蒸発させたヴァンの炎魔法が、次は土の壁を破壊しようと火力を高める。



 ゴゴッ、ゴゴゴゴゴ、バリ、バリバリバリ……


 強力な火力。相性が悪くないはずの水や土の壁が今にも崩れそうになる。



(どうなってるんだ!? さっきまでとは魔力が桁違いに強い……)


 久須男は壁を作りながら突然火力アップしたヴァンの魔法に戸惑いを隠せない。ヴァンの声が響く。



「土魔法、ストーンプレス!!!」



 ドン、ドオオオオオオン!!!!


 久須男が造り出した土壁。強い炎に耐え続けていたその壁は、ヴァンが放った岩の塊によって呆気なく破壊される。



「しまっ……、ぐわあああああ!!!!」


 防御魔法に集中していた久須男にその魔法によって放たれた岩が直撃する。



「久須男様ああああ!!!」


 無情に響くイリアの叫び声。同時に会場はヴァンの攻勢を喜ぶ魔物達の歓声に包まれる。




「うぐっ、ごほっ、ごほっ……」


 イリアは初めて見た。久須男が敵の前に仰向けに倒れる姿を。

 久須男は岩の塊の直撃を受け口から血を吐き闘技場の端で倒れている。涙を流しながら久須男の元へ駆けつけようとするイリアの腕をハーンが掴む。



「我等が主を信じて待つべし」


「うっ、ううっ……」


 よろよろと起き上がる久須男を見てイリアが再び涙を流す。





「どうなってるんだ、ってお顔をしてますね?」


 立ち上がった久須男に余裕の表情のヴァンが言う。



(何があった……)


 無言の久須男にヴァンが笑いながら言う。



「ご納得されていない顔をされていますね。さしずめ『どうしてこんなに強くなった?』ってお顔です」


 口から流れた血を拭き無言でヴァンを見つめる久須男。改めて真正面に対峙してようやくその違和感の正体に気付いた。




「あ、そうか。か……」


 ヴァンがにこやかに言う。



「お気付きになられましたね。そうです、私のスキル『吸血』は血を吸った相手と同じ力を造り出すもの。あなたの力、スキル、複製できるものは全て造らせて頂きましたよ」


 そう言って右手を腹部に当て深く頭を下げるヴァン。久須男がずっと感じていた違和感。対戦当初は決して強くなかった彼が、ずっと余裕を持って戦っていた理由。それがはっきりした。



「俺と戦っていたんか。ああ、通りで強い訳だ……」


 久須男も笑いながら答える。ヴァンが言う。



「ええ、久須男さんはとってもお強いお方。これまで対戦した相手が可愛らしく見えるほどです。さあ、楽しいお喋りはここまで。数多の強者の力を手に入れた私の強さをご覧に入れましょう」


「手加減頼むぜ……」



 そこからは半ば一方的な展開となった。

 久須男の力を手にしたヴァンは圧倒的な強さで久須男を追い詰めて行く。


「ぐはっ!! うぐぐっ……」


 拳や蹴り、魔法攻撃でどんどん体力を削られる久須男。必死に抵抗を試みるが多彩な攻撃を繰り出すヴァンの前に幾度も床に倒れる。




「ウオオオオオオ!!!!!」


 観客席からはヴァンの応援する歓声が止むことなく発せられる。これまでと同じ展開。どんな強者が現れてもヴァンパイアマスターには敵わない。魔物達は闘技場で倒れる久須男の姿を見て皆が興奮する。




「久須男様、久須男様……」


 闘技場の脇でずっと涙を流し久須男の身を案じるイリア。何度も飛び出そうとするが、その度にハーンに止められる。


「久須男様を信じましょう」


 ハーンは久須男が言った『終わらせる』という言葉を信じじっとその光景を見つめる。




「はあはあはあ……」


 もう何度目だろうか。

 再び久須男が闘技場の床の上に倒れ体中で息をしながら仰向けになる。ヴァンもやや疲れた表情になって言う。



「本当に耐久力抜群の人ですね……、これだけ撃っても決定打にならないとは……」


 ヴァンは改めて目の前の少年のような男の強さに驚かされる。この小さな体にいったいどれほどの力を備えているのだろうか。同時にその力を手に入れた自分の強さを思い興奮する。ヴァンが言う。



「さあ、そろそろ終わりにしましょうか。観客達があなたの無残な死を望んでいますからね」


 よろよろと立ち上がった久須男にヴァンが言う。久須男は頭を掻きながら答える。



「……やっと分かったよ」


「何のことです?」


 意味の分からない言葉。不気味に笑う久須男にヴァンが怒りを露にして言う。



「何のことですって聞いてるでしょ!!!」


 久須男が右手を大きく上にあげてゆっくり答える。



「ああ、お前な。俺の力を複製したってのは信じるよ。最初から変だったし、その強さ、まじハンパねぇわ」


 そう言いながら久須男の腕に集まる魔力。



「何をしても無駄です! あなたの魔法などこの私が全て……」



「でもよ、お前さあ、俺の力を作らなかっただろ??」



 体の動きが止まるヴァン。その意味が分からない。


「何を言ってるんでしょうか? 時間稼ぎ?? さあ、おしまいにしますよ!!!」



「お前のスキルは本能的に『自分にあってはまずい能力』は作らないんだ。さっきからずっとお前の攻撃を見ていたんだけど、ひとつだけお前が決して撃たない属性があるんだよ」




「な、何を言って……!? 私は完璧、あなたの力を得た完璧な存在……」




「ヴァンパイアって確か、が嫌いだったよな?」



「!!」



 久須男の腕に真っ白な魔力が集まり始める。そして言う。



「あるんだよ、その太陽の力を根源とした魔法ってのが……」


 その腕の魔力を感じたヴァンが真っ青な顔をして後退し始める。


「い、いけない、それは、その力は我らが最も忌み嫌う力……」



 久須男が言う。




「白魔法、シャイニングサン!!!!」



「ウギャアアアアアア!!!!!!」


 久須男の腕から宙へ放たれた真っ白で輝くような光。それは真っ赤に染まっていた赤ダンジョンをも白く染め上げ、会場にいた誰もがその眩しさに一瞬目を閉じる。



「ウギャアアアアアア!!! 熱い、熱い!? やめてくれ!!!!!!」


 久須男が言う。



「ヴァンパイアにとって最も忌み嫌う太陽。お前はその太陽を根源とする白魔法だけは俺から創造しなかった。だから分かったんだよ、なんだってな」


 輝く白き閃光。

 観客達がその眩しさに慣れ薄目を開けると、太陽の光を浴びて真っ白な炎に包まれたヴァンパイアマスターの最後の姿がそこにあった。

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