51.想定外の来訪者
内閣府ダンジョン攻略室が入る庁舎ビル。
その高層階にある室長室の椅子に座った真田が青い顔をして電話の応答をしていた。
「はい、申し訳ございません。総理……」
電話の相手は内閣総理大臣。未だ発見の報がない自身の弟の安否について何度も電話をかけてきている。
「何をやっているんだ! 全人員を割いて捜索に当たれ!!」
「万全を尽くしております。ただ一般班の無闇な投入は二次被害を招く恐れがありまして……」
額に汗を流しながら答える真田にいつもの落ち着いた様子はない。
「万全を尽くしていながらまだ見つからないとはどういう事なんだ!」
「はい、F組でも主力のふたりを向かわせております。しばしお待ちを……」
先に久須男に断られた真田。とりあえず手の空いていた綾とチェルを向かわせたが、まだ弟発見の連絡はない。総理が尋ねる。
「それで、今そのF組最強の高校生ってのは一体どこにいるんだ?」
総理は自分の命令を無視して協力しなかった久須男について尋ねる。
「はい、別のダンジョンに潜っております。人命救助をしているものかと……」
歯切れが悪い。真田は自分で話して置きながらそう思った。
「くそっ、この私の命令を無視してどういう事なんだ!?」
電話越しに伝わる総理の怒り。久須男の意見も分かるが総理を怒らせてしまったのはやはり得策とは言えない。
「とにかく全力を挙げて弟の捜索に当たれ。それからその馬鹿な高校生の処遇はメールしておいた。しっかりと読んでおくように」
そう言うと総理は一方的に電話を切った。
「ふうっ……」
スマホを机に置き、煙草に火をつけた真田が少し前に着信していた総理からのメールをクリックする。
「えっ……」
真田が思わず手にしていた煙草を落としそうになる。
「こんなこと、こんなことをしたらこの国は……」
真田は総理から送られたメールを何度も読み返して絶望する。そんな彼に更なる悲報が届けられる。
「室長、大変です!!!」
ドアのノックも無しに突然職員が真田の部屋にやって来る。
「どうした?」
ただ事ではないと気付いた真田が尋ねる。
「魔物が、魔物が三体このビルに来て暴れております!!!」
真田には何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
「譲二さん、この建物をぶっ壊せばいいですね?」
「ああ、そうだ」
ダンジョンから出た譲二と魔物二体は、『ダン攻室』がある政府庁舎ビルの前まで来て言った。見上げるほどの高さのビル。初めて見る巨大建造物に興奮しながら人型の魔物が言う。
「中にいる人間も殺しちまっていいんですね?」
「歯向かう奴は殺せ」
真っ黒な肌に久しぶりの太陽光を浴びながら譲二が答える。
「ただし、『久須男』と言う男のガキがいる。そいつを見つけたら俺に知らせろ。直々にぶち殺す」
譲二から発せられる強い邪気にふたりの魔物の背筋が一瞬凍り付く。女型の魔物が言う。
「その久須男と言う子も可哀そうだね~、譲二様にこれほど目をつけられるとは」
カールのかかった長い茶色の髪。コートを着ているが美女であり、色っぽい魔物である。対照的に男の魔物の方は、茶色の肌にごつごつとした筋肉質の体。邪気は抑えているが溢れ出る圧は相当なものである。
「行くぞ」
譲二の低い声に二体の魔物が頷いてその後に続く。
「君達、許可証を拝見する」
庁舎ビルの入り口、そこに立つガードマンが譲二を見て声を掛ける。
(ああ、懐かしいなあ)
一瞬昔を思い出す譲二。ダンジョン攻略室のフュージョン適合試験を通り、何度も足を運んだこのビル。毎度この入り口でIDチェックを行っていたことを思い出す。ポケットには多分まだそれらしきものは入っているだろうが、もはやそんなことはどうでもいい。
「許可証はないのかね……?」
再び尋ねるガードマンに譲二は顔を上げ少し笑ってから、後ろの仲間に小声で言った。
「やれ」
それと同時に起こる小爆発。
ガードマンや入り口付近にいた人達が吹き飛ばされ、入り口そのものも破壊されガラスが飛び散っている。
「きゃあああ!!!」
「ひぃいいいい!!!!」
突然の爆発にロビーや近くにいた人達が驚き逃げ惑う。突然の恐怖。辺り一面が騒然とする。
「取り押さえろ!!!」
爆発直後に直ぐに駆け付けたビルの警備員。政府機関が多く入るこの高層ビルには訓練された警備員が常駐している。
「何か爆発物を持っているぞ!! 気を付けろ!!!」
警備員のリーダーらしき人物が譲二を始めとした三名を取り囲んで言う。譲二が両手を上げ笑いながら答える。
「なーんにも持ってねえぞ。丸腰、丸腰~!!」
ドオオオオオン!!!!!
「ぐわあああああ!!!!!」
譲二が両手を上げなら再び起こった爆発を見て爆笑する。得体の知れぬ相手にさすがの警備員達もじわりじわりと後退し始める。そこへ騒ぎを聞きつけた屈強な男達がロビーに現れた。
「皆さん、避難してください!! ここは危険です!!!」
彼らの手には日本刀や薙刀、盾などの武器が握られている。それを見た譲二が頷きながら言う。
「ようやくおいでなすったか。一般兵さん達よ」
武器を握りしめた男達が譲二を見ながら言う。
「あいつらは魔物だ。気を抜くな!!!!」
その言葉に気を引き締める『ダン攻室』一般班の面々だったが、そのうちの数名が譲二の顔を見て思い出したかのように言う。
「あ、あれって、F組の仙石譲二さんじゃないか……!?」
F組の譲二。それはフュージョンが始まった頃の攻略班のエースで、ダンジョンの記録保持者でもあった男。配信された動画も当初は人気で彼の顔を覚えている人も少なくない。
「ほ、本当だ。譲二さんみたいだ……」
ただ目の前にいるその男はとてもあの譲二とは思えないほど黒い肌をしており、放たれる邪気は正に魔物のそのもの。しかも譲二はダンジョンで行方不明になったと皆に通知されている。
「魔物になったんだ。遠慮は要らん、討ち取るぞ!!!」
「おおっ!!!」
一般班の隊員達は自身が持つ『魔力付与』された武器を持ち譲二達に襲い掛かる。男の人型をした魔物が前に出て言う。
「ここはお任せを、譲二さん」
「ああ、好きにしろ」
そう言って腕を組み一歩後退する譲二。男の魔物は大きく息を吸うと迫り来る隊員達に向かって叫ぶ。
「死ねよ、雑魚共っ!!!!」
そう叫ぶと同時にみるみる大きくなる男の体。腕や足は巨木のように太くなり、口は突き出て大きな牙を剥き出しにする。手や足には鋭い爪、厚い皮膚。それはまるで古代の恐竜、ダンジョンで言うならばドラゴンの姿そのものであった。
「グガゴゴゴオオオオオ……」
巨大なドラゴンとなった男が集まった隊員達に向かって攻撃を始める。
ドラゴニア種。古代マーゼル王国で生息していた貴重種であり、今その存在は古文書の中でしか確認できない種族。強さはもちろん、人型になることが可能で会話もできる高い知能を有する。
ドオオオオオン!!!!
「ぎゃああああああ!!!!!」
ドラゴニアの太い尻尾が隊員達を次々となぎ倒して行く。古代上級魔物対一般班。その光景はもう戦いにすらならない程力の差は歴然であった。
「水魔法、ウォータボム!!!!」
ドン、ドドドドドオオオオン!!!!
その時、ドラゴニアの体に向かって水の球体が放たれ小爆発を起こす。
「ググ、何だァ!?」
突然の魔法攻撃。驚くドラゴニアの後ろで譲二がその見慣れた顔を見て声を出す。
「なんだ、深雪じゃねえか。元気そうだな」
深川深雪。F組で元譲二の同僚。隣にいたマリアが叫ぶ。
「お前、一体何をしているんだ!!!!」
赤髪の剣士。気の強いマリアを見て譲二が笑いながら答える。
「何って破壊だよ。分からねえのか? 口だけのお嬢さん」
「な、何を!!!!!」
挑発されカッとしたマリアが手にしたミスリルソードで譲二に向かって突進する。
「譲二さんに手を出すな!!!!」
その前にいたドラゴニアが大きく鋭い爪でマリアを攻撃。
「氷壁っ!!!」
その爪がマリアを襲う瞬間、彼女の前に分厚い氷の壁ができる。
ガッ!! ガガッ……
ドラゴニアの爪が氷の壁に突き刺さり止まる。譲二が手を叩いて言う。
「お見事、お見事。やるじゃねえか、レスター」
長い髪を垂らしながら眼鏡の奥で譲二を睨みつけるレスター。小さく首を左右に振りながら言う。
「どこに行ったのかと思えば何をやっているのですか、あなたは?」
「何って、散歩よ、散歩。久しぶりに会ったのに冷たい言い方じゃねえか」
レスターが譲二を睨みつけて言う。
「久しぶり? あいにく私には魔物の知り合いなどいませんので」
「無礼者っ!!!」
ズキューン!!!!
「ぐっ!!!」
それまで黙って見ていた女型の魔物が突然大声を出して魔法を放つ。弾丸の様な魔法が譲二と会話していたレスターの肩を貫く。
「うぐぐぐっ……」
激痛に膝をつき唸り声をあげるレスター。
「だ、大丈夫!?」
慌ててレスターの元へやって来た深雪達に向かって女型の魔物が叫ぶ。
「譲二様に向かって何たる態度。その命を持って償え!!!!」
同時に身もよだつ程の魔力が女に集まる。その圧に体の自由が利かなくなった深雪達が呆然と女を見つめる。
「やめろ、ウィッチ」
だがそんな彼女の魔力は譲二の言葉によって止められる。自分の顔を見つめるウィッチに譲二が言う。
「元相棒だ。この程度の態度、何でもないわ」
「譲二様……」
「仙石さん、これは一体どういうことなんだ!?」
そこはまた別の男の声が響く。オールバックの鋭い眼光。その普段静かな男の興奮した姿を見て譲二が尋ねる。
「これはこれは真田さん、お久しぶりで。えらい興奮してるようだけど、どうしたんです?」
馬鹿にした態度を続ける譲二を見て真田が尋ねる。
「その姿、あなたは魔物になったのでしょうか……?」
「ああ、そうだ」
簡単な回答。
ただとても重く、重大な意味を持つ言葉。譲二が尋ねる。
「なあ、真田さんよお。ここにあの高校生のガキはいるか?」
真田がそれがすぐに久須男のことを言っているのだと分かった。
「久須男君のことか? 彼なら今ここにはいない……」
そう言いながら真田が悲しげな表情をする。譲二が答える。
「そうか、そりゃ残念だ。俺の最初の目的はあいつをぶっ殺すこと。いなけりゃいい、おびき寄せるだけだ」
そう言うと同時にロビーに起こる爆発。
ドオオオオオン!!!!
「きゃああ!!!」
「ぐわああ!!!!」
衝撃、爆音、人々の悲鳴。
突然の爆発に大混乱となったロビーにもくもくと白煙が立ち込める。
「後退、後退っ!!!」
マリアが自身も下がりながら皆に指示を出す。しかし煙が消えてからその光景を見て体が震えた。
「み、深雪っ!!!!!」
一緒に避難したはずの深雪がいつの間にか譲二に捕まり、首を押さえられている。
「うぐぐうっ……」
動くこともできず苦しむ深雪。マリアが叫ぶ。
「貴様あああ、深雪を放せ!!!!!!」
剣を振り上げ突入するマリア。それと同時に再び起こる爆発。
ドオオオオオン!!!!
「ぎゃあああ!!!!」
爆風に吹き飛ばされるマリア。譲二が笑いながら言う。
「藤堂久須男に伝えておけ!! この女を取り返しに来いとな。ダンジョンで待ってるぞ。ぎゃははははっ!!!!」
ドオオオオオン!!!!
再び爆発が起こった後、譲二達魔物は姿を消していた。
「深雪、深雪……」
成す術なくやられたマリアがよろよろと立ち上がり真田の元へと向かう。埃と爆発の破片で怪我をした真田にマリアが言う。
「早く、早く久須男様に連絡を……」
その目は自慢の髪と同様真っ赤になり涙で溢れている。一刻も早い久須男の救助が必要だ。だが真田は無表情のまま首を振って言った。
「それはできない。久須男君は先程総理の命令で……」
マリアが真田の顔をぼうっと見つめる。
「ダンジョン攻略室から除名となった……」
マリアは集まって来たレスター同様、その意味不明な言葉にしばし立ち尽くした。
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