50.五分間の攻防

 観客席にいた魔物達は、その闘技場の中央に立つひとりの少年によって声ひとつ上げられずにいた。

 橙、そして赤と昇格していったダンジョン。侵入者などもう長いこと現れていなかったこのダンジョンに来た少年のような男。その風貌から『大したことない』と蔑視していた魔物達は、絶対的強者のロイヤルウルフが秒殺されたことに未だ頭の理解が追い付いていない。



 そんな静寂を破って闘技場の久須男の前に、子供ほどの背丈でボロを纏った次の対戦者が現れた。ボロが言う。



「次の相手は僕だよ」



死霊レイス(変異種):物理無効】


 久須男の『神眼』が敵の正体を判別。実態を持たない死霊型の魔物。よって物理攻撃は効かない。久須男が言う。



「もう始めてもいいのか?」


「あれ~、なんかつれないなあ~、挨拶ぐらいしようよ」


 久須男はヴァンパイアマスターの傍で鎖に繋がれている若い母親と赤ちゃんを見てから答える。


「悪いけど時間がもったいないんだ。行くぞ!!」


 真っ黒なボロを纏った死霊が少し宙に浮かびながら答える。



「あ~あ、つまんないなぁ……、まあいい。それじゃあ、死んでね」



 同時に発せられる津波のような氷のウェーブ。ギシギシと音を立てながら久須男に迫る。



(無詠唱か。相当な魔力だ)


「氷魔法、氷壁」


 それに対して久須男はあえて同属性の氷で防御。氷の津波と氷の巨壁がぶつかり合う。



 ゴゴッ……、ドン!! バキバキバキ……、バキン!!!!


 両者の氷は鈍い音を立ててぶつかり破壊。煙のように消え去る氷を見て死霊が興奮気味に叫ぶ。



「ヒャッハー! キミ、凄いよ凄いよ!!!」


 子供の様に騒ぐ死霊に気を取られ、一瞬集中が切れた久須男がその異変に気付く。



(え!?)


 気が付くと久須男の周りに様々な色をした球体が所狭しと浮かんでいる。



「これは、魔法!?」


 死霊が答える。


「正解~!! フレイムボム、ウォーターボム、アイスボム、サンダーボム、ウィンドボム、まあ、その他いろいろ。君の周りに置かせてもらったよ~」


 文字通り全く身動きができないほど周囲が魔法の玉で埋め尽くされている。『神速』で逃げることもできない。死霊が言う。



「さあ、ちょっと早いけどフィナーレの大花火と行こうか~」


 死霊の合図とともに魔法の球体が一斉に爆発し始める。



 ドン、ドドドドドン!!! ドオオオオオオオオン!!!!!



「く、久須男様ああああ!!!!!」


 初めて見る久須男が攻撃される姿。最初の潜り始めた頃ですらまともに攻撃を受けたことがない久須男。闘技場一面に黒煙が立ちこめる。




「……ちょっと焦ったよ」


 黒煙の中からその久須男の声が響く。



「く、久須男様……」


 怪我ひとつしていない久須男の姿を見てイリアが安堵の涙を流す。驚いた死霊が言う。



「え!? な、なんでそんな無傷で……」


「ああ、『攻撃魔法無効』のスキルを発動した。まあ、一日一回、五分程度しか持たないけどね。でもそれだけあれば十分」



 久須男が死霊に向けて手を上げる。


「炎魔法、フレイムショット!!!!」


 久須男の指から放たれる炎の弾丸。死霊が言う。



「ぼ、僕には強い魔法耐性が……、ぎゃっ!!!!」


 物理無効に、強い魔法耐性。その鉄壁の防御を誇る死霊が、久須男の攻撃に一瞬を感じた。




「こ、こんなことが……」


 死霊は自身の右腕が吹き飛ばされていることに気付く。じわじわと感じる焼けるような激痛。生まれて初めて感じる死の恐怖に、死霊の体が震える。久須男が言う。



「悪いな。お前全然急所が見えないから、少しずつ削り取って消すわ」


 死霊でありながら、生きたまま削られると言う恐怖に体全体がガクガクと震え始める。五分あれば確実に殺される。死霊が思う。



(つ、強い。一体何なんだ、このガキ……)


 ボロを纏いその中の表情こそ見えないが、死霊は初めての恐怖に顔が歪む。



(な、ならばこれならどうだ!!!)


 魔力で勝てないと判断した死霊は、闘技場脇に治療の為に座っているハーンを見ながら心の中で魔法を詠唱する。



(動け!! 死体操作アンデッド・コントロール!!!)



「うっ!? ううっ……」


 イリアの横で座りながら久須男の戦いを見ていたハーンが急に唸り声をあげる。そして体を揺らしながら立ち上がるとゆっくりと闘技場の上へと上がり始める。



「ハ、ハーン!? どうしたのよ!!」


 驚いたイリアが声をかけるも無言のまま闘技場の上に上がり、持っていた折れた漆黒の剣をの方へと向ける。意外な登壇者に久須男が声をかける。



「ハーン、どうしたんだ?」


「うっ、ううっ……」


 折れた剣を持ち久須男に向けるも体は震え足元もおぼつかない。久須男がアイテムボックスから剣を取り出す。



「わ、我が主……」



 カン!!!!


 ハーンは震えた体のまま久須男に折れた剣で斬りかかり、久須男にその剣を弾かれる。久須男が言う。



「どうしたんだ、ハーン?」


「うぐっ、ぐぐぐっ……」


 ハーンが頭を押さえてその場にうずくまる。



(操られている……??)


 久須男がうずくまったハーンと対戦中の死霊を見つめる。死霊が久須男に言う。



「あ~、気付いちゃった!? さすがだね~、驚きだよ」


 久須男は黙ってうずくまるハーンを見つめる。



「うがあああ!!!!」


 突如立ち上がったハーン。握った拳で久須男に襲い掛かる。



 ガン!!!!


 それを素手で受け止める久須男。そして片足を上げるとハーンの腹部に素早く蹴りを入れる。



 ドン!! ド、ドオオン!!!!



「久須男様……」


 闘技場外に弾き飛ばされたハーン。心配したイリアが駆け寄り不安そうな顔をする。しかしそんな心配とは裏腹に、再びハーンが立ち上がろうとする。死霊が笑いながら言う。



「きゃはははっ! 無理無理、そいつは朽ち果てるまでお前を襲うよ~!! 簡単だよ、助けたきゃ、が死ね!!」



 シュン!


 久須男を見て笑った死霊。しかしその相手が一瞬で消えた。



「え?」


 同時に背中に感じる強烈な圧。すぐに耳元で何かが小さく囁かれる。



「そうだな、簡単だな。を消せば全て終わる」



「え? な、何を言って……」


 あまりの強い圧に身動きが取れなく死霊。そして容赦なく魔法が唱えられる。



「お前、暑いの嫌いなんだろ? じゃあ、これくれてやるよ」


「お、おい、やめ……」


 久須男が魔法を詠唱する。



えん魔法まほう、ヴァーニングアップ」



 小声で唱えた魔法。会場の誰にも聞こえなかった詠唱だが、突如久須男を中心に上がった業火に皆が驚く。



 ゴオオオオオオオオ!!!!!


 まるで天に昇る竜のように渦巻く業火。幾重にも重なる炎の柱が辺りを真っ赤に染めて行く。死霊は焼けるような激痛に意識朦朧としながら久須男に言う。



「こ、こんな炎を……、お前も焼け死ぬぞ……」


 真後ろに居る久須男が答える。



「大丈夫。だって、まだ十秒……」


 業火に焼かれて灰になりつつある死霊に久須男の言葉が突き刺さる。



「まだ十秒、魔法無効の時間残ってんだぜ」



「ガゴガガガガアアァ……」



 完全に崩れ去る死霊レイス

 同時にボフッという音を立てて消え去る久須男の業火。崩れ去った死霊の灰を見ながら久須男が言う。



「二度と俺の仲間を愚弄するようなことはするな」


 久須男がすぐに闘技場脇で倒れているハーンの元へ行く。イリアやトーコが介抱している中目を覚ましたハーンが小声で言う。



「我が主よ、情けなき失態、申し訳ございませぬ……」


 久須男が答える。



「いいって、気にすんな。とっととあいつ倒して、帰ろうぜ」


 久須男はそう言ってにっこり笑うと再び闘技場の上へと上がる。


 会場は静まり返っていた。人間などと言う弱小種族が、まさかロイヤルウルフと死霊レイスと言う二大上級魔物を秒殺、分殺で倒してしまうことなど誰も想像していなかった。


 ただの余興。それはまるで網に掛かった小魚を皆で笑いながらなぶり殺すようなもの。自分達は安全な場所からその余興を楽しむだけのはずだった。

 だからこの展開に会場にいた魔物達は心底焦った。傍観者であった自分達に迫る死の恐怖。この後もしダンジョンボスが倒されれば、このダンジョンと共に全ての魔物が消えることとなる。



 不安や恐怖。だが魔物達が抱えるそんな感情を、その赤きマントを羽織った優男のボスが一掃してくれた。



「お見事だよ、素晴らしい」


 いつの間にかふわりと闘技場に降りて来たヴァンパイアマスター。

 まったく気配を感じさせずに優雅に振舞う姿は美しくもある。それを見た魔物達が大声で歓声を上げる。



「ウゴオオオオオオオオオ!! ヴァン様あああ!!!!」


 会場からの声援を受けヴァンパイアマスターことヴァンが軽く手を振りそれに応える。

 久須男の前に立つ優雅な姿はこれからとても戦いを始めるような風体には見えない。どこかに午後の紅茶でも楽しみに行く、そんな雰囲気すら感じさせる。久須男が言う。



「さあ、始めようか」


「構いません。その前にあなたのお名前を教えて頂けませんか。私はヴァンと申します」


 ヴァンがその長く黒い髪を垂らし、右手を腹部に当てながら深々と頭を下げる。無言の久須男。ヴァンが笑顔で言う。



「何もお名前を聞いたからってあなたの力を奪ことにはなりませんよ。私は紳士。そんな姑息な真似は致しません」


「……久須男だ。藤堂久須男。さあ、あの親子を返して貰うぞ!!」


 ヴァンが軽く会釈をして答える。



「久須男さん、良い名前ですね。ではご希望通り始めましょう」


 そう言って右手を前に差し出すヴァン。



「氷魔法、アイスボム」


 ヴァンの右手に構築される大きな氷塊。それが一直線に久須男に向かって放たれる。



「氷魔法、アイスボム!!」


 久須男もそれに対して同じ魔法で対処する。




 ドン! ドドドオオオオン!!!!


 強い魔力を帯びたふたつの氷塊がぶつかり、激しい衝撃と共に砕け散る。ヴァンが飛び散った氷の破片を払いながら言う。



「素晴らしいですね、久須男さん。想像した通りです」


 余裕のヴァン。久須男が思う。



(強い。強いんだが何か違和感がある。先のふたりと同等ぐらいの強さはあるんだが……)


 久須男はヴァンと対峙しながらその得体の知れない何かを感じ警戒する。やがてその違和感は現実のものとなっていく。

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