きせいうどん

 もうこんな時間か。こんなに話を聞いてると、腹が減ってこないか?

 ちょうど、いいものを持ってるんだよ。ほら、これ。うどんだ。


 このうどんは特別でね、汁も何もいらない。そのままで、うまいんだ。


 ほら、食ってみろ……うまいだろ?


 今回は、俺がこのうどんと出会った話でもしようか。まあ、食いながらでもいいから、聞いてくれや。


 俺が放浪の旅に出てたころの話だ。

 仕事も何もうまくいかなくて、いわば自暴自棄ってやつさ。

 旅っていっても、国内限定だけどな。なにせ俺は外国語がさっぱりで、まあ、母国語も怪しいかもしれんが……っと、そんなことよりうどんの話だったな。


 あれは、バス停で雨宿りしてた時のことだ。

 バスも一日に数本しか通らないような田舎道でな。

 穴だらけのトタン屋根のあるベンチで、雨をしのいでたんだ。

 そしたら、一人の老人が豪雨の中、傘もささずに歩いてきた。

 急ぐ様子もなく、ゆっくりとした足取りでな。雨が降っているのにのんきだなと眺めていると、老人は俺の横に座ってきた。

 二人きりの空間に無言ってのも気まずいと思って、俺は声をかけたんだ。


「こんにちは、すごい雨ですね」


 すると、老人は俺をじっと見て、にこやかに笑ってこう言った。


「ええ、すごい雨ですね。ところであなたは旅行者ですか? ここらでは見かけない顔だ」


「まあ、そんなところです」


 俺はごまかすように笑ったよ。旅行っていうよりは、目的もなくたださまよってるだけだったからな。

 老人は目を細めて俺を見て、ささやくように言ったんだ。


「では、うどんはお食べになりましたか」って。


 うどんが名産なんて知らなかったし、そもそも飲食店らしきものも見かけなかった。

 だから俺は聞き返したよ。


「いいえ、食べてませんね。ここらを少し歩きましたが、うどん屋は一軒も見かけませんでした」


 すると老人はふふっと笑って、こう言った。


「この辺にうどん屋はありませんからね」


「え? ではどこでうどんを……」


 俺が言いかけた時、老人は視線を変えた。つられて同じ方向を見ると、道路の向こうに屋台があったんだ。

 薄汚れた木造で、湯気が屋台を覆っていた。

 いきなり現れた屋台に驚いてると、老人は立ち上がって言った。


「さあ、雨で体も冷えたでしょう。食べませんか。私がおごりますよ」


 俺の返事も待たずに、屋台に向かって歩き出したんだ。

 ちょうど腹も減ってたし、雨で寒かったし、何よりおごってくれるってんなら断る理由もない。

 俺は遅れて老人の後を追ったよ。


「いらっしゃい」


 店主の声がした。俺は席について、何うどんにしようかメニューを探したが、見当たらない。

 あるのは紙に「うどん」とだけ書かれたもの。


「うどんをふたつお願いします」


 隣の老人が俺の希望も聞かずに注文すると、店主はすぐにうどんを出してきた。


「え、これ?」


 俺は面を食らったよ。白くてつやつやした麺だけ。汁も具も、何もない。


「あの~」


 戸惑って声を出すと、老人はにこにこしてこう言った。


「食べてみてください。騙されたと思って」


 そう言われたら、食うしかないよな。俺は箸でうどんをつまんで、口に入れた。


「うまい!!」


 驚いたね。こんなうどんがあるのかと。

 つるつるした麺は摩擦を感じないほどで、ほんのり塩味が体に染み渡る。

 噛むのが惜しくて、飲むようにすすったよ。

 不思議と苦しくない。うどんが喉に向かって、自分から進んでいくようだった。


 あっという間に食べ終わって、余韻に浸ってたら、隣にいたはずの老人がいない。

 屋台もなかった。俺は、バス停のベンチに座っていたんだ。


 あの日から、俺は変わった。

 うどんが食べたくて食べたくて、仕方ない。

 もうずっと、うどんしか食べてない。ご飯もパンも受け付けない。

 ラーメンなんて、見るだけで吐き気がする。


 うどんだけの生活で、体を壊すようになってな。

 健康診断を受けたら、医者に呼ばれた。

 レントゲン写真を見せられて、俺は言葉を失ったよ。


 体中に、白いひも状のものが張り巡らされてた。

 脳みそなんて、そのひもに占拠されてるような状態だった。

 しかも、それは動いていると先生から告げられたんだ。


 でもな、俺はうどんをやめられない。 特に、あの最初の一杯が忘れられなかったんだ。


 屋台を探し続けて、やっと見つけた。呼び出し方をな。

 人にうどんを勧めることで、屋台が来てくれるのさ。


 ほら、そこに見えるだろ?


 さっき君にあげたうどんは、あそこから持ってきたんだ。

 あの老人も、うどんの虜になった者だったんだろうな。


 そして――君も、もうすぐだ。

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深夜の雑談 桃花西瓜 @momokasuika

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