おいおい。

 ちょっと待て。


 俺は案内するだけだと言っただろう?

 俺はな、こう見えて怖がりなんだ。

 君子危うきに近寄らずって……。


 いや、まあ、そりゃあ……。

 金はな、もらえるなら欲しいけど……。


 まじか……。


 う、うぅん。

 ゴホン。


 ここが御所望ごしょもうの廃ビルだ。


 ああ、本当にな。


 こんな東京のど真ん中の、こんなところがって、思うだろう?


 なかは……。


 荒れてるよな。


 有名な話なんだよ、結局。

 だからこそ、変なやからも入り込んで。


「近づくな!」

「危険!!」

「呪われている」


 なんて、こんな落書き、バカみたいだろう?


 バカな連中が面白半分で書いているんだよ。


 ああ、これがそのエレベーターだろう。

 だがな。


 カチ、カチ、カチ……。


 当然、スイッチ押したって反応あるわけがない。


 え? いや、午前0時にって、おまえ……。


 ……。


 都市伝説ってのは広がるのが早い。

 今の世の中、ネットでうわさ話なんてな。

 検索でもすりゃあ、すぐに引っかかるもんだし。


 え?


 ああ、実はな、うわさになっているのはこことは違うんだ。

 別な場所だ。


 怒るな。


 俺が聞いたのはこっち。

 本物はこっちだそうだ。

 なんでか、こっちは何も検索に引っかからない。

 それでもまあ、あんな落書きがあるくらいだ、俺たちのようにどこかから嗅ぎつけてくるのはいるんだろう。


 チン……


 え……?


 おい。

 やめろよ。

 嘘だろう?


 ま、待て、待て待て待て!!


 な、何いってる?


 引っ張るな!


 おい、こら! 押すな!!


 分かった、分かった。

 行く、行くから、な。

 分かったって!!


 乗ったぞ。

 これで満足だよな?

 押すなよ。

 ボタンは。


 おい!


 やめろ!


 上になんて、何もない、何も動かない!!


 押すな、押すな! ボタンを……。

 冗談じゃねえ!

 笑うな!!


 あ、ああ、あああ……。

 なんで、動くんだ?


 冗談だろう?

 冗談だよな?


 笑うなっ! おまえ、さっきから何がおかしいっ!!


 このビル、5階建てだったよな?

 なんで、「6F」なんてあるんだ?


 おい、おい!!

 応えろよ、なあ!!!


 チン……


 やめろ、やめろ! 行かねえ、行きたくねえ!!


『異世界に行きたかった』

『お、おれは、異世界へ』

『こ、ここが、その入り口なんだ、きっと……』


 じょ、冗談じゃねえ、人を巻き込むな!!


 おい、やめろ。

 やめ、ろ……。


 いて、てて……。

 突きとばしやがって……っ。


 ……。


 お、おい、おい、何だよ。

 なんで、扉があんな遠くにあるんだ?


 一歩しか出てねえじゃねえか……。


 それになんだ、この手は、白い手は……ッ!

 なんだ、なんだ?

 こいつら、いったい、何なんだ!!

 どこから湧いてきた?

 こんないっぱい!


 おい、何だ、なんだ、これは!!


 何なんだよ、おい!!!


 い、いやだ、いやだ……。

 お、俺は、俺は行かねえっ……。


 行きたくねえーーーーーーーっ!!


 ▼


 解体業者が届けた、その落し物のスマホには登録情報が全くなかった。


 あり得ない。


 新品の、誰もまだ使っていないものでもないのに。


 そのスマホに収められていたたった一つの動画。


 映っていたのは一人の男。


 ピンボケ?


 男の姿だけがにじんでいて、はっきりと分からなかった。


 男が誰かは分からない。

 動画を撮っていた誰かがいたはずだが、それも分からない。


 誰のものとも知れないスマホは、交番の奥にひっそり持ち主が現れるのを待っているという。

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白い霧 @t-Arigatou

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