白い霧

 物書きがおもしろいかって?


 おもしろいわけないさ。

 金にはほとんどならねえ。


 変な話を売り込んでくるやからも多い。

 胡散臭うさんくさい話も多いってことさ。

 コンプライアンスにもうるさい今の世だ、真偽いちいち確かめていたら、それが金になっても差し引きは常にマイナスさ。


 あん? 例えば?


 そうだなあ……。


 その男はやつれた顔つきだったな。

 青白い顔でな。

 寝不足か、栄養不足か、ふらふらだったな。


 前置きはそれだけにして、この録音を聞いてくれ。


「お……、あ……」


 声が小さい?


 ああ、確かに実際その場でも聞き取りづらかった。

 ボリューム上げてやろう。


 ▼


 ほんの、ほんの興味本位だったんだ……。


 あの廃ビルのエレベーター、新月の午前0時に動くって。


 肝試し……、俺がそう、誘ったんだ……。


 動くわけない。


 ビルのなかは荒れていた 変な奴らが入り込んでいたんだろう。


 例のエレベーターだけは何故かきれいで。


 それで変だと思や良かったんだ。


 それが……。


 チン……


 開いたんだよ、降りてきたんだよ!


 俺とあいつは顔を見合わせた。


 怖いよな? 変だよな? 廃ビルのエレベーターが動くもんか、電気も来てないのに。


 でも、俺は彼女にいいとこ見せようとして……。


 嫌がる彼女の手を引いて……。


 扉が、閉まった。


 エレベーターは上へ上がる。血がこう、スーッと、下に下がるような、あのへんな感覚。


 耳もツーンとしたなあ。


 無言だよ、どっちもしゃべらない。


 すぐに扉は開いた、拍子抜けするくらいすぐに。


『ほら、何にもなかったじゃない? も、もう、帰ろうよ……』


 上に上がったんじゃない。扉が閉まって、扉が開いただけ。そう思ったんだろう。


 彼女は降りたんだ……、降りたんだよ!


 でも、そこは真っ白な霧の中。何もない。何も見えない。


 俺は足がすくんでさ、声も出せなかった。


 扉が、閉まった。


『ねえ、ちょっと、何の冗談? 開けてよ、ねえ! 開けてってば』


 動けなかった。


 エレベーターは下へ降りた。


 逃げた、俺は逃げてしまった。


 後ろも振り返らず家に帰って、布団被って、ガタガタ震えていた。


 朝が来た。


 気になるよな?


 彼女の家に行った。


 恐る恐る、お母さんに訊いたら……。


『そんな子、うちにはいません』


 って、え? 何、なにをいって……。


 怪訝な顔で、俺のことも見知っているはずなのに、誰かも知らないと、知らない人間が変なことを言ってくると……。うちには娘なんていないの一点張りで、戸が、閉められた。


 何だ? 何が起こっているんだ?


 その日、俺はそのあと何をしていたのか全く覚えていない。


 夜が来て、呆然と、また布団被った。


 眠りについた。


 白い霧に囲まれていた。


『ねえ。なんで? なんで……、置いていったの!』


 ああ、ああああああ……。


 ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん!!!!


 ▼


 リリリリリ……


 けたたましいスマホの着信音。


 そうそう、それでな、それの表示を見たとたん、そいつは……。


「お、おれは……、俺は……、ご、ごめん、ごめん……っ、ごめん、ごめん!!!」


 駆けだして、そいつは行ってしまったのさ。


 コーヒー代も払わずにな。


 まあ、変な野郎だと思ったけどな、最初から。


 コーヒー代500円程度で何を言うこともないんだけれど……。

 そこは俺のお気に入りの喫茶店でな、コーヒー、うまいんだけどなあ。香りもよくて。

 それをあいつは一口も飲まなかった。


 ちょっと腹立ちまぎれに、最初に聞かされたそいつの住所へな、行ってみたんだよ。


 そしたらな、『そんな人、うちにはいません』って。


 ばかげた話さ。


 いっぱいかつがれたのさ、俺は。


 廃ビル? ああ、まあ、それだけは実際にあったなあ。


 確認しただけで、入りはしてねえ。不法侵入になるだろう?


 ばかげてる。


 ……おいおい、やめておけよ。


 怖いかって? ああ、怖いさ こんな仕事しているとな、たまーに、本物に当たるのさ。


 たまー、に、だけどな。

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