番外編 民子の選択

「甘味系ブースはコンパクトにしたいから、こんな感じかな。あー、書いてたら一番食べたくなった名古屋飯って岡田は何?」

「ちょっと待て。呼び捨てにすんな」

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」

「家族からは民ちゃん」

「俺も民ちゃんでいいのかよ」


 しばらく沈黙したあと、「別にいいよ。私だって学君だし」と、ぼそぼそ言いながら視線を逡巡させている。

 よし。家族レベルでの呼び名を保証され、学は胸の中でガッツポーズをとっていた。なんだかんだ文句をつけつつ、最後は折れてくれる懐の深さがいじらしい。

 こういうところが絶妙に可愛いらしいのが、民ちゃんか。


「だけど、二人だけの時だからね」

「なんでだよ」

「職場で公私混同するの、いや」


 つまり公では苗字で呼び、プライベートは民ちゃんか。愛らしい。

 民子のプライベートゾーンに入り込めた喜びが学の中で充満する。


「なんの話、してたっけ」

「今、いちばん食べたい名古屋めし」


「私は名古屋コーチンの塩焼きと手羽先を1数本ずつ。次はてっちりと生しらすの生姜醤油かけ。おでんは大根とゆでたまご。串カツ1本はおでんのグツグツした真っ黒な煮汁にドボンしてほしい。〆はそうだな。串カツを味噌で食べたから、ここはきしめんでしっぽりかな。そういえば、スガキヤのラーメンも良さそうだけど」

「俺はそれぞれでの一番じゃなくて、総括して一番って言ったつもりだけど、まあ、いいや。なんかまた空きっ腹が身に染みてきた」


「じゃあ、お昼ごはんはスガキヤのラーメンに行こうか」


 スガキヤは名古屋人のソウルフードの看板メニューだ。

 二人して失念していた。


「俺が地方出身の友達とスガキヤ食べに行ったら『すごい上品』な味って感激してた。」

「鶏ガラがベースで塩味なんだけど、脂は浮いてないからするっと食べれる」

「〆に最高じゃん。忘れてた」

 

「あと、あえて甘味を食べるなら、ニッキ味のういろうをつまみにしてウイスキーをロックで飲む」


 学は民子が〆に台湾ラーメンを持ち出さなかった裏の意図も感じていた。

 味噌カツを食べたあとで味噌煮込みコースは味噌重なり。

 あんかけパスタは、最後にしっぽりしたい人間にはヘビーすぎる。

 そして台湾ラーメンは万が一むせてしまい、鼻からひき肉やらかしたら、女として死んだって思うよな。

 何とも思っていない相手なら全然良いとか言いそうなのだが。


 〆の甘味のニッキ味ういろうは創業時から連綿と受け継がれてきた銘菓だが、ウイスキーのアテにされる日が来ようとは思っていなかったに違いない。


 ういろうをウイスキーのつまみに出す居酒屋もバーも絶対ないから、いつの日か民子の部屋か自分の部屋で、グラスを合わせてみたいと妄想した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本物の名古屋めし、食べてって! 手塚エマ @ravissante

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ