第55話
気が付けば、ダンジョンの治療室のベッドの上だった。すぐに気づけたのは以前に一度利用したことがあるからだった。起き上がると、胸元が包帯でぐるぐる巻きにされていて、さらに腕には点滴が打たれていた。
「かなり、ひどい状況だったみたいね......」
「起きた? 大丈夫?」
治療してくれたであろう白衣のお姉さんが、私の口を開けてベロからなにかを診ていた。私は嗚咽しそうなのを抑えて咳き込みして語り始めた。
「え、ええ。大丈夫です......。他のみんなは?」
「他の子もここで治療してる。ほとんどの子は昨日くらいに退室したよ。残ったのはあなただけ」
よかった......。それにしても私を置いて他の人たちが出ていくなんて、ちょっと寂しいな......。
「私がここに来てからどれくらいですか?」
「そうね。大体5日くらいかな......。それまでずっと眠ってたわ。とても大変なミッションだったものね。お疲れ様」
どうも、と頷くもまたいろんな疑問が生まれて来た。
「ダンジョンと言うか、被害に遭った地域はどうなったの?」
「ああ、それね......。テレビ、見た方が早いかも」
そう言って、白衣のお姉さんは自分のデスクに置いてあったリモコンを使って、天井につるされていたテレビの電源を付けた。すると、ニュースが流れ始めた。
【ダンジョン調査団によるボランティア活動で、町は復興しつつあります。今回の一連の事故はダンジョンの未管理区域でのモンスター暴走によるものとして、国は管理会社の株式会社ダンジョンへの第三者委員会の設立と主要人物の簡易裁判のため訴状を裁判所へ提出したとのことです。これにより、一般の方へのダンジョン探索はかなりの規制がかかる見通しです】
「なんかよくわからんけど、もう配信できなくなるのかな......」
「そうかもね......。立て続けに起きちゃね。しかも、記憶操作による隠ぺい疑惑もすっぱ抜かれたし、閉鎖かもねえ......」
「閉鎖......」
その言葉が、私の背中に重くのしかかってきたように感じた。もしかして、これも全部私のせい? 私が、ドラゴニアなんかに行ったから? ......ダンジョン配信が悪になってしまうのは、正直望んだことじゃない。
「どこ行くの? まだ安静にしてなきゃ......」
「普通の病院に」
「ダンジョンでのケガは普通の病院じゃ治療できないわ! それに、今は配信者たちを受け入れられないほど通常の医療機関はパンパンなのよ......」
私は、うつむいてテレビの音が聞こえないようにしていた。それを察したのか、白衣のお姉さんがテレビを消して私にそっと肩を寄せてくれた。これからどうしたらいいのやら......。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
治療室から外に出たのは、それから1週間後のことだった。だけど、ダンジョンのこれからことはまだはっきりとしていない。それでも、一時的な閉鎖により館内はがらんとしていた。一般人の規制もあり、スタッフたちは探索しようとしている迷惑な人たちの行動を制止している。
「こんなことしてるから、いつまで経ってもダンジョンが再開しないのよ......」
「ほんと、そうですよね......」
横からスッと幽霊かのように、灰色のスーツ姿の男性が姿を現した。その顔は微笑んでいるが声色は少し怒っているように見えた。その糸目からは魔物のような赤い瞳がうっすらと見えていた。
「あんた、新しいダンジョンの管理人?」
「前回の私の姿、気に入っていたのですがねえ。表上では
私を見つめる瞳は、どこか爬虫類的な眼差しをしていた。その眼差しを私は知っている。以前管理人だったダンジョンワームだ。確か、彼は異例の速攻死刑実行になってたはずじゃ......。
「え、もしかしてワーム?」
「今は株式会社ダンジョン関西支社の営業部、村岡という名前でやっております」
「あんた、なんで生きてんのよ」
「ダンジョン管理には、まだ人類の叡智では足りぬということなのでしょう。いやいや、そんな怒らないで下さい。これは政府の決めたことですから。私は、ダンジョン以外での死というのも体感できるいい機会だと思ったのですが、中々うまくいきませんね」
「もう、前みたいな異常事態は起こらないんでしょうね?」
「現管理人は人間ですので、少なくとも反逆はしないのでは? 私も、別に人類に歯向かいたい理由もありませんし......」
「これからどうすんの?」
「さあ。意外にも私は、人間とこの地球が好きです。だから、人間のおままごとにお付き合いしてみるのも悪くないと思っています。だから、もう少し生きて見ますよ。”村岡”としてね。 では、ごきげんよう宇津呂木栞」
そういうと、ワームは魔法のように自分の姿を消した。人間の真似事をしたいと言ってたのに、どの口が言ってんだ。普通に移動魔法使ってんじゃねえか......。
ため息交じりにダンジョンから出て、私は外の景色を見た。相変わらず高層ビルから反射する太陽がまぶしい。手でその照り返しを遮りながら、駅の方へ歩いていると突如としてスマホが鳴った。
「はい。もしもし?」
『は~。よかった! やっと通じた! 突然のご連絡失礼します! 私、3代目管理人を務めさせていただく服部と申しますけどもー!」
電話の主は、ワームからの引き継ぎで貧乏くじを引いたであろう管理人だ。思ったより若い声だな......。
「それで、なにか御用ですか?」
『ダンジョンが新たにリニューアルしたので』
「いや、私は......」
正直、私自身が今ダンジョンを楽しく配信できるかわからない。あの恐怖、苦痛が襲ってくるんじゃないかという不安があった。
『あ、いえ......。ただ、アイデアを戴きたくて......。この度、期間中テーマごとのダンジョンを攻略するっていうテーマ探索っていうのをやるんですけど、学校をダンジョンにするってどうですかね......』
「は? 学校? どっからそんなアイデアもってくんのよ」
「だ、だめですかね。じゃ、じゃあ水族館! 水族館ってどうすか!? くらげの化け物とか、サメが砂浜から出てくるとか......! まだ、私アイデアが沢山あるんですけど、どれも奇抜すぎてダンジョンって言えるのかなって......」
管理人の想像力と言うか、妄想力に私は面食らった。正直、学校とか水族館って聞いただけで面白そうだ。自分の身体の震えを感じる。これは恐れからくるものではなく、歓喜だ。
「......から?」
『え?』
「いつからやんの? 学校ダンジョン」
『いや、まだ決まったわけじゃ......』
「βテストくらい私がやるから! 学校ダンジョン、やってみよ! 絶対応援する!」
『あ、ありがとうございます! おかげで勇気が出ました!! 早速、会社に稟議をかけてみます! で、ではこれで!』
そう言うと、管理人はガチャリと電話を切った。なんとせわしない人なんだろう。でも、なんだか楽しそうな人だ。私も、もう少し頑張ってみようかな。だって私は、公式配信者なんだし!
「よーし、肩慣らしに一度ダンジョンに行きますか!」
重い腰を上げて、私は勇者の剣と着替えのビキニアーマーの入ったリュックを背負い、軽い足取りで玄関を出た。
「おっと、ドローン忘れてた」
私はパソコン脇に充電していたドローンを抜き取り、リュックに入れた。この重さを感じるのは久しぶりだ。これからもこの重さを感じ続けるのだと思うと私は少し嬉しくなったのだった。
私のダンジョン生活はまだこれからだ。
―了―
ダンジョンビキニアーマー配信無双 ~追い出された元所属事務所のアイドル助けてクソバズる~ 小鳥ユウ2世 @kotori2you
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