第3話 バナナとは、どんな状況で食べても美味いものである

 7月の炎天下の元、取引先から会社に戻る道中、 眩暈がした。

 頭痛と吐き気もする。

 ‥‥‥これはヤバいかもしれない。


 とにかく、涼まなければと、コンビニに入る。

 普段は効きすぎと感じる冷房も、今は心地良い。


 さて、こういう時は塩分だ。

 スポーツドリンクを購入して、イートインでチビチビ飲む。

 

 10分休憩しても回復しなかったら、本格的な治療を考えなきゃなぁ、そうなると早退するしかないなぁと憂鬱な気分になる。


 すると、女性が小走りでトイレに入るのが見えた。


「‥‥‥切羽詰まってんのかなぁ」


 我ながら最低な独り言だが、体調不良なので許してほしい。


 しかし、その女性は2分もしないうちにトイレから出てきた。女性にしては早いなと視線を向けると、その人はバナナを持っていた。


 ‥‥‥。

 犯人っぽいな。

 まあ、それも興味深いんだけど、それ以上に驚いたことがあった。


「伏見さん?」


 10年ぶりに見る片想いの相手は、高校生と言われれば納得してしまうくらい幼い雰囲気を纏っていた。スーツを着ていなかったら時間旅行してきたのかと思ってしまうくらい、あの頃のままだ。


 俺の声にビクッとしてゆっくりこちらを見る。


「‥‥‥えっと、木村くん‥‥‥?」


 なんと。俺なんかの名前を覚えていてくれたとは。

 熱中症がどうでもよくなるくらい嬉しかった。

だから、こんな馬鹿みたいな提案をしてしまったのだろう。


「あの、一緒にバナナを食べませんか?」

\



 モグモグ。


 俺の奇妙な提案に乗ってきてくれた伏見さん。

 スーツ姿の大人が2人してバナナを食べているのを周囲からはどう見えているだろう?

 恋人同士だったら嬉しい。


 ちなみに、俺が食べているバナナは、テメーで追加で購入したものだ。

 最も多感な時期に恋をしていた相手が目の前にいる緊張感はあったが、バナナは変わらず美味しい。

今の俺は、あのアホ面をしていることだろう。


 伏見さんはどうだろう?

 勇気を出して表情を見てみる。


「‥‥‥ぅく‥」


 咀嚼しながらアホ面になっていた。


 良かった。

 この状況が、トイレで食べるよりかは、マシだと思っていてくれたらと思う。

 バナナを食べ終わった伏見さんが、口を開く。


「えっと‥‥‥木村くんは、この辺で仕事をしているの?」


 なんと。

 向こうから話題を提供してくれた。

 そこから、仕事の話をポツポツした。

 俺達は似たような職種らしく、気まずくはならずに済んだ。


 そうだ。


 高校時代、俺はこんな感じで伏見さんと話したかったんだ。

 便所なんかではなく、俺と2人で中庭とかで弁当を食べようと言いたかった。

 弁当ではなく、バナナだが、その願いは10年越しに叶った。

 人生って分かんねーな。


 ここは、もう少し欲張ってもバチは当たらないのではないだろうか。

 この機会を逃したら、一瞬で疎遠になる自信がある。

 高校時代の友人達とは、1人も連絡をとっていない。交友関係を持続させるには、こっちから動かなければ。


「あの、良かったら、またここで一緒にバナナを食べてもいい?」


 伏見さんは、驚きはしていたが、頷いてくれた。

 ほんの少し耳が赤くなっている気がする、その整った顔を見ながら、今度こそ、伏見さんが油断できる場所を俺が作ろうと決心した。

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バナナの皮を捨てないで下さい ガビ @adatitosimamura

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