第2話 バナナとは、テメーで用意するものである。
翌朝、6時半に目が覚めた。
まだ30分寝れるけど、巧く二度寝ができなかったので、このまま起きてしまうことにする。
いつもより30分の余裕があることで、気分が良い。
何か、普段できないことをしようと考えてみる。
朝ごはん。
そう頭に浮かんだ。
俺は、基本的に朝ごはんを食べない。
旅館に泊まって、朝ごはんを出してもらったら、さすがに食べるが、自分の意思で食べることは無い。
ちょっと、食べてみるか。
そう思って冷蔵庫を開けてみたが、見事に何もない。元々、料理スキルが絶望的だから、食材があってもどうにもできないけど、一丁前にガッカリする。
仕方ない。ラジオを聴きながら時間が過ぎるのを待つかとスマホを取りにテーブルに向かう。
スマホの隣に黄色いものがあった。
「‥‥‥あぁ」
そうだ。昨日バナナを買ったんだった。
これだったら調理も必要ないし、美味いし、栄養あるしで完璧だ。
一本もぎ取って食べる。
うん。予想通りの味。
余っている左手でラジオアプリを起動する。
モグモグ。
アホ面の完成だ。
\
「木村くん、最近顔色いいね」
「ん。そうですか?」
何の意味があったのか分からない会議を終えて、デスクへ戻る途中、俺が新人の頃に指導係だった京本さんに声をかけられた。
「うん。ちょっと前まで、午前中はゾンビみたいだったから」
「そんなに酷かったんですか‥‥‥」
「うん。声かけづらかったんだよー」
仕事の支障になっていたとは。
反省しなければ。
「すみません‥‥‥」
「いいよいいよ。で、何?彼女できた?」
嬉しそうに聞いてくる京本さん。
やっぱり、女性っていう生き物は恋バナが大好きだ。
その期待に応えられないことを申し訳なく思いながら、俺はつまらない現実の話をする。
「いや、朝食にバナナ食べ始めただけです」
「ん?バナナを用意してくれる彼女?」
「男の一人暮らしで、テメーで用意したバナナです」
「なんだよもー」
京本さんはため息をついた。
「木村くんってさ、顔もまあ、悪くはないのに、何で彼女作らないの?もしかして、恋愛に興味持てない人?」
スゲー踏み込んでくるなぁと思いつつも、そんなに嫌ではない。
「いや、俺にも、高校時代に好きな子くらいいましたよ」
「お!聞かせて聞かせて!」
「別に面白くないですよ」
俺は、保険をかけてから話し始めた。
\
一応、俺は派手めなグループに所属していた。
特に努力したわけではない。ただ、そいつらの話を笑いながら聞いていただけだ。
当時の友人達がどんな話をしていたかを思い出せない。
記憶に残るような思い出はない。
面白くはなかったが、居心地は良い高校生活だった。
でも、その生活に物足りなさも感じるという、贅沢この上ない痛い若者だった。
そんなどっちつかずの俺が気になっていた女子は、俗に言うボッチってやつだった。
見た目は、俺が所属していたグループの派手な女子よりも良いはずなのだが、友人がいない様子だった。
高校生活において、友人は酸素レベルで必要なものだと思っていたガキな俺は、1人で行動しているその女子が、格好よく見えた。
休み時間は読書か教室にいないかで、俺も話しかけるタイミングが掴めない。
その女子‥‥‥伏見さんが昼休みに何処にいるのか知りたくて、一度だけ跡をつけたことがある。
うん、気持ち悪いよな。ごめんな。でも、それくらい好きだったんだよ。
伏見さんは、女子トイレに入っていった。
弁当箱を持って。
「‥‥‥」
便所飯。
そう、頭に浮かんだが、漫画やドラマじゃあるまいし。と苦笑いして、待つことにした。5分くらいかな。
しかし、伏見さんが出てきたのは、25分後だった。
女子の食事時間として、25分という数字はリアルだった。
俺は、自分の知り合いがフィクションの中の産物だと思っていたことをしている可能性があることにビビった。
当時の俺は、どうしようもない甘ったれで、それくらいのことで引いてしまった。
伏見さんのことが気になっているくせに、自分の狭い常識外のことが起きてすごすごと引き下がった。
その程度だったんだ。俺の恋心なんて。
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