かくしんぼ
良夫は車を飛ばした。康太は初めて見る道路やいくつも通り過ぎる車、焦りから乱暴になる良夫の運転に怖がっていたが、気にする余裕は無かった。すっかり暗くなった夜道を猛スピードで走り、何度かの衝突の危機を潜り抜け、神社へと降り立った。
「気持ち悪い……」
康太は顔が青くなっているが、悠馬の命が先決だ。良夫は康太の手を引いて歩き出した。
夜の森だからか、四半世紀以上の時間の経過のせいか、子供の頃の記憶とは全く違う森を、悠馬の名を呼びながら歩き回る。懐中電灯が照らすのは、夜行動物と植物だけだ。
「康太、見覚えがあるところはないか!」
「暗くてよく分からないよ……。僕が遊んでた時は、ずっと夕方だったもん」
「くそっ……。悠馬……どこにいるんだ」
腕時計の針が十二時を指した。慌てて出てきたので、携帯電話を置いてきてしまった。由加里に何も伝えず出てきてしまったし、良夫まで行方不明扱いされそうだ。一刻も早く、悠馬を見つけて帰りたい。
良夫が気合を入れなおし、再度探そうとしたその時。康太が良夫の手を引いた。
「良夫くん。あそこの岩、見覚えある」
康太の指さす先を照らすと、短い鉛筆のような形をした、子供一人が余裕で隠れられそうなほどの大きさの岩があった。それを見た良夫のこめかみがズキンと痛んだ。
「あそこで、しん坊と会ったんだ」
――何だと。すぐに行こう。
その言葉は出なかった。良夫の何かが、そこへ行くのを拒否している。
「どうしたの? 悠馬くん、連れて帰るんでしょ」
良夫は頭を振って不安を振り払い、康太を連れて岩へと向かった。一歩近づくたびに、鈍い痛みが強くなる。不快な痛みと闘いながらも、良夫は岩の周りを観察する。
「何もないか……」
何もないなら早く立ち去ろう。そう思って照らした先。草むらの中に、小さい脚が見えた。ズボンに、染み。おやつのプリンをこぼしてついた染みと同じ位置。
「ゆ、悠馬……?」
良夫は急いで草むらに走り、ライトを照らした。心臓の位置が真っ赤に染まり、生を失った悠馬の姿がそこにあった。
「ゆ、ま……? 悠馬!」
悠馬を抱き起す。だが、既に冷たくなっている。
「きっと、みがわりを選ばなかったんだよ」
康太が悠馬を見下ろしながら言った。
「みがわりを選ばないと、心臓をとられちゃうから」
「な、何言ってんだ……」
「みがわりを差し出せば、助かる。でも、差し出さなかったら、自分の魂と心臓をとられちゃうんだ。しん坊に」
悠馬くんはいい子だね。そうつぶやく康太に、良夫は恐怖を感じた。さっきまで怖がっていたのに、今は不気味な雰囲気を醸し出している。
「何だよ……。何なんだよ、しん坊って。何で、悠馬がこんな目に……」
「良夫くんだって、同じことしたじゃない。しん坊と遊びもしないでさ」
涙を落とす良夫。だが、康太の言葉で再び頭痛に襲われた。頭全体を握りつぶされそうな痛みだ。鈍い痛みのさなか、奥底に眠っていた真実が呼び覚まされる。
良夫は、短い鉛筆のような形をした、子供一人が隠れられそうなほどの大きさの岩の陰に隠れていた。そこへ、見慣れぬ格好をした見知らぬ少年が現れた。少年は言う。
――僕と遊んでよ。
良夫は、今は他のやつと遊んでいる最中だから、と断った。少年はさらに言う。
――それじゃあ、代わりに僕と遊んでくれる子を探そう。あの鬼の子、連れて行きたいなあ。
そこへ、「もういいかーい」と康太の声が聞こえた。「もういいよー」と良夫が答えた。
「いいんだね。それじゃあ、連れて行くよ」
その後、康太は行方不明になった。
「そ……そんなの言いがかりだ! 俺は『もういいかい』に返事しただけだ!」
「でも、そのせいで僕は連れてかれちゃったんだよ。知らない間に、独りぼっちになって。家族をなくして」
「お、俺のせいじゃない!」
「今度は、良夫くんが遊ぶ番だよ」
闇夜をゆらゆらと近づいてくる康太。良夫は後ずさりし、岩に背がぶつかった。一度後ろを見て、正面を向くと。
康太は消えていた。悠馬も消えていた。
冷汗を流し、体中に鼓動を打ち鳴らす良夫だけが、そこにいた。
「俺は……幻覚でも見ていたのか」
――そうだよな。ありえないよな。三十年以上も昔の友達が、当時と同じ姿で現れるなんて、ありえないんだ。きっと疲れていたんだ。とっととこんな場所から出て行って、家に帰ろう。そうしたら、由加里と悠馬が出迎えてくれるはずだ。
良夫は岩に手をかけて立ち上がった。
その時、良夫の肩が叩かれた。
良夫が唾を飲み、恐る恐る振り返ると……。
「良夫くん、見ぃつけたぁ」
カミカクシ 篠塚しおん @noveluser_shion
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