みがわり -2-
「康太くん、教えてくれ! 『良夫くん』は、誰に、どこに連れていかれたんだ!」
急に良夫が大声を出して、『康太』が身体を強張らせたが、そんなことは気にしていられない。悠馬の身に何か起こった可能性が高いのだ。
「わ、分からない……。気づいたらここにいて、一緒に遊んでいた子が、良夫くんを連れて消えちゃったの。『もうお前と遊ぶのも飽きたから、次はこいつと遊ぶ』って」
「一緒に遊んでいた子って誰だ!」
「知らない子。変な恰好してたけど、色が白い男の子」
良夫の剣幕に押されて、『康太』が涙目になっている。良夫はいったん落ち着こうと呼吸を整えた。誘拐かとも思ったが、ただ子供と遊んでいるだけということかもしれない。
「君は、なんで知らない子と遊んでいたんだ?」
「かくれんぼしてたら、知らない間にその子も混ざってて、一緒に遊ばないと家に帰してあげないって……」
「かくれんぼ……」
「うん。学校の帰りに、良夫くんたちと五人で神社のそばでかくれんぼしたの。一人見つけたと思ったらその子で、知らない子だったから、誰だってきいたら、一緒にかくれんぼしたいから混ざったって言ってた。その後は、その子と良夫くん達を探したけど、全然見つからなくて……。みんな帰っちゃったんだと思って、その子と二人で遊んでたの」
あの日の失踪事件の記憶が蘇る。鬼だった康太が全然探しに来ないので、みんな一度集合して康太を探したが、結局見つからず、先に帰ったものと思っていた。
「その子、名前はなんて言ってた?」
「しん坊、って言ってた」
――変わった名前の子だな。そんな名前の子がいたら、記憶のどこかに残るはずだ。悠馬はいったい、その子とどこに行ってしまったんだ……。
とにかく悠馬を探さないと。この子を一人ここに置いていくわけにもいかないから、彼も家まで送り届けないと。『康太』にそっくりだが、タイムスリップなんて非現実的なこと、あるがずがない。きっとたちの悪いいたずらかドッキリだ。
「康太くん。家はどこ? 送っていくよ」
少年は首を横に振った。
「帰らないと、家族が心配しているよ」
「しん坊が、僕の母さんたちは、もういないって言ってた。死んじゃったって」
確かに、記憶にある友人の康太の両親はすでに他界している。ここまで共通点があると、信じられない気持ちが揺らいでくる。
「じゃあ、君はいまはどこかの施設に住んでるのか?」
「違う! かくれんぼした時までは、母さんも父さんも生きてた! でも、しん坊と遊んでるうちに、死んだって」
「いい加減にしてくれ……。俺は悠馬を探さないといけない。こんな悪ふざけに付き合ってられないんだ」
「本当だもん……。良夫くんが……」
「はあ……。困ったな。じゃあ、聞くよ。『良夫くん』の苗字は? あと、『良夫くん』に貸したゲームがあったはずだね。まだ返してもらってないやつ。何か分かるかい?」
良夫は妻の由加里の家に婿入りしたため、今は妻側の姓を名乗っている。当然、表札も妻の苗字だ。表札の苗字を答えたら、悪ふざけ確定だ。また、良夫が康太から貸してもらったゲームとは、当時流行った『ドラゴンクエスト』だ。昭和六十一年に発売し、大ヒットとなった第一作。良夫は買ってもらえなかったので、康太から借りたのだった。その後、康太は失踪してしまったため、ゲームソフトは康太の両親に返却した。
「松田。松田良夫だよ。あと、ゲームはドラクエ」
良夫は驚きで目を見開いた。苗字はまだしも、ゲームの貸し借りは二人しか知らないことだ。
信じられない。まさか、本当に、康太なのか――。だが、どうして子供のままなのだろう。しかも、彼の話を信じるならば、遊んでいたのは、感覚的にはせいぜい二日か三日くらいだ。三十年以上も経って現れるなんて、ありえない。
「ねえ、おじさん、お金持ちなの? これ、電気カーペットだよね? 友達で持ってる人そんなにいないよ。知らないものもいっぱい置いてあるし」
良夫に、もう疑う気持ちは無くなっていた。当時の電気カーペットの普及率はせいぜい三十~四十パーセント程度。三人に一人持っていたかどうかという程度だ。良夫が子供時代を過ごしていたのは地方の田舎ということもあり、そこまで普及はしていなかった記憶がある。
現代の子供ならば、そんなことを知っているはずがない。大人の入れ知恵にしても、内容がピンポイントすぎる。『康太』は康太であると信じるしかないようだ。
全て納得できたわけではないものの、理解の範疇を超えた事態が起きたことは理解できた。オカルト好きではないが、目の前の『康太』は、記憶の中の失踪した康太と同一人物だと考えた方が自然だ。そうなると、今度は悠馬がその得体の知れない事態に巻き込まれたということになる。康太のように三十年以上もの間失踪するなど、堪えられない。
「康太。聞いてくれ。俺が、あの時お前とかくれんぼした良夫だ」
「え? 何言ってるの、おじさん」
「お前はあの日いなくなってしまって、三十年以上経った。だから、俺達は大人になったんだ。お前以外は」
「そんな嘘、信じられないよ」
「信じられないだろうが、本当のことだ。この家の家具、それから窓の外の景色。お前が知ってるものじゃないだろう」
「それは……」
家の周りを見渡し、家の外をちらりと見て、康太は息を飲んだ。
「連れていかれたのは『良夫』じゃない。俺の息子の悠馬だ」
「嘘だよ、あれは良夫くんだったよ」
混乱する康太をよそに、良夫は立ち上がり、棚に置いてあった一枚の写真立てを持ってきた。康太に差し出す。
「そこに映っているのが、俺と悠馬だ」
「良夫くん……?」
「違う。良夫は俺で、その子は悠馬だ。良夫の父親には、お前も会ったことあるだろう? こんな顔だったか?」
そう言って、自分を指さす。康太は首を横に振る。
「じゃあ、連れてかれたのは」
「悠馬だ」
康太はわなわなと震えだした。
「そんな、どうしよう。あの子……僕のみがわりに連れてかれちゃったんだ」
「どういうことか、聞かせてくれ」
康太は涙を浮かべながら話した。
しん坊、という少年に手を引かれるがままに歩くと、緑あふれ、清らかな水が流れる、見たこともない綺麗な景色の場所にいた。そこでしん坊と遊んでいたが、康太が「帰りたい」と言うたびにしん坊が引き留めた。
日が暮れるまで遊ぼう、と。
それでも「腹が空いてきたから」と康太が帰ろうとすると、どこからかうまい果実を持ってきて一緒に食ったそうだ。日没以外の帰る理由を奪われてしまった康太は、さらにしばらく遊びに付き合ったそうだ。
だが、いつになっても日は暮れず、さすがに変だと思い始めた。
しん坊に泣きながら「帰りたい」と言うと、しん坊は意地の悪い笑みを浮かべていった。
――帰ったって、お前の親は死んでるぞ。それでも帰りたいなら、代わりに遊ぶ奴を差し出せ。
「それで、僕、良夫くんの名前を言っちゃったの。ごめんなさい。ごめんなさい……」
なるほど。それで、みがわりか。だが、本来連れて行くはずの俺が大人になってたから、子供の頃の俺と瓜二つな悠馬を間違って連れ去ったってとこか。
「康太は、今までどこにいたんだ? そこに悠馬もいるかもしれない」
「どこかの山の中だと思うけど……。かくれんぼした神社に行けば、そこに繋がってるかも」
子供のころに遊んだ神社か。それなら、車で一時間くらいで行ける。
「今から神社に行く。一緒に来てくれ」
「え、うん、分かった」
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